電車が脱線して線路脇のマンションに突っ込んだとき、ボクは寝ていた

 久しぶりに今朝は起きることができなくて、会社に電話をして午前中は休むことにしました。それでふとんに寝転がっていたのだけど、同じく寝過ごした彼女がテレビをつけると、JRの電車が脱線して線路脇のマンションに突っ込んだというニュースが聞こえてきた。ボクは寝ころんでいたのでテレビ画面に映る映像は見なかったのだけどニュースを伝える声が車両の有様を伝えるのは聞こえていたので、これはかなりの事態になるかもしれないなと思っていました。
 昼前まで寝て出勤準備をしていたらテレビのニュース速報の音(モールス信号っぽいアレ)が聞こえてきたので歯ブラシをくわえたまま洗面所からテレビの前に急いでいって見たら、35名の死者が確認されたという内容だった。
 昔、ボクがまだ中学生か高校生だったころに名古屋の空港で着陸前の飛行機の墜落事故があってたくさんの人が死んだ。リアルタイムでそのニュースを流し続けるテレビの前をボクは夜中じゅう離れることができなかった。朝方になってごそごそと起き出してきた父親に出くわしてものすごい数の人が死んだことを告げると、父親は『えげつないな』と顔をしかめて言ったことを覚えている。
 事故や災害で多くの人が死ぬと、『死』という共通項しかないそれらの出来事がボクの中で結びついてくる。多くの人が死ぬとテレビは特殊番組を組み我先にと最新の情報を報道する。そしてボクはテレビの前から離れられなくなる。阪神大震災の時もそうだったし、地下鉄サリン事件の時もそうだった。ニューヨークのワールド・トレード・センターに2機の旅客機が突っ込んだ時もそうだった。時間が許す限り、そのときの環境が許す手段を通してボクはそれらの出来事に結びつき、目が離せなくなってしまう。
 電車が脱線して線路脇のマンションに突っ込んだとき、ボクは寝ていた。まだ死ななくてよかったのに、ただ電車に乗っていただけなのにと思うとやり場のない感情がこみ上げてくる。

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