Home > Archives > August 2007 Archive

August 2007 Archive

引っ越し前半戦(ベランダに身を乗り出す人たち) 引っ越し前半戦(ベランダに身を乗り出す人たち)

 いつの間にか8月になっていました。東京は今日は暑かったです。昨日はそうでもなかったし、その前の日は寒いくらいだった。
 先週末、金曜の夜に会社を出てそのまま新幹線に飛び乗って大阪に帰りました。次の日の引っ越しに備えて終わらぬ荷造りをする予定が、ボクも妻も疲れていたのかその日はそのまま寝てしまった。土曜の朝から荷造りを開始し、昼過ぎに引っ越し屋が来てからも段ボールに荷物を詰め込み続け、1時間くらいかかって家中の荷物が運び出されるのを見ていました。先月のボクの引っ越しとは違い今回の引っ越しでは家中のものをすべて運び出さないといけないのでスケールが桁違いなのです。冷蔵庫に洗濯機、そういえば午前中にはずされたエアコン(エアコンをはずすだけの『はずし屋』が午前中に来たのだった)、ベランダに置きっぱなしになっていた自転車、そして家の中で一番大きな存在だったソファを運び出すのにはだいぶ手間取っていました。たしかにそのソファを買ったときも運び込んでくれた人は手間取っていて、エレベーターに乗らなかったので階段を使って5階まで運んでもらったのだけど、持ってくるときにエレベーターに乗らなかったものが持ち出すときに乗るわけもなく(サイズが縮むわけもない)ソファは厳重にカバーを掛けられて家から運び出されました。実際に階段を下りていくところを見てはいないのだけど、あれだけカバーがかけられるということはそういうことなのでしょう。
 家の荷物がすっかり運び出されてしまうとそこに残ったのはボクたちと埃くらいのものでした。掃除は次の日の朝にすることにしていたので(そして不動産屋の立ち会いが昼過ぎの予定だった)とりあえず空っぽの家をあとにしました。

 5年間住んだ部屋でしたが、不思議なことがひとつだけありました。それは隣人のことなのですが、とにかくよく出くわすのです。マンションの他の住人と出くわす頻度と比べて異常に頻繁に出くわすのが不思議でなりませんでした。たとえば家を出ようと玄関のドアを開けた同じタイミングで隣人も出てくるということがもう何度あったことでしょう。そのたびにボクたちは『監視されているんじゃないか』とか『盗聴器が仕掛けられているに違いない』とかいって遊んでいたのですが、答えを得られぬままその不思議さも消えることはありませんでした。『監視されている』という証拠もないし、『盗聴器』も結局は見つけることが出来ませんでしたから(あったとしてです)。
 5年間住んだ部屋の最終日にそのような形で自分の中に納得の二文字が訪れるとは思いませんでした。引っ越し屋さんに荷物を運び出してもらっている間、台所で妻と立ち話をしていたのです。彼女はちょうどベランダに背を向けるような格好で立っていて、それに向かい合うボクは必然的にベランダが丸ごと視界におさまっていました。妻と喋りながらふと視界の端に動くものを感じそちらの方を向くと、隣室のベランダとの区切りの塀(非常時には破れるようになっているアレです)越しに身を乗り出してこちらの部屋をのぞき込む隣人の姿が! おそらくボクに見られたことに気付きすぐに身を隠したのですが、ボクは小声で妻をベランダから遠ざかるように呼び寄せ自分が見たものを伝えました。
 もしかしたらそれが初めてではなかったのかもしれません。そのようにして部屋をのぞき込むか、そこまでしなくても聞き耳を立てるようなことはしていたかもしれません。じゃないとあんなに何度も同じタイミングで部屋を出るなんてことは起きないでしょう。となると次に何故隣人はそんなことをしていたのかということになります。こればかりはボクにはわかりません。暇だったからなのか、何か話しかけるきっかけを作りたかったのか。とにかくわからないのでこれらは憶測に過ぎません。何度も同じタイミングで外に出ようとしたのは偶然だったのかもしれないし、隣人ということでそこに何かしらのシンクロニシティでも作用していたのかも知れません。ただひとつわかっていることは、隣人がベランダの外に身を乗り出してこちらの部屋をのぞき込んでいたという事実だけです。

 荷物に続くようにして家をあとにし、妻の妹の家に向かいました。途中で引っ越し屋のトラックを追い抜き、ボクは途中で車を降りて一足先に新居の方へ電車で向かいました。ガスとネット回線の工事に立ち会わなければならなかったからです。引っ越し屋と妻は妹の家で荷物の運び出しがあったのです。
 駅を出て新居に向かう途中で急に大粒の雨が降り出してきました。初っぱなから大粒だったので誰かに水をかけられたんじゃないかとまず思ったほどです。家についてしばらくしてから大阪ガスの人が来てガス管をあけたりいろいろとしてくれました。と同時に、フレッツ光プレミアムの工事の人もやってきて家の中に光ファイバーを引き込んで接続テストなんかをしてました。ボクは両方を見なければならなかったので、特にガスの人から家のガス器具の使い方の説明を受けている間にちょうど光ファイバーの方の接続テストをしていたのでどのくらいの速度が出ているのか気になって仕方ありませんでした。一戸建てだと光ファイバーが直接来るのかと感心したり、実物の光ファイバーを初めて見てこんな細いのかと思ったりしました。ガスの人はお湯が出ないコンロに火が付かないと最初は手間取っていたのだけど、最終的には得意げになってボクに『壁のスイッチをオンにしないとお湯が出ません』とか『コンロとオーブンの元栓は一緒で下にあります』とか『お風呂にもスイッチがあるのでお湯が出せます』とか言ってました。ただガス管をあけに来るだけじゃないのですね。ネットの方は特に手間取ることもなく、NTTの人が帰った後でさっそく MacBook を直接繋げてみたら85Mbpsくらい出てました。無線LAN の設定をしているうちに(終わる前に)妻と妹が到着して、そのあとすぐに引っ越し屋がやってきました。
 新しい家の前は細い一方通行なので引っ越しのトラックが停まると車が通れなくなります。トラックを停める場所でしばらくあれこれしていましたが、ようやく決まると荷物の運び込みがはじまりました。みるみるうちに部屋は段ボールの箱で埋まっていきました。冷蔵庫と洗濯機は2階に置くのに階段を使って運び込めたけどソファはやっぱりだめで、2階のベランダからつり上げて部屋に入れてもらいました。なかなか良いものを見ることが出来たと思います。ベランダの手すりに登っていたけど、1日に2回もまったく異なる理由で身を乗り出す人を見ることが出来るとはね。

 荷物の運び込みが終わって引っ越し屋が帰って行くと、ボクたちはすぐさま梅田に移動しました。阪急百貨店に結婚指輪を取りに行ったのですが閉店時間が迫っていたからです。無事受け取ることができ、朝から汗をかきっぱなしだった3人はビールを飲もうとパブみたいな店に行ったのですが一軒目は予約で満席だと言われ(どうもサッカーの試合があったかららしい)二軒目でビールをたっぷり飲みました。次の日の日曜日にそれぞれの家の掃除をして即日で明け渡さないといけなかったので(新しい方の)家に帰ってそうそうに眠りました。

引っ越し後半戦(さらば5年間住んだ部屋) 引っ越し後半戦(さらば5年間住んだ部屋)

 少し間が開いてしまいましたが先週末の引っ越しの後半戦について書いておきます。
 土曜日はとにかく新しい家に荷物を移動させることに重きを置いていました。日曜日は朝からボクと妻と妻の妹で旧居の掃除と不動産屋・大家さん立ち会いのもと鍵を返して明け渡すことに。まずボクたちの家に移動したのですが不動産屋との約束の時間が11時でほとんど時間がなく、途中のコンビニで食べ物と雑巾を買ってとにかく掃除につぐ掃除。掃除機とか掃除用の洗剤とかは残していたのですが、掃除機がなんか途中でおかしくなって動かなくなったようでした。あまりにも多くの埃を一時に吸い込みすぎた? ボクは雑巾で窓を拭いてまわってから、持ってこなければと前日に言っていて持ってくるのを忘れたドライバーを買いに近所のスーパーに行きました。壁にねじで付けてあったものを外してから、また台所とかいろいろ拭いていたのですが不動産屋はいっこうにやってきません。妻はお風呂で汗だくになりながらカビを落とすような洗剤の成分で頭がくらくらとしてきたり、妻の妹も汗だくになって台所の掃除をしてくれたり掃除機をかけてくれたりしました。
 結局、こちらから不動産屋に電話をしたら今から20分ほどで行くと言われたそうですが、まあたぶん忘れていたんでしょうね。掃除道具とか残していた荷物を車に運んでいる間に不動産屋はやってきて妻が説明を聞いていました。鍵を返して5年暮らしたこの部屋とも完全にお別れ。東京と大阪で今住んでいる場所も含めてこの先、ボクたちがどのような場所で暮らしていくことになるのかわからないけど、5年間住んだあの部屋はボクたちの生活の出発点だという意味では特別であり続けるでしょう。けして良い環境ではなかったのですがね。
 それはそうと(時間は前後するのですが)、日曜の朝にクロネコヤマトから不在届けのメールが届いていたのでした。どうやら旧居の方にサマーソニックのチケットが届けられたようなのですが、掃除しに行ったときに紙の不在届けも入っていました。電話をして引っ越したことを伝えて転送してもらえないかと言ったのですが、チケットということで転送が許可されない種別の宅配になっているとのことでした。幸いにも営業所が旧居のすぐ近所(歩いて5分もかからない)だったので、夕方くらいに取りに行くことにしたのでした。

 さて。連日汗だくになったボクたちは妹の家に移動する途中でファミレスで休憩することにしました。とにかくのどが渇いていたのでドリンクバーのあるファミレスはいつもより魅力的に思えたのです。地下駐車場に車をとめて店の方に階段を上がっていくと待っている客が何組か。妹の家の明け渡しもあったので時間的余裕はあまりなかったのですが、少し待っただけで席に案内されました。日曜日の昼時だったのでまわりではみんな食事していたのですが、ボクたちは空腹ではなかったので(のどが渇いていただけ)ドリンクバーとかき氷を注文しました。朝から暑かったのでさぞや美味しく食べられるだろうと思っていたかき氷は期待に反して全然美味しくありませんでした。
 妹の家に移動してふたたび3人で掃除。ここでもまた汗だくになってました。予定より遅れて大家さんに部屋を明け渡し、残っていた荷物を車に積んでふたたびボクたちの旧居の近くへ。ケーブルテレビの会社にチューナーを返しに行き、それからクロネコヤマトにサマソニのチケットを受け取りに。家に帰って荷物を下ろしてから近くのホームセンターへ。物干し竿をかける台を買って、隣のスーパーで夜ごはんを買いました。物干し竿をセッティングしてからごはんを食べて、東京に戻らないといけなかったボクは急いでお風呂で汗を流しました。土曜日曜と汗をかきっぱなしだったので、そのまま新幹線に乗るわけにもいかなかったのです。
 風呂上がりでIP電話の設定をしました。ネットは前日の工事で普通につながっていたのですが、IP電話はプロバイダーとの契約だったので自分で設定しないといけなかったのです。前日もやりかけてうまくいかなかったのですが、もう一度説明書を読んでみるとネット経由で設定しないといけないみたいだったのでその通りにしてみたらうまく繋がりました。ボクの役割であるネット回線・IP電話の設定を無事済ませることが出来て良かったです。晩ごはんを食べながらネットで予約した新幹線は新大阪発東京行きの最終から1本前だったので家に着いた頃には日が変わっていました。家に帰ってきて、つい数時間前まで一緒にいた人たちと skype でビデオチャットするのはなんだか不思議なものでした。

徹夜明けに見た夢 このエントリーを含むはてなブックマーク徹夜明けに見た夢

 この週末は東京に出てきた週末を除けばはじめて大阪に帰らずに東京で過ごしたのですが、何をしていたかというと仕事以外にはほとんどなにも出来ませんでした。土曜日は昼から会社で仕事をして、日曜日は買い物に出かけたかったのだけどどうしても起きることが出来ずに何度も何度も繰り返し眠り続けました。それで夜中から朝にかけて仕事をして、明け方にお風呂でお湯に浸かってぼんやりしてから会社に行きました。徹夜といえば徹夜なので夕方くらいになると激しく睡魔に襲われ、9時くらいに家に帰ってきて湖の底に沈んだ財宝みたいに静かでヒンヤリとしたふとんにくるまって眠りに落ちました。
 東京に出てきてここまでの睡魔を抱いたことはなかったと思うのですが、そのせいなのか眠りはとても心地の良いものでした。夢はとても辻褄のあった物語進行で、知っている人、かつて知っていた人で今はもう会うことはない人、知らない人が出てきました。朝5時くらいに目が覚めたとき、これまで感じたことのないような親近感をボクはこの部屋に対して感じていたのです。でもそれはきっと夢の名残に過ぎず、ボクの人生をかすめてどこか遠くへ行ってしまった人たちと夢で話すことが出来たのが居心地良かったのでしょう。1時間半くらい経った今でもまだぼんやりとした脳裏にそのような感覚は微かに残っているような気がします。目が覚めればきっとまた元に戻るのでしょう。
 それはそうと、夢にはトム・ヨークも出てきました。ボクは彼と親しくてなにやら一緒に話をしているのですが、その場所がどうやらボクと妻が住むマンションの下だったようで(どこだ)、”Mr. Yorke, may I introduce my wife to you?” とトムに言って妻を呼びに行きました。マンションの最上階(10階)まで階段で駆け上がりながら同時に携帯電話で会わせたい人がいるので下に降りてきてと言うのです。妻がエレベーターで下りる前に10階に着かなければならない、と慌てて階段を上り続けるのですがどうにも障害物が多くて上りにくい。9階に着いたらひとつ上の階の部屋から妻が出てきてエレベーターに向かうのが見えたので待つようにと叫んだのでした。その後はもう荒唐無稽で妻はいつの間にかいなくなっていて、大きなケチャップとマスタードのチューブが至るところにあってボクはついに下の階に降りることが出来ないのでした。ね、荒唐無稽でしょ?
 まるで頭の中でもう1人の自分がもうひとつの人生をもうひとつの世界で送っているような感覚に陥りそうになりました。

サマーソニック初日 サマーソニック初日

 金曜日の夜の最終の新幹線で半ば無理矢理東京を脱出して大阪に帰ってきたわけですが、これまでとは違う大阪の新居にたどり着いたころにはすでに時計の針は次の日を半周くらいまわっていました。2週間ぶりに再会した妻と語らいながらも次の日も朝が早かったので妻の妹の帰宅を待たずに(飲み会のために帰宅が遅れてるようだった)眠りました。
 土曜日の朝、妻の作ってくれた朝食を食べながらこれから行くサマーソニックのタイムテーブルや会場や駐車場について最終確認をしました。車で行くか電車で行くかも決めていなくて、2日券を買っていたのだけどそれぞれ目当てのミュージシャンはいても初日なのか2日目なのかもしらない有様だったのです。今回は事前にほとんどなにも準備できなかった。それでもまあネットでタイムテーブルや会場付近の地図を見ながら車で行くことにしたのでした。
 途中、コンビニに駐車券が買えるかと思って立ち寄ったのですが当たり前といえば当たり前だけど当日券は買えなかった。それでも翌日の(2日目の)駐車券は買うことが出来ました。それで一か八か会場に車で乗り付けたら駐車場は満車で USJ の駐車場に停めてシャトルバスで会場まで来てくれと言われたのでその通りにしました。2,500円で USJ の駐車場に車を停めてシャトルバス乗り場とおぼしき場所に歩いて行ってシャトルバスが到着するのを待ってからシャトルバスに乗り込んでしばらくしたらシャトルバスが走り出してついさっき2度ほど渡った大きな橋を再び渡って砂埃の舞う大きな広場の真ん中でバスから降ろされました。でもほとんど並ぶことなくチケットをリストバンドに交換することが出来て、そこからは会場内を自由に歩き回ることが出来ました。iTunes の10曲プレゼントシリアルコードの書かれたカードと一緒に渡されたタイムスケジュールと会場の地図を見ながらとりあえず一番大きなステージに移動することに。途中で大きな音を出しながら叫んでいるヘビーメタル系のバンドを横目に見ながら一番大きなオーシャン・ステージに入るとレミオロメンとかいう日本のバンドが最後の曲を演奏していました。とくに何の感慨もなく炎天下で眺めているうちに演奏が終了したのでボクはとりあえずビールを買ってふたりで他のステージを見に行くことにしました。最初に坂を登ったところにあるスカイ・ステージを見に行ったらちょうど演奏が終了したばかりのところだったようで坂を登るだけで少し疲れたボクたちはそのまま坂を下りてふたたびオーシャン・ステージに戻りました。ちょうど Rooney が演奏をはじめたところで少し聴いていたらなかなか良かったので結局最後まで聴いていました。途中からあまり興味のない音楽に変わっていったのだけど、真ん中よりは前の方にいたのでなんとなく最後までそこで聴いていた。そうしたら次の The Fratellis を前の方で聴きたいと妻が言うのでボクは大きな危惧を抱きながらも一緒に前の方に行ったら案の定、演奏がはじまると音楽を聴いているのか聴いていないのか知らないけどとにかく飛びまくって暴れ回る奴らが出始めたのでボクも妻もすぐに少し後ろに下がりました。好きなバンドを前の方で見たいという気持ちはわかるのだけど(ボクは The Fratellis にそれまで興味がなかったし、一度生でその演奏を聴いた今でも特にかわりはないのだけど)、客層というのはだいたい想像できそうなものだし少し後ろでも十分に近いのだから落ち着いて聴ければそれで良いとボクは思ってます。The Fratellis でさんざん疲れたのでオアシス(休憩所)に行って休むことにしました。かき氷とか焼きそばとか食べて休んでからふたたびオーシャン・ステージへ。Manic Street Preachers を見ました。ボクは前にも見たことがある気がしたのだけど気のせいかな。そのあとでボクはコーネリアスか UNKLE かで迷いながらもとにかくオーシャン・ステージを後にし、妻はそのまま KASABIAN と ARCTIC MONKEYS を見るためにその場に留まりました。
 少し時間があったので見ておこうと思って入ったパーク・ステージで見た SEAN LENNON に釘付けになってしまいその場を立ち去ることが出来ませんでした。ショーンはとても神経質そうに1音1音を確認するように演奏をしていました。Cibo Matto の人がキーボードを弾いていました。人の数もそんなに多くなくて(とても良い演奏だったのでもっと多くの人がいてもおかしくないはずなのにね)夕暮れ時にとても雰囲気の柔らかい繊細で親密な空間が醸成されていました。そこにいることが出来たことを幸せに思います。間違いなく1日目のベストアクトでした。
 同い年のショーンのおかげで予定がすっかり乱れてしまったのでぶらぶらとオーシャン・ステージに戻って KASABIAN を見てみました。もうさすがに慣れたもので盛り上げ方も分かっているしヒット曲もあるので安心して見ていられました。盛り上がるところではきちんと盛り上がるしね。演奏の後で妻を捜してみたのだけど携帯電話も繋がらないし(携帯は昼間からすっかり繋がらなくなってせっかく写真を撮ってモブログしようと思っていたのにまったくそうはならなかった)仕方なくビールを飲みながらオーシャン・ステージのトリの ARCTIC MONKEYS を聴いてみたのですが何一つ響いてくるものがなかったのでそうそうに会場をあとにして、あとは休憩所でたこ焼きを食べながらビールを飲んでパーク・ステージに矢野顕子(とレイ・ハラカミ)を見に行きました。そのときに妻から電話がかかってきてオーシャン・ステージを出てきたと言うからパーク・ステージに呼んで矢野顕子(とレイ・ハラカミ)を見てたらくるりのばらの花をカバーしだしたので驚きました。
 再び休憩所でビールを飲んでから(妻はカレーを食べていた)各ステージの演奏が終わる前にシャトルバス乗り場へ向かったのですがすでにけっこうな行列が出来ていた。1時間くらい並んでようやくバスに乗ることが出来て、そこから USJ の駐車場まで30分くらいかかったと思う。演奏が終わる前に並び始めたボクたちでもそのくらいの時間がかかったのだから、最後まで見ていた人たちはさらにどのくらいの時間がかかったのだろうか。しかもボクたちは車だったけど電車で来ていた人たちははたして帰ることが出来たのだろうか、ということを家に着いてから巨大掲示板とかで見ていて、その日はお風呂に入って疲れと汚れを落とそうとする努力だけしてから眠りました。

サマーソニック2日目 サマーソニック2日目

 サマーソニック2日目、ボクの目当ては何と言っても Travis でした。はじめて Travis を聴いたのがどのような経緯でいつのことなのかもう思い出せないけれど、ボクにとってはとても重要なロックバンドであることにはかわりありません。しかし Travis はソニック・ステージのトリだったのでそれまで十分時間があったのです。
 この日も会場に着いたのは正午付近でした。前日にコンビニで駐車場のチケットを購入していたので安心して車で行ったのですがステージから一番遠い駐車場で偶然にもボクが学生時代にアルバイトをしていたまさにその場所でした。今年からサマーソニックの大阪の会場が南港から北港に変わったのですが、この舞洲という埋め立て地でボクが大学生の頃にアルバイトをしていました。駐車場に向かう途中に懐かしい光景を目にしたというわけです。
 2日目もまずはオーシャン・ステージを素通りしてオアシスに向かいました。ボクも妻もまず最初の目当ては CSS だったので時間があったのです。前日見ることが出来なかったグッズ売り場を見て回ったりして、焼きそばを食べたりしながら何となく聞こえてくるお笑いステージのことが気になりだして見に行ってみたら、中山功太勝山梶(というよりムーディー勝山)を見ることが出来ました。
 オーシャン・ステージでは B’zの演奏がはじまっていたのですが興味がないわけでもないのだけどかといってあるわけでもなく、それでもなんとなく見ておかないといけないという根拠のない何かに突き動かされるようにしてステージに行ってみるとトリでもないのにものすごい数の人がいました。その日そのステージで Avril Lavigne を見た妻曰く『アブリルよりも B’z の方が人が多かった』そうな。B’z すごいな、と思いました。
 ともかく B’z を素通りしてダンス・ステージに向かいました。そういえば駐車場からまず最初に向かったのがダンス・ステージだったのでした。とりあえず下見しておこうということで行ったときに演奏していたのは The Young Punx!、少ししか見なかったけどなかなかよかった。CSS に備えてひとつ前のステージから足を運んだのですが、Digitalism のことはまったく知りませんでした。すごい人で人気なのは分かったのですが、その音楽については複雑な気分。けしてキライではないのだけどとくに目新しくないというか、あまり気持ちよくなかった。そして CSS はこの上なく良かった。音楽もカッコイイし、主にボーカルの人のパフォーマンスも素晴らしかった。けして演奏がうまいとは言えないのだけど、でもやろうとしていることがシンプルなので聴いていてとても気持ちが良かった。終了後、他のステージに移動しようと歩いていたらダンス・ステージの裏に CSS のメンバーがいるのを発見。しばらくそこにいたらボーカルの人が近寄ってきてサインしたりしていた。他の人が身を乗り出したりしてボクは少し後ろに下がっていたのだけど、妻はちゃっかり握手してもらっていました。あとで家に帰ってネットを見ていたら日系ブラジル人なのですね。なんとなく親近感を覚えるのはそのせいなのか否か。
 CSS のあとはオーシャン・ステージに移動して Gwen Stefani。ボクはまあ興味がないのでかき氷を買った彼女の横でビールを飲みながらなんとなく眺めていて、さて、いよいよ今年のサマーソニックの目的である Travis に備えてソニック・ステージに移動することにしました。妻はそのままオーシャン・ステージに残ってアブリルBlack Eyed Peas を見ることに。
 ソニック・ステージにはそのときはじめていったのですが、2階席が座席で空調も効いているとは知りませんでした。休んでいる人がたくさんいたし、ボクも Travis のひとつまえの Modest Mouse の演奏中は休ませていただきました。Travis のステージはアリーナに降りていこうか迷ったけど、2階席の正面一番奥から落ち着いて見ることにしました。ロッキーのテーマで入場するとは思わなかったけど、演奏は期待以上のものでした。とてもよかった。そしてボーカルのフランの人の良さが曲の合間合間に感じ取れた。残念ながら一番新しいアルバムを聴いていなかったのでこれから聴いてみようと思います。いくつかの曲を2階席の一番奥で熱唱してしまいました。
 お互いに別のステージで2日目を終えるので駐車場に停めた車で待ち合わせたのですが、駐車場に向かう途中で後ろから妻に声をかけられました。メインであるオーシャン・ステージで前の方に行っていたら外に出るのにも時間がかかると思ったいたのだけど、実際はそんなに前には行かなかったみたいです。それでも車に乗ってから1時間くらいしてようやく舞洲を出ることが出来ました。ボクたちが大きな橋を渡る直前にもシャトルバスにはまだ長蛇の列が出来たままでした。来年もまた同じ場所で開催するなら交通手段をなんとかしてもらわないとですね。
 家に帰ったらリビングの電気がついたままで誰もいなくて変だなと思ってたら妹がやってきて『黒いヤツが出たので逃げた』というので殺虫剤で退治しました。帰りにコンビニで買ったインスタント焼きそばを作って食べたりしながらいかに CSS が良かったかを妹に熱く語り、次の日はその日や前の日よりももっともっと早く起きなくてはいけなかったので興奮を抱えたまま眠りに落ちました。

妻の実家に帰省、流れ星と北斗七星 このエントリーを含むはてなブックマーク妻の実家に帰省、流れ星と北斗七星

 2日間のサマーソニックを満足のうちに無事終え次の日、7時20分梅田発の金沢行き高速バスに乗らないといけなかったので5時台に起き慌てて出かける用意をしました。妻の実家の富山に帰省するわけですが、妻の妹はバスのチケットが取れなかったので大阪から金沢までサンダーバードか雷鳥かの自由席で向かうということでした。まあ大阪発なので時間に余裕を持って行けば座れないことはないだろうということです。ボクたちが7時20分に大阪を出て金沢には12時過ぎに着く予定だったので妻の妹も同じくらいの時間に着くようにということで、ボクたちは一足先に大阪の家を出て阪神電車に乗って梅田へ。バスの時間にもギリギリだったので少し焦りましたが無事乗ることが出来てバスは発車しました。
 しばらくは久しぶりに見る梅田の町並みを眺めていたのですが新御堂に乗って千里ニュータウンに向かうというバスのアナウンスがあったのを最後に、ボクの記憶は両手ですくい上げた乾いた砂のようにこぼれ落ちていきます。大阪から金沢まで、途中で何度かサービスエリアで休憩が取られ妻にも外に出ないかと言われた記憶はあるのですが、ボクは大阪で座席に腰を落ち着けてから金沢に着くまで一度もその席から立つことはありませんでした。それどころかバスは渋滞に巻き込まれ(しかしどのあたりで渋滞に巻き込まれたのかはわからない)予定より1時間半以上遅れて目的地に到着したにもかかわらず、その道中があっという間だったという印象をボクは抱いてさえいたのです。つまりボクはほとんど寝続けていたわけです。
 金沢に着き、金沢駅横のスターバックスで妻のお母さんとおばあちゃん、そして別のところにいた妹がやってきて昼ごはんを食べに車で移動しました。金沢から富山の妻の実家に向かう途中にある自然食の食堂(レストラン)。前にも一度来たので2度目の訪問となりました。五箇山の豆腐や豆乳を使った料理が目立ってました。素材の味を生かした料理はとてもおいしくて、ここ1ヶ月ほどの東京での食生活から比べてみればまさに天と地ほどの差がありました。料理の味わいが楽しくて、おいしい料理はたぶんたくさんあるだろうけど食べていて楽しい料理はあまりないんじゃないかなと思ったりしました。
 妻の実家に帰る途中でスーパーで買い物をして、妻はすぐに友人の家に生まれたばかりの赤ちゃんを見に行ってしまいました。ボクはテレビで江戸幕府の裏側みたいな番組を見ながら(9代将軍が実は女性だった、とかなんとか)うとうとしたりしてました。やがて妻が戻ってきて豪華な夕ご飯をいただき、すっかり暗くなった中を家族みんなで歩いて5分くらいかけて墓参りに行き、帰り道に妹が自転車でこけて、それから家の前の車庫の前にゴザを敷いてその上に寝転がって星空を見上げました。寝ころぶとアスファルトが日中に蓄えた熱が伝わってきました。流星群が見られる時期だったわけですが、確かに流れ星はいくつか見ることが出来ましたが、それよりも『北斗七星はどこだ』という課題が与えられ流星群はすっかり主役の座を奪われる格好となりました。途中で妹の友達も参加して(すっかり家族の一員だな)でも彼女は風邪気味で夜に野外で横になって大丈夫かと思っていたんだけど、星もぽつぽつとしか流れないしもちろん北斗七星も見つからなくてみんなうとうとしはじめたので深夜過ぎてお開きとなりました。ボクは外では寝なかったけど家の中ではよく眠れました。

金沢で買い物と映画、8時間半かけて東京に移動 金沢で買い物と映画、8時間半かけて東京に移動

 富山2日目は昼から妻と妻の妹と3人で金沢へ買い物と映画を見に行くことにしました。
 ボクは夏用のズボン(パンツ)が欲しかったのと、妻たちは大阪の家のカーテンを買うと言うことでした。どちらも M’ZA の無印で買うことが出来ました。映画まであまり時間がなかったのでさっさとフォーラスへ移動。ギリギリに着いたので席が埋まってないか心配だったのですが、チケットを求める列に並んでもどこにも座席状況を伝えるモニターはないし、それで二手に分かれて妻がチケットを、ボクと妹は飲み物と食べ物を買い求める列につきました(こっちの方が長かった)。結局席はたっぷり空いていました。ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団を見たのですが、たぶん2時間ちょっとくらいあったと思うのだけどまったくその長さを感じさせないすばらしい出来でした。いっときも見るものを飽きさせないのはすごいと思う。ハリー・ポッターは映画しか見てないのですが、あと2作でハリーがあれ以上の魔法力を身につけることが出来るんだろうかと思うくらいに大人と子供の魔法使いの力には差があったように感じました。
 夕方に妻のおばさんが来ると聞いていたので慌てて家に帰ったのですが、おばさんはすでに帰っていました。夜にも用事があったようです。妻の妹は友達と出かけたので、残った者で夜ごはんを食べてテレビを見ていたのですが、11時くらいにボクは一足先に眠ることにしました。妻はお母さんやおばあちゃんと話し込んでいました。夜中3時くらいにふと目が覚めたときもまだ妻は隣にいなくて、少しして戻ってきました。その少し後でシャンプー(飼い犬)が鳴きだしたので妻の妹が帰ってきたのだとわかりました。ボクはまたすぐに眠りに落ちました。

 朝、シャワーをしたときに外した結婚指輪をそのまま忘れてきたことに気がついたのは富山から金沢に向かう車の中でした。すでにだいぶ走っていたのとボクが東京へ向かうバスの時間までに余裕がなかったので取りに戻るのはあきらめました。ボクは11時半のバスで東京へ、妻は1時40分のバスで大阪に戻りました。妻の妹は次の日の朝のバスで大阪に戻る予定だったので、妹に指輪を持って帰ってもらって大阪から東京に送ってもらうことにしました。
 金沢から東京へのバスは予定では8時間の道中だったのですが、途中で渋滞に巻き込まれて到着が30分遅れました。もっと遅くなるかもと思ってもいたので30分くらいで済んで良かったといえば良かったのですが、それでも8時間半の高速バスはさすがにしんどかったです。そのうえ、バスの中は微妙に暑くて少しうとうとして気がつくと汗でシャツがじめっとしているのです。金沢・東京間をバスで移動したことがなかったので実際に走るまではバスがどのような経路で東京まで行くのかわからなかったのですが、新潟の方から南に下っていくのですね。てっきり北陸道を米原まで行くのかと思ってました。
 夜8時に新宿につくともうくたくたで、南口横にユニクロがあったので少し買い物をしてから家に帰りました。ほぼ一週間ぶりに家に戻ってきてまず確認したことは、先週金曜日の朝に閉め忘れたかもしれない水道の蛇口を確認してまわることでした。その日の朝起きると家中の蛇口から水が出なくなっていて、その日がマンションの断水日だということを忘れていたのですが、水が出ないものだから蛇口を開いたままにしているんじゃないかと心配していたのです。どの蛇口もきちんと閉まっていました。家についてすぐに浴槽に浸かって8時間半分の汗と疲れを落としました。
 山手線に乗って東京のマンションに向かう途中、ボクはふとこの1ヶ月東京のマンションに住んで会社に通っていた生活が幻想だったとしたらボクは今こうして電車を乗り継いでいったいどこに向かっているのだろうという感覚に陥りました。その思いはマンションに着くまで消えませんでしたが、ポケットに入っていた鍵でマンションのオートロックを外すことが出来たので少なくともこの1ヶ月の記憶は幻想ではなかったのだと思いはしたけど、それでもやはり自分がどこに向かっているかということについてはしっくりとくる答えを出せずにいます。

様々な公的な変更 様々な公的な変更

 東京に引っ越してきた当初は住民票を移すつもりはなかったのですが、それまで住んできた大阪の家も引っ越すことになったので大阪府内で妻も住民票を移すことになったし、単身赴任で出てきている手前、実際に住んでいるという事実のない大阪の新居に住民票を移すというのもなんだか気持ちが悪かったので東京に移すことにしました。
 住民基本台帳カードを用いた付記転出・転入届を利用しようと思っていたのですがちょっとした不手際のために通常の転出・転入届を用いることになりました。妻は付記転出・転入届を利用して住民票を移そうとしたのですが新しい方の大阪市の某区役所の職員のなんたる怠慢! 話を聞いただけでも怒りが込み上げてくる体たらくで、そもそも付記転出という用語すら知らない人間が窓口に立っている有様。もちろん区役所内の全職員が知らなかったということはなかったのですが、処理をするのははじめてだという。それで時間がかかったわけですが、付記転出・転入というサービスを謳っている以上ははじめてであれきちんとした対応をしてもらいたいものです。どうやらその区役所は問題があるらしくて、後日別の用で訪れた際もだいぶ待たされたそうです。大阪市内の各区役所で提供されているサービスの品質については知るよしもないですが、市内の全区役所がその区役所のようなレベルだとすると絶望的ですね。きっとそんなことはないのだと思いたいですが、いずれにせよ自分が居住する区のサービスの質のあまりの低さに嘆く気持ちは理解できます。そんな区に税金を納めたくはないですね。
 一方、ボクの方の手続きは問題なく済みました。窓口で要望を伝えるとどの用紙に記入すればいいかを伝えられ、それでいわれたとおりに記入し、以前に住んでいた市から郵送で送ってもらった転出証明書と一緒に提出したらあとは職員の方がパソコンに向かってカチャカチャ入力をしておしまい。すぐに新しい住民票も取ることが出来ました。
 それが先週くらいの話で、昨日は銀行口座に関する変更をしてきました。ネットで住所変更をするための暗証番号を忘れてしまったので窓口でその再発行の手続きと住所変更、勤め先の変更(なんと前の前の会社のまま変更してなかった)と届け印の変更などを一度に行いました。少々時間はかかったけどすべて滞りなく済んですっきりです。あとはネットで利用する暗証番号の書かれたカードが郵送で届くのを待つだけですが窓口で望む変更は全て済ませてしまったのでとくに急ぐわけでもありません。
 あとは銀行口座と同様に郵便貯金の口座を変更するのと、住民基本台帳カードと印鑑証明を新しくするくらいでしょうか。住民基本台帳カードについては更新しないかも知れません。写真付きの身分証明書を持たない不便さから一度は取得したのですが、最近ではパスポートと住民票というような組み合わせで代替できる場合が多いように思います。『住民基本台帳の制度により住民の利便を増進する』(住民基本台帳法 - Wikipedia)と謳っているにもかかわらず現実に存在するこの国の役所ではそれ以前の制度がより利便性の高いサービスとして提供されているわけです。結婚を機に強く感じたことは、戸籍と住民票の二重性のめんどくささです。ともかく、ボクたち夫婦の本籍地は現時点で、そしてこれからもおそらく居を構えないであろう場所になっています。次に引っ越すときにでも変更すればいいかと考えてますが一般的にはどうなのでしょうね。こんなにどこにでも本籍を置くことが出来るなんてはたして意味があるんでしょうか(本籍 - Wikipedia)。

ゴミの分別、土地の名前、商店街に親密さを感じること ゴミの分別、土地の名前、商店街に親密さを感じること

 東京に引っ越してきてまず驚いたのは間違いなくゴミの分別の種類の多さでしょう。大阪に住んでいたときは2種類にしか分別していませんでした。つまり、燃えるものと燃えないものとです。瓶も缶も一緒くたでした。近所に大型スーパーマーケットがあったので、そこの店頭で回収していたペットボトルとトレイ(肉なんかを買ったら載っているアレです)は自主的に分別していましたが、こちらにやってきてやはり行政がきちんと分別をルール化していることは良いことだと思いました。たしかに日常的には手間が増えるわけですが、最初に捨てるゴミ袋を分けておけばあとは実際に捨てるときにそれぞれのゴミ袋に入れていけば良いだけなのでたいした手間ではありません。
 引っ越してきてすぐに無印良品でゴミ箱をふたつ購入しました。ひとつは仕切りのないタイプ、もうひとつはゴミ袋をふたつセットできるタイプです。それぞれサイズは同じなので、嵩張る種類のゴミを1種類、その半分のペースで増えていく(と想定される)ゴミを2種類分別できます。今のところ大きく分けると可燃ゴミ・不燃ゴミ・瓶・缶・ペットボトル・紙パックの6種類にボクは分別しています。まだ調理器具が揃っていなくて料理はしていないのでトレーはないし、段ボールは大きな買い物をしたときか何か送ってもらったときくらいにしか出ません。それでも6種類のゴミが排出されるのでゴミ箱に入れることが出来る3種類では足りないわけです。瓶・缶・ペットボトル・紙パックは毎日たまっていくわけではないので小さな袋でこまめに出すことで問題なく処理できています。
 それで明日は可燃ゴミの日なのですが朝一に出すことが出来ないので(起きるのが遅い)前の日の深夜に出すようにしています。多分に洩れずさっきもゴミを出してきたのですが、ゴミを出して部屋に戻るときに5階の部屋の玄関の前から外を眺めてみると商店街に沿ってぼんやりとした灯りが連なっていました。うちの近所のその商店街にボクはあまり足を運ぶ機会がなくてそれは残念なことなのですが、最近は夜に少し遠回りになるものの駅からその商店街を通って帰っています。遅い時間なので開いている店はほとんどないのですが街灯が黄色がかった光でその通りを宵闇に浮かび上がらせています。その光は情緒深く、ボクにいくつかの場所を想起させます。まだ小さな頃に母方の祖父母の家の近くにあった商店街や、村上春樹のノルウェイの森という小説に出てくる小林緑という女の子の家がある商店街や、吉本ばななの初期の中編小説に出てくる突然夕立が降り出す商店街などがそれです。実際に行ったことがあるのはそのうちのひとつなのだけど、実際に行ったことがある場所ですらすっかり記憶の彼方に遠ざかっているわけなので、それよりかはずうっと後に読んだ小説に出てくる場所にだって同じ程度の現実味を感じることができているのかもしれません。
 ともかくボクが住んでいるのはおそらく下町と呼ばれる場所で、ボクがこの場所に住もうと決めた理由は部屋のつくりが良かったのとこの土地の地名が気に入ったからでした(もうひとつは夏の暑い日にさらに別の部屋を真剣に検討する気力を失っていたからです)。何かの縁で住むことになったこの土地の商店街にボクはなぜか懐かしさや親密さを感じています。

tokyo sucks tokyo sucks

 東京に出てきてすでに2ヶ月近くが経とうとしております。早いのか早くないのかわからないけど、東京に出てきた甲斐があったとは到底言えない生活を送っております。仕事ばかりしていて誰とも会っていないし、仕事ばかりしていて何か仕事以外のものを追求できていないし、仕事ばかりしているので仕事がこの上なく楽しくない。仕事をしに来たんじゃないのかと言われればまあそうですけどと答えることになると思うんだけど、とりあえずこんなはずじゃなかったんだと付け足したい気持ちでいっぱいです。
 唯一の楽しみは次の週末に大阪に帰れるかどうかに尽きるし、大阪に帰れない週末は体調を崩してひたすら寝続けているか、それとも半分は仕事して半分はひたすら寝続けているかのどちらかです。
 そんなわけで今のところ東京に出てきて楽しいことは何一つありません。期間を区切っているのでこのことは断言しておきます。今のところ何一つ楽しいことはありません。つまり、小説を読んだり Movable Type 4 を触ったりするのは東京じゃないと出来ないことではないのです。東京に来たおかげで経験できたのは、新幹線にすっかり乗り慣れたことや金沢と東京を結ぶ高速バスに乗れたことくらいですが、それらは副次的なものに過ぎない。
 といってもけして絶望的になっているわけでも自暴自棄になっているわけでも暴飲暴食しているわけでもありません。今は仕事が忙しくて仕方ないと思うようにしています。この先にはきっと何か思いも寄らないことが待っているのでしょう。あるいは時間が出来ればいろんなことをしてみよう、と思っています。

 しかしまあ、それにしても楽しくない。あまりに楽しくないので裏返ってちょっと楽しいくらいです。
 で、その要因はおそらく東京のマンションにテレビがないことと東京では大阪の地上波深夜番組が見られないことにあると思います。それもけっこうな比重で。毎晩寝る前にテレビに向かって突っ込めるかどうかというのは生粋の大阪人にとっては韓国人のとってのキムチやコアラにとってのユーカリの葉や豚汁にとってのピーマンくらい必須なのです(最後のは違うか)。
 それでもまあ、ええおとななのでのらりくらりとやり過ごしております。会社の近くの本屋でアーヴィングのピギー・スニードを救う話が文庫化されているのをたまたま見つけました。光文社の古典新訳文庫も気になっていて、カラマーゾフの兄弟なんかはもう一度読み直したいと思ってるんですがどうなんでしょうね。村上春樹が訳すとか訳さないとか言ってたような気がするけど。村上春樹といえばノルウェイの森をぬるめのお湯をはった浴槽に浸かりながら読んだりしています。でもあんまり真剣に読んでません。
 そんな風にしてボクは生きています。ピース。

最近、最近、今週末 最近、最近、今週末

 最近昼夜を問わずに仕事をしているのでこうして夜中に家で macbook に向かっていると気分転換にブログを書くことが出来て、それはまあ良いことだなあと屈折した思いを抱いてしまったりしています。

 最近 Nintendo DSゼルダの伝説をネット対戦するのが楽しいのですが、ふとテトリスマリオカートのネット対戦を久しぶりにしてみようと思って繋ごうとしたら繋がらない。ゼルダもレイトン教授もちゃんと繋がっているのでゲームによって繋がったり繋がらなかったりするのが解せないのですが、ネットでちょっと調べてみたら同じような記事に出くわしました。
 Nintendo DS を AirMac Extreme の TSN で使う方法 (Wonderful Miyashita’s House)
 ルーターも同じで(AirMac Extreme)セキュリティ設定も同じ(Transitional Security Network)なのですが、このエントリーでは無事つながったと書いてあります。ボクの場合はコメント欄のこのコメントと同じ症状のようです。ゼルダは繋がるけどマリオカートは繋がらない。ゲームによって繋がったり繋がらなかったりするんでしょうかね。ファイナルファンタジー3も繋がりました。ルーターのセキュリティをパスワードなしにしたらどのゲームでも繋がるのできっと AirMac Extreme の Transitional Security Network との相性に問題があるのでしょう。

 今週末、大阪から妻が上京する予定だったのですがボクの仕事の都合で中止となりました。来週末もボクの仕事の都合でダメなので妻との東京巡りは再来週に延期。まあ再来週は3連休なので良いかなと思って。その次の3連休はくるり野外ライブで京都に行くので楽しみです。大阪にも帰ることが出来るし。

Index of all entries

Home > Archives > August 2007 Archive

Popularity
  • feedburner
  • このブログのはてなブックマーク数
  • blog scouter
  • あわせて読みたい
  • Firefox meter
Last.fm
  • Last.fm
Ads
Blog People
  • add greenplastic.net by BlogPeople
Ads

Return to page top