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死を受け入れるということ 死を受け入れるということ

 彼女の友達のBさんが亡くなられたのでお通夜に彼女を送っていきました。彼女の大学時代のバイト先での友達だったので(Bさんは社員だったそうです)その職場の仲間も集まるみたいだったので、ボクは車の中で待っていました。
 Bさんはまだ30代という若さで癌で亡くなられました。とてもエネルギッシュな方だという話は彼女から聞いていたし、Bさんには商売をしたいという夢があってお金を貯めているという話も聞いていたので、志半ばで本当に悔しかっただろうなと思うと、一度も会ったことがないのに(いや、一度だけすれ違ったことがあるのかも)ボクにもその無念さが痛いほど伝わってきて持って行きようのない感情がわいてきました。
 人が死ぬということは、そのことに対抗したりしても仕方のないことで無条件に受け入れるしか結局はやりようがないのだけど、どうしてこんなに悲しいのだろうというくらいに悲しい。若い人が病にむしばまれて亡くなったことを聞くとホントにつらい。『でもあの人が亡くなったことで一番つらいのはボクじゃないのだ。ボクよりもこのことでもっとつらい人は別にいるのだ』と自意識過剰になりがちな自分を戒めることしか、この悲しみを脱出する術はないのだろうか。あるいは時間が忘却へとボクを運んでくれるまで待つしかないのか。
 一度お会いしたかったです。ご冥福をお祈りしています。

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