- 2004-11-27 (Sat) 01:54
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- Book, Literature, 阿部和重
阿部和重の『グランド・フィナーレ』(群像2004年12月号所収)を読みました。
自らの性癖(ロリコン)のために家庭と仕事を失って田舎に引っ込むことを余儀なくされた男が、地元で出会った2人の少女との交流において今までとは少し違った行動を見せようとする、というのも自分の愛娘を誘拐さながらに取り戻そうとして田舎から上京した際にかつての遊び仲間で会ったIと呼ばれる女性に自らの性癖(ロリコン)について咎められ、自分が少女たちにしてきたことについて、今まで持ち得なかった視点から捉えなおすようになったからで、しかしそれはけしてかつての悪人がある出来事を契機に過去の自分と向かい合いそれを克服するというような物語としてではなく、たしかな悪人であった過去の自分を一定の距離を置いて捉えてはいるものの、いつ何時、過去の悪人としての自分と同じことをしでかすかもしれないという危機感を拭いきれない人物として、語り手である沢見という男は描かれている。
また、沢見の地元として登場する神町は作者阿部和重の小説『シンセミア』の舞台でもあり、『シンセミア』の中での出来事が数年前に起こったこととして言及されてもいる。また、『グランド・フィナーレ』の登場人物の1人は『ニッポニアニッポン』の主人公の妹という設定になっている。少なくともその2つの過去の作品がなんらかの形で『グランド・フィナーレ』と物語世界を共有している。
『神町』を舞台にしたさらなる物語を予感させる作品となっていて面白かった。

