- 2005-07-21 (Thu) 11:26
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ドッグヴィルを見ました。
最近ニコール・キッドマンづいているのは偶然です。
この映画はある山奥の村(ドッグヴィル)が舞台なのですが、村全体の概略図を実物大にしたようなセットで物語は進行していきます。モノローグの声にコントロールされているかのように、役者たちはそのような奇妙なセットで物語の登場人物を演じています。建物には壁がなく、入り口には扉がありません。でも役者たちは建物に入るときにはちゃんと扉を開けるし(音も聞こえる)、建物の中から外はけして見えないようになっているのです。
そのような多少実験的なルールを把握してしまえば、村全体が概略図として現れているばかりではなく、人物もステレオタイプな描かれ方であることに気が付くことでしょう。ひとりひとりの人物について理解を深めようとするのではなく、彼ら全体が現前させているものを見る者は見るのです。
物語の最後、村人たちから散々な目に遭わされてきたグレースは一度は彼らを許そうとは思ったものの、結局罰を与えることを選びます。間違ったことをすれば罰せられなければならない、たとえその原因が本人になかったとしても。
正しいことをする強さが彼らにはなかったのです。だから彼らは間違ったことをしてしまったのです。最後のシーンにはカタルシスがあり見ていて爽快感すら感じてしまいました。
エンドロールの写真とデビッド・ボウイも良かったです。
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