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April 2007 Archive

花見は延期されました。 livedoorクリップ花見は延期されました。

 日曜日に彼女の友人家族と花見に行く予定だったのですが、子供が中耳炎になったり旦那さんが風邪をひいたりして中止になりました。来週、彼女のお母さんとおばあちゃんが花見に大阪にやってくるので、そのときにみんなで行く予定です。
 それで週末はゆっくりとしていました。今週も仕事がずっと忙しくて徹夜したりしたので体調は絶不調だったのです。彼女の薦めで土曜の夜に家から少し離れたところにあるスーパー銭湯に行ってきました。最初は外出することに腰が重かったのだけど、実際にいろいろお風呂に入ってみるとだいぶリラックス出来ました。日曜日の予定がなくなったので、スーパー銭湯のあとで彼女とカラオケに行こうとしたら外はどしゃ降り。近くのコンビニまでバスタオルをかぶって走ったのだけど、傘を買って少し離れたカラオケ屋まで行く間もどしゃ降りでだいぶ濡れてしまいました。朝の5時まで飲んで歌って買える頃には雨は止んでいました。家について眠る頃には空はうっすらと明るんできていました。
 日曜日の今日は目が覚めたらもう夕方近くだった。彼女が風邪っぽいというので食べるものを買ってきて薬を飲ませた。彼女が寝てる間にボクは少しだけ仕事をしたり、テレビでなるほど! ザ・ワールドを見たり。久しぶりに見たけど、いくら世界は広いと言ったって毎週やってたらネタなくなるよね。

 ところで、今年に入ってからの3ヶ月は仕事がホントに忙しかったです。ストレスを溜めこむような出来事も多かったのですが、4月からはたしてどうなるのやら。1つ言えることは、まだまだ勉強しないといけないことはたくさんあるということ。余計なことに時間も労力も奪われることなく、純粋にプログラムのスキルや仕事の面で悩むべきことで悩むことが出来るような環境に身を置きたいと考えています。
 金曜の夜に同僚のデザイナーさんの成功の知らせを受け、このような思いがより強くなったのでした。

 ところで、4/4-5と上京いたします。昨年に引き続き、YAPC::Asia 2007 Tokyo に参加します。

体への負荷も分散したい このエントリーを含むはてなブックマーク体への負荷も分散したい

 今月は意識して毎日更新したいと思います。
 さてと。今日は4月2日なのですが、どうやら風邪をひいてしまったようです。日中、仕事をしているときにはとくに感じなかったのですが、夕方あたりからのどと鼻の奥あたりに乾きを感じ始めました。帰る頃にはすっかり風邪気分で、帰りの電車では体に熱っぽさも感じ始めたような次第です。まいったなあ。
 今日は一日中、MySQL のチューニングを行っていました。まず経験がないので実践ハイパフォーマンスMySQL を昼休みに購入。最近は仕事で必要な本であれ自費で購入することにしています。個人的に役立つだろうと思えるものは特に。それで午後はひたすらテストを繰り返していました。
 これまで大規模案件を経験したことがなかったのですが、今携わっている案件ではこれまでと比べものにならないくらいのアクセス数をさばかないといけないのです。複数サーバーで負荷分散や MySQL のレプリケーションなど、勉強しないといけないことが山積しています。新しいことを勉強する機会を与えてくれる案件に感謝。
 そして今週はYAPC::Asia 2007 Tokyo です。金券ショップで新幹線のチケットも買ったし、こんなときに風邪なんてひいてられないのに……。

 そう、WEB+DB PRESS 総集編 [Vol.1~36] も昼休みに購入しました。バックナンバーが PDF で付いてくるなんて太っ腹! まだまだ勉強しなくちゃいけないことは山積みなのです。モチベーションが上がらないなんて言い訳して結果的に自分の未来に債務を押しつけるようなことはしたくないのです。
 でもまあ、とりあえずは風邪をなおしたいな。。

実践ハイパフォーマンスMySQL
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風邪でダウン 風邪でダウン

 やばい。明日から東京出張だというのに今日は風邪で一日中寝込んでしまいました。おかげで体調は幾分ましになりましたが、家の中でもマスクをしていないとのどの奥が痛くなってきます。というわけで、食べたり飲んだりするとき以外はずっとマスクを付けています。問題は彼女も風邪をひいていてマスクをしているので家にあったマスクがもうなくなってしまったことです。明日の朝の新幹線ではマスク付けていた方がいいだろうなあと思うのですが。。。

 せっかく会社を休んで一日中家にいたのですが、したことといえばほとんど寝ることだけでした。寝て汗をかいて、目が覚めてシャツを着替えて本を読もうとするのだけどまたすぐに眠気がやってきて寝て汗をかいて、ということの繰り返し。加湿器とマスクと水分補給を欠かさないように気をつけました。

 夜になって彼女が仕事から帰ってきて食事を作ってくれました。体が温まるスンドゥブチゲをおかわりしたら(2杯目にはうどんが入ってた)お腹いっぱいになってまたすぐに寝てしまいました。もちろん食欲がわかないというよりは良いと思いますが、食べて寝てを繰り返してるだけなのでねえ。風邪をひくたびに太ってもなあと思います。

 明日から東京なのですが荷造りとか全然してない。まあ1日分の着替えだけなので朝にささっとやってしまいます。

今年も脱ぎます - CSS Naked Day 今年も脱ぎます - CSS Naked Day

 CSS Naked Day が今年もやってきました。ボクが参加したのは去年から。去年の今日も惜しげもなく裸をさらしていたなあ。
 ということで、今年も脱ぎます。脱ぎました。

 脱ぎっぷりの良い人たち。

出張から戻りました。 2このエントリーを含むはてなブックマークlivedoorクリップ出張から戻りました。

 東京出張からたった今戻って来ました。やっぱり家は落ち着く。
 帰りの新幹線が東京発9時過ぎだったので新大阪に着いてからの足が危ぶまれたのですが、案の定、地下鉄中央線の最終電車に間に合わなかったので地下鉄で行けるところまで行ってからあとはタクシーで帰ってきました。

 今回の出張の目的は YAPC::Asia 2007 Tokyo だったわけですが、結局、初日は午後から、2日目は夕方くらいに2時間弱くらい参加しただけになってしまいました。出張前日に風邪をひいてしまったのと、それからやっぱり(と言ってよいものか)仕事が忙しかった。
 仕事したり YAPC に参加して貴重なお話しを聞くことが出来たりと慌ただしい中、体調だけは順調に悪くなっていってるような気がしました。それでもまあ倒れるほどでもないし、帰りの新幹線で眠ったら幾分ましにはなりました。問題はのどがやられてまともに発声できないことです。ボクのテキパキしたカツゼツのよいトークがダイナシ。というのは冗談だけど、隣にいても skype でコミュニケーションを取りたくなるくらい喋ることが億劫になってしまいました。

 YAPC ではみんな物作りとか勉強とかしてるなあとうらやましくなりました。ボクももっともっと勉強して、もっともっといろいろ面白いものを作りたいという思いを強くしました。

雨と桜、水族館で見たもの 雨と桜、水族館で見たもの

 土曜日の朝、彼女の友達や妹らと花見をするために出かけたのですが家を出たときに雨がぱらぱらと降ってきたのでイヤな予感がしていた。待ち合わせ場所に着くと雨は少し勢いを増していて、全員揃って大阪城公園に歩いていく途中も雨は降り続いていた。堀沿いの桜の木と人が集まっているあたりにボクたちもビニールシートを敷いてはみたものの雨はまだ降り止まず、少数のグループがそうしていたようにボクたちも桜ではないよりしっかりとした枝と葉を付けた木の下に移動したのでした。それでしばらく飲んだり食べたり。彼女の友達がサンドウィッチとおにぎりを作ってきてくれたのでいただく。あとはコンビニで買ったビールや梅酒やおつまみを食べ、ボクは親友である彼女の友達の子供と遊んでました。地面に落ちている木の枝で土に線を書いたり、地面に穴を空けてたまたま落ちていたどんぐりの実をその中に埋めて穴の上に枯れ葉を乗せて隠したり、木の低い枝の葉をひっぱったりして遊んでました。
 雨はしばらくは何とか地上に落ちてこなかったけど、ボクたちが寒さに耐えかねて近くの喫茶店に移動する途中で再び降り始めました。それからはずっと降っていたように思います。
 京橋から梅田に移動して、親友家族とは別れました。

 ちょうど彼女のお母さんとおばあちゃんが富山から高速バスで梅田に着いたところだったのでバス停まで迎えに行く。造幣局の通り抜けに大阪まで来たのですが雨が降っていたので土曜日はまず無理だろうという結論になり、とりあえずちかくの喫茶店で休みながらどうするか相談する。さてどうしよう、ということになって彼女のお母さんの案で海遊館に行くことになりました。そのときのメンバーで海遊館に行ったことがあるのは彼女だけで、彼女の妹もお母さんもおばあちゃんも、それからもちろんボクも行ったことがなかった。駅のコインロッカーに荷物を入れて水族館に移動。人はそこそこ入ってたけどメチャクチャ多いというわけでもなかった。写真撮り放題だったのでデジタル一眼レフでいろいろ試してみる。基本的に水族館の中というのは薄暗いわけで思い通りに撮ることが出来なかったのだけど、数枚は良い写真を撮ることが出来た。なかなか見応えのある行程で、最後の一連のくらげもよかった。
 朝からたっぷり歩いたので足がだいぶ疲れていた。彼女のお母さんたちが土産物屋で買い物をしている間、ソファに座って休んでいました。みんなお腹も空いてきたので近くでお好み焼きを食べて帰る。みんなで家に移動して、富山から持ってきてくれた餅や手作りのシフォンケーキをいただく。終電くらいで彼女の妹は帰っていき、お母さんもおばあちゃんも眠りについたのでボクたちも眠ることにしたのだけど、ボクは一日中咳が止まらなくてマスクをしていたのだけど、寝る段になっても咳が止まらない。そのせいでなかなか寝ることが出来なかった。

 日曜日は快晴とまではいかないものの雨は降ってなかったので彼女たちは造幣局と大阪城に桜を見に出かけていった。ボクはひとり家に残って仕事をしなければならなかったのだけど咳のせいで寝付けなかったので少し眠ることにする。正午くらいに目が覚め、テレビを見ながら昨日の残り物のおにぎりやらシフォンケーキやらチョコレートやらを食べて薬を飲んだ。仕事はなかなか手に付かなくて、30分ごとに休憩しないと体がバラバラになってしまいそうで、とにかくすぐに集中力がとぎれる。そんなわけで仕事はまったく捗らない。夕方くらいに彼女が帰ってくると(彼女のお母さんとおばあちゃんは再び高速バスで帰っていった)一緒に少し眠ってしまった。夜になって再び仕事に戻ったのだけど、相変わらず調子はすこぶる悪い。体を誤魔化しながら休み休み仕事を続け、結局は明るくなってから眠りました。
 休日に仕事をすることそれ自体は無条件で拒絶したりはしない。理由がまともであればやらないといけないわけだし、そんなことを言えばろくな理由でなくともしないわけないはいかないことは多々あるのだけど、今日まったく捗らなかったのはそういった事情によるものではなく、まったくもって体調が良くないことに原因がある。先週の月曜日の夜に風邪をひいてしまってからもう一週間くらいになるけどいっこうに良くならない。一週間もずっと体調が悪いと少しずつだけど着実に気が滅入ってくる。自分の仕事が遅いせいで同僚に迷惑をかけたり、大切な連絡に返事が遅れて友達に迷惑をかけたり。。。とにかく風邪を治したいです。

Twitter はじめました Twitter はじめました

 遅ればせながら Twitter をはじめてみた。いやあこれは面白い。会社の隣の席のデザイナーにも薦めたのだけど、お気に入りのようです。
 Twitter が流行ってるらしいということは少し前からやたらあちこちで目にするようになって知ってはいたのですが、実際に使ってみたのは今週の初めくらいで使っているうちに楽しくなってきました。特に twitterMobile を自鯖で動かしてみて楽しさが増した気がします。本当はメール送信で投稿できるようにしたいので、今日の日中は仕事の合間に API の資料を読んだりしていました。
 ようするに、ただひたすら今自分が何をしているかを投稿して反応してみたりするだけのゆるい繋がりを実現できる空間なのだと思います。
 ボクは Mac ユーザーなので Twitterrific というクライアントソフトを使っています。あと google talkも試しているので Adium も立ち上げて google talk のアカウントでログインしているのだけど、そもそも出来ることが違うなあ。
 Twitterrific はデザインもクールだし、配布元の Iconfactory には昔よくアクセスしていました。アイコンをたくさん集めていたなあと懐かしくなりながら相変わらずのクールなデザインはさすがだと思うばかりで、Twitterrific も目立ちすぎず、かといって物足りなくもないデザインが実現されています。Mac ユーザーなら間違いなくこのアプリかな。Twitterrific では他の人が何をしているか見たり、自分が何をしているかを投稿したり出来ます。
 一方、google talk をはじめとする IM との連携では上記に加えて w yosshi などのコマンド(と呼んでいいのかな)を使用することが出来るようです。
 まだ使い始めたばかりで TwitterrificAdium with google talk 経由で情報を取ったり受けたり送ったりしていますが、IM の notification がちょっとうるさいかなという感じはします。

 というわけで、どんどん add してください。
 Twitter / yosshi

カート・ヴォネガット死去 カート・ヴォネガット死去

 夕方、ひとりで仕事をしていると参加している某MLにカート・ヴォネガット死去の情報が流れてきた。

 正直言って、ボクはヴォネガットの良い読者ではなかったかもしれない。彼の小説は数えるほどしか読んだことがないし、常々読みたいとは思いつつも他の作家の作品を優先してきた。
 ただひとつ、ヴォネガットの思い出を語らせていただければ、ボクは彼のスローターハウス5を題材にして大学の卒業論文を書いた。その小説には筋道だったあらすじなどなかったけどボクにはとてもリアルに迫ってきた。人の生きている有り様をそのままぶつけたような小説だった。取り上げられている題材は深刻なものであったり奇想天外なものであったりするのだけど、その奥には我々がこの日常で生きている中で行っていることが書かれていると思った。ボクにとって大切な小説のうちのひとつです。

 よい読者ではなかったので作者に思い入れがあるとは到底言うことは出来ないけど、何かポカンとしたものを感じてしまう。きっとそんな偽物の空虚感なんて笑い飛ばされてしまうかもしれない。いずれにせよ、久しぶりにスローターハウス5が読みたくなった。昔買った文庫本は書き込みや付箋で散々に汚れていたのを覚えている。あの本は今どこにあるんだろう。彼のおかげで大学を卒業できたようなものなのに。

ダリ、スーパー銭湯、子供の病気 ダリ、スーパー銭湯、子供の病気

 土曜日は昼過ぎから外出。ヨンスンさん家族とダリ展に行ってきました。ヨンスンさん家族は子連れなのでベビーカーを押しながらの閲覧になったのですが、噂には聞いていたもののあまりの人の多さに途中でベビーカーを預けに行ったようです。一歳半の子供はお父さんやお母さんに抱かれたりしながらダリの絵を見ていました。もちろんボクたちも見ていたのですがあまりの人の多さにほとんど絵を見ることが出来ません。壁に展示された絵の前には人の壁が2重3重に立ちはだかり、ときおり奇跡的に出来る人の壁の隙間からのぞき見るしか術がなかったのです。あるいはその人の壁の一部に自分もなることが出来ればよかったのだけど、その進む速度の緩慢さには到底耐えることが出来なかったです。
 それで思ったのは、ここまで人が多いときなんかにはせめて入場制限をかけて欲しいなと。ギャラリーの中に収容できる人の最大人数みたいなものを想定してコントロールしていただきたいと思いました。サントリーミュージアムには何度か足を運んでいますが、ここまで人が多かったのは初めての経験でした。それであまりまともに展示を見ることが出来なかったので、ギャラリー出口のグッズ売り場で売り物の絵を見たりw、それから図録を買って帰りました。彼女はよくわからないけどダリの顔写真のうちわを買っていました。
 美術館横のレストランで食事をして、裏の海辺を子供を連れてぶらぶら散歩したりしました。天気が良くて暖かかった。彼女はデジタル一眼レフで子供の写真などを撮っていました。天保山をぶらぶら散歩して、日本一低い山を登ったりしてから天神橋筋六丁目にあるスーパー銭湯に行くために地下鉄で移動しました。
 スーパー銭湯で疲れを落とす試みを行い、夜はヨンスンさんに家でお酒を飲もうと誘われたのでみんなで移動しました。家の近くで食事をしてからヨンスンさん宅に移動。その時点で時間はかなり遅かったのですが、飲み始めた頃にはそろそろ出ないと終電に間に合わないという時刻。それで泊めてもらうことにしたので子供ともたっぷり遊ぶことが出来ました。子供は寝る段になるとぐずりだしたのですが、その日も一日中咳をしていたので体調は良くなかったのかも知れません。彼女によると、ボクが眠った後も夜中になんどか咳き込んでは目が覚めて泣いていたそうです。

 日曜の朝、10時くらいに起きるとすでにヨンスンさん家族はみんな起きていて子供はお父さんと遊んでいました。子供は熱が出てたのでいつもの元気さは影を潜めていました。ごはんを食べたら咳き込んで吐いていたので休日でもやっている小児科をネットで探してみたのだけど近くにはなくて、ボクたちは朝ごはんをいただいて正午くらいにヨンスンさん宅を後にしました。道中で市議会選挙のポスターを発見。知っている人が載っていたので『ああ、ホントなんだ』と軽く驚きました(出ることは聞いていたので)。駅前の喫茶店でコーヒーを飲んで家に帰ってくると、三重県で大きな地震があったというニュースを目にして驚きました。ちょうどボクたちは移動中だったかもしれません。
 日曜日の午後は洗濯物とプログラミングですごしました。仕事ではなく趣味のプログラミング。最近流行っていてボクもすっかりはまっている Twitter を携帯からメール送信して更新できるようにあれこれやってました。スクリプトはPHP+pearで書いて、postfix でメール受信時にスクリプトを叩くように設定しました。まあ動いてますが公開できるレベルじゃないです(汗
 夕方になって彼女にヨンスンさんの奥さんから電話があって、子供の熱が上がってきたようでやはり病院に連れて行くことにしたようです。どこの病院に行けばよいかを彼女が電話で問い合わせ、タクシーで病院に行きました。夜ごはんを近所で食べていたら電話があって、病院に行く前に薬を飲ませたので熱は下がったようですが中耳炎だと診断されたようで明日また別の病院に行くようでした。ともかく一安心といったところ。ボクたちも安心してスーパーで電球とか買って帰りました。

電池は睡眠改善薬の夢を見るか? 電池は睡眠改善薬の夢を見るか?

 昨日の夜、はじめて睡眠改善薬というものを服用した。
 ドリエルという名のその薬はテレビでコマーシャルが流れていることもあってご存じの方も多いと思うけど、また会社の隣の席のデザイナーに以前服用していたことを聞いたこともあったけど、自分で飲んでみるまでには至らなかった。そもそもボクはその種どころか薬というもの全般の効果を疑いながらも、体の不調を感じたりしたときには用量用法を(ある程度)守って服用するという節操のない人間なのですが、睡眠薬とか睡眠改善薬とかいったものの効果も半信半疑でした。
 もうここ数ヶ月、週末ですらまともにぐっすり眠れたという記憶がありません。理由はいろいろあると思うのだけど、あるいはまったく無いのかも知れないけど、とにかく睡眠時間が特に短くないような日でも目覚めてみるとたいていは眠る前より疲れているという有様です。先日訪れた鍼灸院の先生にも眠りが浅いと指摘を受けました。

 おそらく、連日のように寝言を言い続けているボクを見かねたのか、彼女が睡眠改善薬を買ってきてくれました。昨日の夜は仕事が終わって終電くらいで家に帰ってきたので、夜ごはんを食べてから(そういえば、さきほどの鍼灸院の先生に夜遅くの食事の悪影響も指摘されたのですが、だって夜ごはん食べる時間ないんだもん)服用しました。シャワーしたりテレビ見たりネットを見たりしているうちに微かに体に気怠さを感じたのでふとんに入って横になったらそのうち眠りに落ちてました。
 彼女が今朝早く四国に出張に出かけていったのには全く気がつかなかったのですが、夜遅くに帰ってきて話していると今朝はあまり寝言を言っていなかったようです。今朝の目覚めでいつもと違ったことは、のどがからっからに乾いていたことと寝起きが最近にしては悪くなかったことです。ただ夕方くらいまでずっと眠気が低層和音のように留まり続けていましたが。

 今日の昼はヨドバシカメラの釜飯屋さんで釜オムハヤシという邪道中の邪道のような名前の食べ物を食べました。釜飯の釜に入ったオムハヤシ(オムライスにハヤシライスのソースがかかっている)という代物で海老フライが付いてきました。味は可もなく不可もなくだったのですが量が多くて食べきれなかったです。それから目覚まし時計の電池が切れたので(余分な電池がなかったので昨夜は Wii リモコンから4本抜いてきました) eneloop を買いました。単三電池4本パック。ヨドバシカメラのポイントで買うことが出来ました。

 今日もばっちり薬飲んで寝てやろうと思っていたのだけど、さっきまで仕事をしていました。これからシャワーして睡眠改善薬を飲んだらきっと夜まで一日中眠気が覚めないんじゃないかと思うので今日は服用をやめておきます。

SANYO eneloop ニッケル水素電池 単3形 4本パック HR-3UTG-4BP
三洋電機 (2005/11/21)
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さくらんを見てきた。 さくらんを見てきた。

 だいぶ前に彼女が映画さくらんのチケットを買ってあったのをこれまで見に行きそびれていたので、大阪では(たぶん)最後の上映になると思われるこの週末、心斎橋まで見に行ってきました。一般的な評価はよく知りませんが、身近な人の感想を聞いたり、はたまたとある映画館では上映期間が当初のものより大幅に短縮されたとかいうようなことを聞いていたので、『あまりおもしろくないのかな、きっとそうに違いない』というようなまったく根拠がないわけではないけどはたしてそれを根拠にして良いのかわからないような、そのような気分がいつの間にか自分の中に醸成されていたのでした。
 それはそうと、心斎橋にあるその映画館に行くのは随分と久しぶりのことでした。最後に行ったのがいつか思い出せないけど、心斎橋のその辺り(アメリカ村)に足を運ぶのも久しぶりだった。御堂筋を挟んで反対側にはたまに行くことはあったのだけど。昔は正月にタルコフスキーの映画を見に行ったりしたなあ、その帰りには地下のビアホールで1人でビールを飲んだものだなあと懐かしく思ったりして。

 夜遅くに一度だけの上映だったので、念のためまず先に席だけ取っておきました。評判が良くないと思っていたから、席が埋まることはないだろうとどこかで思っていたのだけど、もしかしたらボクたちのようにチケットを買ったままこれまで見逃していた人たちが近畿中からどっと押し寄せるかも知れないと危惧したのです。もちろんそんなことが起こるわけはなかったのですが、ふたを開けるまでは確信できなかったのです。
 夕方くらいに席を取ってから(整理券の番号は1と2でした)、難波まで歩いて用事を済ませてから韓国料理屋で食事をしました。前日の金曜の夜に鶴橋に焼き肉を食べに行ってこれがもうめちゃくちゃおいしかったのですが、そのときにユッケジャンスープも頼んだのだけど、2日続けて同じようなもの(スンドゥブチゲ)を食べてしまいました。ボクはだいたい辛いものを食べると汗がどっと噴き出てくる体質なのですが、このときもご多分に洩れずどっぷりと汗をかくことになりました。新陳代謝が良くてうらやましいと言われても、辛いものを食べるたびに汗だくになるのはなかなかめんどくさいものです。難波の地下街にあったりしてあまり期待はしていなかったのですが、料理はとてもおいしかったです。彼女によると、厨房では韓国人の調理人が料理を作っていたとのことでした。
 食事に思ったより時間がかかってしまって映画館に着いたときには上映時間を過ぎていたのですが、中に入って席に着くとちょうど宣伝が終わったところだったので映画は最初から見ることが出来ました。チケットを買ったまま見そびれていた人は近畿圏にはそれほど多くいなかったようです。
 映画はそれほど悪く無いじゃないかという印象。みんな(というのが誰を指しているのか書いていてわかりませんが)この映画の何をもってそれほどの酷評に至っているのかなあと考えてみたり。

  1. 土屋アンナの演技が良くない。
  2. 椎名林檎の歌が前に出すぎている。
  3. 繰り返し映し出されるモチーフがうざい(金魚にこめた意味は分かったから!)
  4. 主役級3人の肝心なところは映されないのに、風呂場のシーンではこれでもかというくらいにその他の方々の肝心なところが映し出される。

 ボクは2と3が気になりました。彼女は1を主張していた。
 いずれにせよ、そんなにひどくはなかったと思いましたが見る前にだいぶハードルが下がっていたからかもしれません。

ボクは死んでいた、という夢 ボクは死んでいた、という夢

 ボクは死んでいた。死んでいたけど意識はあって、そして人と会話することも出来た。人々はボクの姿が見える人と見えない人とに分かれた。親しい人にはボクの姿が見えるようだったし、親しくない人には見えないようだった。
 ボクはまずどのような経緯で死ぬことになったのかを突き止めようとした。ボクの姿が見える誰かがボクが死ぬことになった経緯を説明してくれた。病院か何かでもらってきた口にする何かに毒薬か何かが付着していたらしい、というのがそれだった。そしてその何かを手渡してきたのでボクは思わずそれを口にしてしまった。あわてて洗面所に口を濯ぎに行ったのでした。
 場面は変わり、ボクは学校の教室のような部屋の中にいた。部屋の中には机が並べられ、それぞれの机に人がついていた。ボクは教室の一番右後ろの席に座っていた。左隣と前にいた人にはボクの姿が見えるようだった。誰かが教室に入ってきて何か紙を配り始めた。紙を配る人にはボクの姿が見えなかったのでボクの机には紙を置いていかなかった。隣か前にいた人が紙を見せてくれた。

 というような夢を見たのですが、目が覚めてしばらくしてから気づいたのだけど、これって生きている今の状態とほとんど同じじゃないか! 示唆的な夢を見てまたいろいろなことに思いを巡らせるきっかけになりました。

友人の結婚 このエントリーを含むはてなブックマーク友人の結婚

 日曜日は友人の結婚式・披露宴に出席するため京都まで出かけてきました。
 T君とは昔一緒に仕事をしていました。Sさんと3人で仕事をしていたのですが、いろいろたいへんな環境だったりいろいろあり得ないようなことが現実に起こったりと今となれば笑い話には困らない思い出がたくさんあります。3年間、ボクたちはまるで戦友のようにして生き延びました。そして最初にボクが辞め、数ヶ月後にT君が辞め、そのあとすぐにSさんが辞めました。そのようにしてボクたちはばらばらになって仕事をすることになりました。そのときにT君が東京に出てからもボクはいろいろと相談に乗ってもらいました。ボクはあまり物事を相談できるような友人・知人がいないのですが、T君は数少ないそのうちの1人です。ボクにとっては大人になってから出来たほとんど唯一の友人です。

 河原町からタクシーに乗ったのですがなかなか進まなくて着いた頃には挙式はほぼ終わりかけていました。T君の長髪と無精髭と黒帽子とこわばった顔を見て心の底から笑ってしまいました。そう、彼とは仕事中にお互い面白いことを言おうと競っていたのです。ボクが知っている人の中では彼は世界で2番目に面白い人です。少し言葉を交わしてから、Sさん家族を見つけて久しぶりの再会を喜び、披露宴会場に移動しました。
 披露宴ではボクはもうただ座って進行役の人の話を聞いたり、いろんな人が話すのを聞いたり、新郎新婦が話すのを聞いたりしていただけですが、とてもよいものでした。なによりT君が幸せを感じているということが純粋にうれしかったのです。そういうことはボクはあまり他の人には感じられないかもしれない。
 2次会には時間が遅かったので少し顔を出しただけになってしまったのですが、がっしりT君と握手をして帰ってきました。後日、こぢんまりと飲む機会を持ちたいと思います。2人はとても幸せそうでした。

 帰り道、自分にとっての結婚について考えてみました。家に帰って来て彼女と話をしたのは、形はどうであれ2人が幸せであることが一番大事だということです。だから急いで結婚するようなことはないし、けしてそれを拒絶しているわけでもありません。
 しかしまあいろいろ考えないといけない年になりました。

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