- 2004-12-20 (Mon) 16:02
- Naive
もちろん安心感はボクだってほしい。ただ、他人の言動を聞いたり読んだりしていると、安心感を得ることと引き替えに自分を身動きできなくさせているなあと思うことが多々あります(そんなことにすら気がついていないという可能性もあるが)。
たぶん、ボクにだってそういうところはある。
自分がしようとしていることをしっかりと見据えて行動することは大切なことだと思うけど、結果を通してその部分がかいま見れるようなのがボクはいいなと思う。“こんな風にやりたい”と思うんだったら、そう言わずに、そんな“風に”やればいいだけなのに。
『そんな風に可能性を限定する必要がいったいどこにあるの?』と昔ある人に言われた。何かを宣言することにはそれなりの重みがあるし、『私はこれこれこういう者だ』とか『私はこれこれこういうことをする』とか宣言するのは適当になされるべきことではないと思う。
どうしてわざわざ自分がしようとすることを言ったりしてしまうのかというと、自分がそのことをしようとしているのだという実感を得たいからにほかならない。自分がしようとしていることをしている実感を得れば安心感が生まれる。まだそのことをしてもいないのに!
そういう発言や文章を読んだりしていておもしろくないのはそれが稚拙で戦略的に失敗しているからでしょう。安心感を得たいがためについそのような行動に出てしまうことはよくわかるのだけれど。
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