京都音楽博覧会を見てきて。

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 かれこれ何週間前のことを書こうとしているのだろうか。記憶は何を気にすることもなく砂漠の焼けた砂に染み込み消えてゆく水のようにか、脳裏に浮かんでもすぐにどこかへいってしまう。そもそも記憶というのはそういうものなのかもしれない、とどこかで読んで納得したのかそれとも自分で思いついたのか。記憶がもし幾分の崩壊もなくその存在を留め続けたとしたら人生はもっと辛いものになっていたかも知れない、とボクは思う。人はきっといろんなことを忘れていくから次に新しいことをはじめられるのだ。と同時に記憶に執拗にしがみつこうともする。ボクがこうして時間を遡ってブログを書こうとするように。どうしても忘れたくないことが誰にでもあるように。

 先々先週の週末(9月23日の日曜日)。この週末の帰阪の目的のうちのひとつが京都音楽博覧会だったのです。
 なぜか当日の朝にならないとタイムテーブルが発表されないという、そしてそれがおそらく許されてしまうというなんとも緩やかな雰囲気の漂うミュージックフェスティバルにボクたち夫婦がたどり着いたのは結局午後3時を少し過ぎていました。そもそもその日の朝に公式サイトではじめてタイムスケジュールを目にし3時過ぎからの出演の Cocco に間に合えばいいやという思っていたのです。妻も特に反旗を翻さなかったので昼過ぎに最寄り駅の駅前でハンバーガーを食べて、それから京都に向かいました。駅から会場までの地図は公式サイトから画像を携帯電話に送っていたのですが、京都駅からその地図の通りにいったつもりがまったくの逆方向だったのにはショックでした。自慢じゃないですがボクは道を間違うことはあっても道に迷うことはありません。1本通り過ぎてしまったり1本手前で曲がってしまったりしたことはあっても、その先で合流する本通りに戻ることは出来たし結果的には道を間違えたと言うほどのことではなくなったものでした。
 しかしともかくボクは道を間違え、タクシーに乗って駅を挟んだ反対側の会場に着いた頃には午後3時あたりでした。京都に着く直前から雨がぱらぱらと降ったり止んだりを繰り返していて、入場チケットとリストバンドを交換して会場に入ると一面にシートを敷いて座り込んだ人たちが雨合羽を着たりしていました。すぐにはじまるだろう Cocco のライブに備えて真ん中は無理なので両端の通路をだいたい真ん中くらいまで前に行って待っていたのですが疲れてきて座ることも出来なかったので思いきって会場後方の小川のせせらぎなんかが聞こえる一角に移動しました。それでステージは見えなかったわけですが音はばっちり聞こえていたのでよしとしました。Cocco のステージが終わる前にフードコートに移動してたこ焼きとタイ風焼きそばと担々麺を食べていたら雨が降ってきたのでちょうど座っていたテーブルにパラソルがあったので雨宿りとなったのですが雨足は衰えるどころかその勢いを増すばかりでボクは半身が上から下までびしょ濡れになっていたし、まわりを見回しても同じようにしてテーブルについたパラソルに見知らぬ人同士肩を寄せ合って雨をしのいでいるか、あるいは屋台かゴミ捨て場のテントの中に入っているかしている。雨が降り出したのはちょうど小田和正がステージに上がってくるりのばらの花を演奏しだしたときだった(歌詞が『雨降りの朝で〜』とはじまる)。
 いつまでたっても雨は止まないし、会場の入り口で売ってたような気がした雨合羽も売り切れていたのでくるりの演奏を聴かずに帰るという選択肢も少し考えたりしたのだけど、小さなテーブルの小さなパラソルの下からゴミ捨て場の大きなテントにとりあえず移動したら雨にも濡れなくなって、そのうちに雨足は弱まっていきました。くるりの演奏がはじまる頃には雨は止んでいた。それで会場内に移動してくるりの演奏を楽しむことが出来ました。ボクは昔からのくるりのファンというわけではなく、むしろベストアルバムワルツを踊れ(最新アルバム)しか聴いたことがありません。ライブでは最新アルバムの曲もアルバムとは異なったアレンジで楽しむことが出来ました。楽曲にバリエーションがあるなあと思った。

 くるりの演奏がはじまる前にゴミ捨て場のテントで雨宿りをしているときに妻の携帯電話に韓国人の友達から電話があった。どうも家族でちょうど京都に来ているという。くるりの演奏が終わって会場を出ると子供と一緒に待っていてくれたので旦那さんが運転する車に乗って京都駅近くで食事することになりました。
 東京に出てくる前は週末によく会って出かけたものだったけど久しぶりに会うと子供は少しよそよそしい感じでした。お好み焼きを食べて大阪まで車で帰る途中、妻の家を見たいと言うことで家まで行くことに。その頃には子供からもよそよそしさが消えていて、家ではまた前のように遊ぶことが出来ました。
 彼と会うのは3ヶ月ぶりくらいだったけどとても喋るようになっていた。もちろん韓国語なのでボクにはよくわからないのだけど、それでもお母さんやお父さんやボクの妻と会話出来ていた。子供の成長というのはとても興味深いなと思ったし、自分たちが子供を育てる立場になったときにはその難しさや苦労と引き替えに得ることの出来るだろう喜びなんかも想像したりするのでした。

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