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April 2008 Archive
Now, it's WordPress.

- 2008-04-01 (Tue) 13:17
- AprilFool, MovableType, WordPress
2002年の6月8日にボクは彼女と出会った。彼女はそのときボクが求めてたものをボクに与えることが出来る唯一の存在だった。その出会いはほとんど啓示的でさえあった。のちに彼女との出会いを人に話して聞かせる際にもボクは得意げに出会いの偶然性を強調したものだった。偶然性を強調すればするほどボクたちの出会いにはより神々しいヴェールがまとわれるような気がしたからだ。
彼女はボクを新しい世界に導いた。ボクは新しい世界で自分の居場所を見つけることが出来た。新しい空気を胸に吸い込み、新しい人々との新しいコミュニケーションを楽しむことが出来た。それはすばらしい体験だった。少なくとも彼女と出会う前には想像だにしなかった世界に自分が今いるのだと思うとなんだか所在なげになることもあった。しかし新しい世界の時間はあまりにも早く流れていったので自分の所在なさを気にしている暇なんてなかった。やがてボクは自分が自分の足で歩いているのか、あるいは何かに押されているのか次第にわからなくなっていった。
そんな風にして6年が過ぎた。振り返ればあっという間だったかもしれない。それでもたくさんの思い出がこの6年には凝縮されている。良い思い出もあれば悪い思い出もある。でも別れを目前にすると過去の悪い思い出も何かあたたかい光に包まれているように見えるから不思議なものだ。別れは急に思いついたものではけしてありません。自分なりにじっくりと、秋の夜の椎茸のようにひとりで根気よく考え抜いた結果なのです。
6年というけして短くない時を共有した君とお別れするのは悲しいけれど、君とのたくさんの思い出を胸に抱いて今日からボクはまた別の新しい世界に飛び込む決意をしたのだから、どうか君には応援していてほしい。
ありがとう。
Now, it's MTOS.
- 2008-04-02 (Wed) 00:41
- MovableType
のどの痛みに苦しんで
先日書いた花粉症という地獄というエントリーにあるように、市販の鼻炎カプセルを1日2回朝と夜に飲み一日中ほとんどマスクを付けて生活しているのですが、のどの痛みはいっこうに解消される様子がありません。薬がその他の症状を抑えてくれる分だけ余計にのどの痛みが目立って感じられる皮肉を冷笑する余裕もなく週末を過ごし、月曜の朝に起きたときののどの痛みには自分でも驚くしかありませんでした。しばらくするとのどの痛みだけではなく熱っぽさや頭痛、全身に散らばった筋肉痛と関節痛に気付いたので会社に行くのを諦めて病院に行きました。病院で熱を測ったら少し発熱していて、風邪薬と花粉症の薬を処方されました。
それからは市販のではなく病院で処方された薬を飲んでいるのですが、のどの痛みがいっこうに取れません。のど飴も薬用じゃないものから薬用のものまでいくつか試してみましたが、目を見張るような効果をあげたものは今のところありません。咳が出て痰がからみ常に痛みがあってつばを飲み込むとさらに強い痛みを感じるので声を出すのも億劫でそもそも辛いのです。
2日間寝込んで今日は久しぶりに会社に行きました。ちょこちょこ仕事してさっさと帰ってきたけど夜ごはんを食べたら睡魔に襲われたので眠ったら変な夢を見ました。昨日一昨日と寝込んでいたときも長くて入り組んだ奇妙な夢を見たような気がする。どの夢も過去に何かをやり残しているというテーマに沿っていて、夢の中では何とかしないといけないと慌てているのだけど目が覚めるとこの現実世界ではきちんとやり遂げているので安心するというパターン。そして次の瞬間には眠る前よりも激しいのどの痛みに襲われるということを繰り返しています。空気が乾燥しているのかもしれないと思って濡らしたタオルを部屋にぶら下げたりしているのですが、あまり効果はないみたいです。
今週末は大阪に帰るのですが、花粉の飛散量が少ない故郷でのどの痛みが消えてくれることを願うばかりです。週末までに治る気がしません。
来年は事前に花粉症対策するべし
風邪と花粉症で2日間寝込んだので日曜日を最後にまったく運動をしていなかったのですが、ようやく自分の体がなんとか快復に向かいつつあるという実感を持つことが出来たので、のどはまだ痛いし咳も止まらないけど少なくとも熱も全身の筋肉痛もなくなったしまだ残っているのどの痛みだって上下に振れながらも全体としては下降線を描いているので、久しぶりに軽く筋トレをしました。明日の夜に新幹線で大阪に帰って週末を過ごすのですが、いちおう念のため、ジョギング道具一式は持って行くことにします。どうやら日曜日の天候が怪しいようですが、花粉は東京よりは少ないということなので久しぶりに走ることが出来たらなあと思っています。
2週間前に大阪で走って以来、東京に戻ってきてからは一度も走れていません。走り始めてこんなに長いブランクは初めてのことなので次に走るときにはたして同じように走ることが出来るのかという不安がないことはないですが、とにかく思う存分走りに走って体をむこうがわに持って行きたいという思いが強いです。この週末に走ることが出来れば良いのですが。
いまもなお散々苦しめられている花粉症ですが、今年の花粉の飛散量が非常に多いということもあると思うのですが、事前に何の予防もしなかったためにここまで苦しむ羽目になったのだと思うようにしています。十数年前にはじめて花粉症を発症して以来、その年の花粉の飛散量によって症状の強弱はあれど毎年のように苦しんできました。反省すべきは一度も事前に花粉症対策のために何事かをしたことがなく、毎年症状が出てから薬を飲んだりマスクをしたりと事後的な対応しかしてこなかったことです。少なくとも何度かは(今年ほどではないにせよ)とても苦しんだこともあっただろうからその翌年くらいは前年の記憶に促されるようにして事前対策を講じても良かったのかもしれません。しかし残念ながらそういうことは一度も起こりませんでした。だからこそ、来年こそはと思っているわけです。こうして今年自分が花粉症にどれだけ苦しめられたのかということをしつこく書くことによって、来年のボクはきっとはじめて事前に花粉症対策に乗り出してくれることでしょう。我がごとながらそう願ってやみません。
耳鼻咽喉科医の姿を借りた神
毎日朝起きるのが恐い。朝起きたときにどのような痛みが待ちかまえているのだろうかと想像するだけで夜眠るのも億劫になるというものだ。ここのところボクを悩まし続けているのどの痛みは強くなったり弱くなったりを繰り返しながら、全体としては収束する方向へと向かっているはずだった。少なくとも昨日の夜まではボクにそのような実感があった。
ところが、である。『ところが』という接続詞をこのときのために取っておいたと言わんばかりにボクはそれを絶叫する。ところが、である。今朝起きてみたらのどの痛みは前日までとは幾分異なる様相を呈していた。痛みを感じる部位が異なることにまず気づき、しばらくしてからこれまで感じたことの無かった痛みというよりは違和感、異物感というようなものをより深い場所に感じたのだった。具体的にはこれまで感じていたのどの痛みは左側だけに感じるようになり、右側のより深い部分には何かがそこにあるような感触、食べ物を飲み込んだときにあきらかに引っかかる感触があった。そして何もしていないときでも右側の奥深くにはのどの筋が攣るような感覚があった。あくびをしようとするとのどの筋が引きつるように痛むのだ。
これはもう素人の手に負えるものではないと思った。いくらネットで調べたってこの異物感を取り除く方法は医者の手を借りない限りは手に入らないと思ったので、会社の近くにある耳鼻咽喉科に行くことにした。それはそれでネットで見つけたのだけど、たった一件の口コミではあれとても優秀な医者の先生のようだったのでその耳鼻咽喉科に決めた。午前中の診察時間には間に合わなかったので午後の診察時間に行くことにした。念のため電話をしたらネットに載っていたのとは診察時間が異なっていたので、また実際の診察時間は3時からだけど2時半から受付はしていると言われたので2時半に会社を出て着いたらすでに待合室には15人くらいの患者が待っていたから驚いた。たしかに耳鼻咽喉科がにぎわうシーズンではあるのだろうけど、このシーズンに耳鼻咽喉科に行ったことがこれまでなかったのでボクはまるで実態を知らなかったのだ。
診察時間までに受付を済ませておけばわりとすんなり見てもらえるだろうと踏んでいたボクはあまりにも現実を知らないオプティミストだった。そのようの者であるところのボクはおとなしく問診票に記入をし、おとなしく待合室の椅子に座って大江健三郎の小説を読むのでした。そこで発見したのは診察室に呼ばれていく人の数と新たにこの耳鼻咽喉科を訪れる患者の数がほぼ同じであるということでした。結果として待合室はメンバーこそ入れ変われど常に同じ人数の患者によって満たされるわけです。そんな法則を発見して悦に入っているうちに『君』付けで名前を呼ばれたので診察室へと向かいました。耳鼻咽喉科に足を運ぶのなんて何年ぶりのことでしょうか。おそらく小学生の頃以来かと思われます。椅子に座ってダンディーな耳鼻咽喉科医にここに至ることの顛末を一通り説明し、前の病院での処方箋を見せ(『のどの薬が出てませんね』と言われた)、のどの奥を見た医師はだいぶ腫れているといい、前の病院での薬を飲んで眠くならないかと聞かれてので眠くはならないと答えました。実際病院で処方された薬を飲んで眠くはなりませんでした。前の病院では風邪薬と花粉症の薬を処方されたのですが、のどの次に医師は鼻の穴を除きなにやら霧状のものをいろいろと吹きかけて調べた後でその花粉症の薬は効いていると幾分驚いた様子で結論づけていました。のどの薬とうがい薬を出すので、花粉症の薬と一緒に飲んでかまいませんと言われ診察は終わり、奥の部屋で何やら薬品名がカタカナで書かれた装置から伸びるホースの先にゴム製のマスクを付け、鼻と口に軽く当ててランプが消えるまで口で呼吸してくださいと言われたのでその通りにしました。処方箋を受け取って薬局で薬を受け取ったわけですが(ちなみにはじめてジェネリック医薬品を選ぶかどうかと聞かれた。うがい薬はすでにジェネリックのものだということだったけど、抗生物質は医師の意志でジェネリックでないものを選んではいるがボクの意志でジェネリックのものを選べるとのことだった。1日3回1週間分で100円しかかわらないということだったのでジェネリックは選ばないことにした)、診察の質から何からしてあきらかに前に行った病院とは内容がことなるものでした。はじめからこの病院に来ておけばここまで症状を悪化させることはなかったのかもしれないと思ってもすでにどうすることも出来ないわけですが。
病院を出て遅めの昼食兼早めの夕食兼薬を飲むためにラーメン屋でラーメンを食べて薬を飲みました。会社に戻って数時間すると徐々にのどの痛みのとんがった感じが薄れていくように感じてきました。この2週間、いろんなのど飴や蜂蜜やら大根やらいろいろとのどに良いと聞けば試してみたけれど、たった3種類の錠剤でこんなに効果があるなんて医学ってすごいと思いました。昔の人だったらこのままのどが腫れて窒息死に至っていたかもしれませんしね。医学とそれを行使する医者というのは本当にすごいなと思います。
週末を大阪で妻と過ごす。
この週末は大阪で妻と過ごしました。しばらくはまた隔週で週末を大阪で過ごす生活になると思います。
いつものように金曜日の夜に大阪に帰ってその日はさっさと眠り、土曜日は朝から夕方まで予定されていたやるべきことをやりました。途中で昼ごはんにロッテリアで絶品チーズバーガーを食べてみた。トマトとか野菜が入っていないので食べているときはボリューム感というかいろんな味が一体となって口の中に飛び込んでくるハンバーガー独特の感じがなくて不満に思ったのだけど、食べ終えて店を出てしばらくするとパンもチーズも肉もシンプルだけど美味しくてそれぞれが絶妙のバランスで全体の味を形成していたなあと思い直すのでした。次行ったら同じもの食べるかどうかはわからないけど。
午後はとある勉強会のようなものに参加して、医師の貴重な話を聞くことが出来ました。実際の現場で働かれている医師の友達も知り合いもいないので、直接話を聞くことが出来る機会はそうそうありません。知らなかったこともたくさんあったし、知っていて当たり前だと思うようなことでも世の中には知らない人もたくさんいて不幸なことが起こっているということも知ることが出来ました。
そのように夕方までみっちり詰まったスケジュールをこなし、いつも走っていたジョギングコース(遊歩道)まで妻とぶらぶら散歩しました。ボクにとっては今年の初めにしばらく大阪にいたときに毎日のように走っていた場所ですが、妻にとっては駅を越えたそっち方面はまったく知らない場所だったのです。駅からジョギングコースまでの歩いて10分くらいの距離の間にたこ焼き屋が3軒あったのにはさすが大阪だと思いました。
ボクにとってはそのジョギングコースが『はじまりの地』なのです。そのコースがなければもしかしたらボクはジョギングを続けることが出来なかったかもしれません。1月や2月の朝に手袋をはめずに30分や1時間走ると手の感覚が失われていって思うように指が動かせなかったことを思い出しました。そして4月の夕方の暖かさには脆さも含まれていて、ボクたちは桜を見上げながらゆっくりと歩き、ベンチに腰を下ろしてさっきコンビニエンスストアで買ったそれぞれの飲み物を飲みました。1羽の白い鳩がこちらの様子をうかがうように一定の距離を置いてうろうろしているのを妻が見つけ、ボクたちは乾いてパサパサしたような切れ端は何も持っていなかったので鳩に気に入られることはありませんでした。白い鳩に続いてやがて普通の色をした鳩が来て、その後でのどにたっぷりとした脂肪を付けた態度のでかい鳩が来て2羽目の鳩を威嚇していました。ジョギングをしている人もちらほらといて、そのうちひとりの初老の男性が雲梯で懸垂をするのに触発されてボクもやってみたのですがうまく出来ませんでした。ボクたちがベンチを離れて雲梯の方へと移動した隙にベンチは数人の中年男女にすっかりと占領されてしまいました。ボクはそれを、電線にとまった鳩が餌を見つけるやいなや大群で1箇所に集まってくる様に例え、妻から期待したとおりの突っ込みを引き出すことに成功しました。
帰り道にスーパーで買い物をし、家についてから3月25日の妻の誕生日に何も作ってあげられなかったのでレアチーズケーキを作ることにしました。ただどうしても本が見つからず、これまで何度かその本を見ながらレアチーズケーキを作ってきたのですが、仕方なくクリームチーズのパッケージに書いてある分量で作りました。結局、次の日にその本が見つかって、レアチーズケーキ自体はその日の朝に食べて物足りなさを感じていたのだけど、足りないのはヨーグルトでした。夜ごはんを軽く済ませ、久しぶりに夜遅くまで妻となんやかんやと話をすることが出来ました。
日曜日は昼から妻と買い物に出かけました。車で数十分のところにあるショッピングモールに行って軽く食事をしてからいろいろ買い物。ちょうど食器用洗剤が切れていたのでそれを買ったり、無印でバッグや飲み物を買ったり、ユニクロで妻が春コートを買ったりしました。とても大きなショッピングモールでボクははじめて行ったのですが(妻は2回目)、少なくともボクが求めるようなものは何でも揃うでしょう。妻も気に入っている場所で、ボクも気に入りました。
家に帰って夜ごはんにあじの開きを焼き、ぶりの照り焼き、小松菜とトマトのサラダを作り、豆腐にポン酢をかけただけの冷や奴とイカナゴの釘煮と雑穀入りのごはんを食べました。9時の新幹線で東京に戻ってきたのですが、道中はしっかりと大江健三郎の空の怪物アグイー所収の短編『不満足』を読みました。
そういえば週末は花粉症の薬を飲まなかった。マスクはのどを乾燥させないために付けていたけど、花粉症の症状は出ませんでした。寝る前になると咳がひどくなるのは先週からずっと続いています。週末もかなり咳き込んだし、東京に戻ってきてもまだ続いてます。しかし全体的に見ればのどの痛みは徐々に下降線を辿っています。妻が薬局で薦めてくれたのど飴がなかなか良い感じ。南天のど飴はたぶん昔からあるのど飴でよく祖父母の家で見たことがあったけど自分で買ったのははじめてでした。
CSS Naked Day 08
今年は 4/9 が CSS Naked Day です。ジョギングと筋トレでだいぶ脂肪の落ちた体はお見せできませんが、ブログは今年も脱ぎます。
無頓着な人間
先週の金曜日に港区の耳鼻咽喉科で処方された薬を律儀に1日3回毎食後に飲み続けたボクののどは(のどそのものが自らの意志で飲み続けたと言っても過言ではない)、その後、徐々にではあるけれど快復の方向へと進んでいます。
大阪で過ごした土曜日曜はまだのどの痛みと寝る前に続く咳に悩まされ、東京に戻ってきてからは一時的にのどの痛みも強くなり咳も日中に出るようになりましたが、週の半ばあたりからまずのどの痛みが数年前の夏の思い出みたいにふとした瞬間にその不在に気がつくくらいのものになり、咳は相変わらず日中も寝る前にも出ていますがその執拗さは優柔不断なストーカーのそれのように減退しています。先週頭に2日間寝込んでからのことですからここまで快復するのにだいぶと時間がかかりましたが、途中からはのどの痛みと咳以外はとくに問題なかったのです。
だからマスクをして咳き込みつつ沈鬱な視線を眼鏡の奥から覗かせている人間に人は質問を投げかけるのだけど、またのどにトラブルを抱えていておまけにマスクもしているし出来るだけ喋りたくないのでボクも『いやあ』とか『まあ』とか否定とも肯定もとれない返事しかしないので余計にそういった印象を増長させてしまうのかもしれないのだけど、あるいはただ単に元からが無愛想だということも多分にありますがそれはそれとして、のどにトラブルを抱えている人間に根掘り葉掘り問いかけるのははっきり言って暴力と言うものです。そうすることで相手にどうすることを強いているのかをわかっているんだろうかと考えたりしました。骨折して歩くときに松葉杖が必要な人に『ちょっとあれ取ってください』と相手を歩かせるようなことをさせたりはしないのに(しないよね?)、マスクをして咳き込んでいる人間には質問者の都合で質問が出来る。その違いはどこからくるのだろう?
けしてそれだけではないのですが、目に余る無頓着さや稚拙さに辟易する毎日を過ごしています。電車に乗っていても開いたドアの真ん前で微動だにしない人がいたりするとはり倒したくなる。でも社会性をばっちり兼ね備えたボクははり倒すなんてことはけしてしません。してもせいぜい気付かなかったふりをして体当たりするくらいです。
でもまあ仕方ないのかもしれないなと思うところもあります。当然ボクの考えや感受性が真なわけではなくて単にボクがボクの考えや感受性を持っているボクであるだけであって、他人にそのようなことを強制するつもりもこともできないわけです。もちろん最低限これは正しいという社会的なコンセンサス、常識と呼んでいるようなものはあるとは思うのですが、でもボクがいちいちそれを啓蒙してまわりたくなんかありません。そんなものは(それに従うかどうかという思想も含めて)持ち合わせた上でボクの前に立ち現れてきて欲しいのです。振り返ればボクはそのような考えや感受性をある程度共有できる人たちとしか仲良く出来ませんでした。突っ込んだ話をしたり悩みを相談したりというように信頼のおける人というのは数少ない友人たちなのです。
ボクは赤線で×印を書いたマスクを付けて生きるべきかもしれません。
東京の街を散歩しました
- 2008-04-13 (Sun) 03:11
- Art, Radiohead, StanleyDonwood, Tokyo, Walk
最近は隔週で大阪の妻の元に帰っているのですが今週末は『帰らない週』です。この前の『帰らない週』は花粉症と風邪にやられて家でおとなしくしていたと記憶していますが、あれから2週間経ってだいぶ調子も良くなってきました。会社の近くの耳鼻咽喉科で処方された薬を毎日律儀に飲み続けたおかげで体はだいぶ快復するにいたり、薬がなくなったので病院に行こうと思っていたのが金曜日はあまりにも仕事に夢中になってしまって(冗談のように聞こえるかもしれないけど本当なのです)気がついたら6時を過ぎてしまってました。土曜日は午前中だけ診察しているということだったので、でもそれだけのために会社の近くまで出てくるのもなんだかもったいないから、それじゃあ前から行きたかったStanley Donwoodの個展にも行くことにしたのです。
そういう心づもりで金曜日の夜に眠りに落ちたわけですが、内容は思い出せないけどもう一度その中に戻っていきたいような夢を見てしまったがために、土曜日の朝9時くらいに一度は目が覚めたものの、次に目覚まし時計を見たときには時計の針はすでに午後を指し示していました。そういうわけで港区の耳鼻咽喉科に薬を貰いに行くのを諦め、あらためて東京画廊で開催されてる Stanley Donwood の個展の情報を調べてみたら今日か再来週の土曜日にしか行くことが出来ないことがわかり、再来週の土曜日は個展の最終日なので、念のために今日行っておいた方が良いと思ったので今日行くことにしました。
週末に都心に出かけるのはもうかなり久しぶりのことです。そもそも会社以外の場所に行くことすら久しぶりです。週末に東京にいて買い物に出かけるとしても都心には行かないですから。地下鉄で新橋に出て、新橋は何度か来たことがあったのでそのときの記憶と東京画廊のサイトにあった地図を頼りにしてたどり着きました。個展はとてもあっさりしていて、20数点くらいの作品を無料で見ることが出来ました。ボクにとって Stanley Donwood はまずは Radiohead のアートワークを手がけているという存在ですが、Radiohead の音楽からボクが感じることと似たようなことを彼のアートワークからも感じています。現代人の閉塞感であったり、悪の存在であったり。余裕があれば絵を購入して部屋に飾りたかったのですがそんな余裕はないのでパンフレットを少し多めにいただいてきました。
それからせっかく都心に出てきてそのままトンボ返りするのももったいないなと思ったので、新橋から有楽町まで歩いて無印に行くことにしました。なんとなくこっちかなという方向に歩いていたら途中で自分では北に向かって歩いているつもりが実際は西に向かって歩いていることに気がつきました。今来た道を戻っても良かったのだけど、とくにどうしても有楽町に行かないという理由もなかったので東京の道を好き勝手に歩いてもかまわないんだという思いもあって、でもただじゃあ本当に好き勝手に交差点に出くわすたびにあっちこっちに曲がるのかというとそうすることにもあまり魅力を感じず、それじゃあやはり目的地は有楽町にして今来た道は戻らずに行こうと思って再び歩き出したら日比谷公園の横を通ることになりました。煉瓦造りの建物が見えたので写真に撮って帰ったら日比谷公会堂だった。
東京に引っ越してきて9ヶ月ほどになりますがほとんどどこにも出かけていません。東京の街のことをほとんど何も知らない。休みの日に人の多い繁華街に行く気はおきないけど、ただ歩くのは好きなので、今日のように知らない道を歩くのは楽しいかもしれないと思いました。
3週間ぶりのジョギング
今日は久しぶりに多摩川沿いを走りました。3週間前に大阪で走ったきりで、その後、花粉症の症状に苦しめられることになり走ることが出来ませんでした。習慣的に走るようになった今年の初めから、3週間も走らなかったのは初めてのことでした。なのでいろいろと不安もあったしもちろん日常的な習慣となっていたことを外的要因で絶たれることにストレスを感じてもいました。その中でも一番心配だったのは体重を維持できるかということでした。1ヶ月100キロペースで走っていた分の消費カロリーをどこか別のところで消費しないといけないと思っていたのですが、実際は筋トレを少し増やしてあとは出来るだけエレベータやエスカレータを使わずに階段を昇るようにしたくらいです。食事は走っていたときに食べていたのと同じくらいの量は食べていたし(以前と比べると少ないけど今ではそれで満足出来ている)、それで体重は現状維持を少し下回るくらいで推移していました。
ここのところずっとのどの痛みに苦しめられていたのですが昨日くらいからようやく咳も止まり始めて(寝る前になると相変わらずゴホゴホいってますが)、今日は曇り空だったけど雨はなんとか地上に降り注ぐ誘惑に立ち向かっていたし、花粉の飛散量も少なかったようなので思い切って走りに行ったのです。3週間ぶりのことだったのでいろいろと忘れていることがあって、走る前にプロテインを飲むのを忘れそうになったし、実際には準備運動をするのをすっかり忘れてしまいました。いつもはそういうことを暗闇の中で目を瞑っていても手を伸ばすだけでつかめるかのように家を出る前に済ませていたのですがね。いつものペースで走り始めたのですが今日は40分強でばててしまいました。帰りは汗をかいた体が冷えてとても寒かった。今日は気温が低かったのか肌寒いくらいでしたが、走った後に汗ごと冷やされたときは本当に寒かったです。家に帰ってきてお風呂に入ってしばらく手がかじかむのをほぐしてからじゃないと足のマッサージが出来ませんでした。
これで花粉も落ち着くんでしょうか。いつも見ている Yahoo! の花粉情報を見る限りでは上下しながらも下降傾向にあるみたいですが、雨の日は飛散量が少ないと思うので単に天気の悪い日が続くだけということかもしれません。いずれにせよ雨が降っても花粉が多くても走ることが出来なくなるわけですが。
大江健三郎を読んでいます
1

- 2008-04-17 (Thu) 02:57
- Book, Literature, Novel, 大江健三郎
最近は大江健三郎の小説を好んで読んでいます。個人的な体験をまず最初に読み、それから空の怪物アグイー、万延元年のフットボールを読んで今は洪水はわが魂に及びを昨日から読み始めたところです。これらの小説をボクはたいへん面白く読みました。
幸いにも、というべきかどうか、ボクは大江健三郎の小説に限らず彼の著作物をほとんど読んだことがありませんでした。10代の最後くらいに彼がノーベル文学書を受賞したときに死者の奢り・飼育の文庫本を買って短編をいくつか読んだことがあるくらいです。13年前のそのころにどういうわけかボクは万延元年のフットボールの文庫本を買うのですがその小説を読むことはありませんでした。文章が難しかったという印象を持った記憶があるのですが、今読んでみるとけしてそんなことはないのです。おそらく真剣に取り組もうとしていなかったのでしょう。自分を甘やかすことに自覚的でありながらもそれを許すようなところが当時のボクにはあったように思われます。
いずれにせよ、今回いくつか読んだ大江健三郎の小説の中では万延元年のフットボールが飛び抜けて面白かったことを記さずにはおけません。中盤からのラスト200ページくらいは途中で読むことがやめられずに朝まで一気に読んでしまいました。すらすら読めるというとまるで3行ごとに段落が変わるような白地の目立つベストセラー小説みたいに思われるかもしれませんが、当たり前だけどそんなことはない。でもやはりボクにはすらすら読むことが出来たのです。物語の世界にかっちり入り込み、ボクは身動き出来ずに文章が体を貫いていくのをただ感じていただけといった方が(すらすら読める、というよりも)実際に近いかもしれません。13年前のボクには難解だと感じられたその文体が今のボクにはとても心地よく読むことが出来るのだから不思議なものです。まあたしかに13年も経てばいろんなことが変わってはいるけれど。
万延元年のフットボールをぜひ読んでみてください。本当に面白いしすごい作品だと思います。どう面白くてどうすごいかというのは読まないとわからないので、ぜひ読んでください。ボクはしばらくは大江健三郎の小説を読み続けることになると思います。というのも、万延元年のフットボールを読み終えたあとで洪水はわが魂に及びがアマゾンから届くのに1日だけブランクがあったのでそもそも個人的な体験と一緒に買った伊坂幸太郎のアヒルと鴨のコインロッカーを読もうとしてみたのですがあまりにも文章の密度が違いすぎて読むことが出来ませんでした。今のボクが求めているのとはたぶん大きく異なるんでしょう。時が経てばきっと面白く読めるんじゃないかなと思います。伊坂幸太郎の小説は読んだことがありませんが、信頼できる友人が面白かったと言っていたのでたぶん間違いないです。
ある忠告の話
ボクがまだ若く、いまより自分に甘かったころ、ある人がボクに忠告を与えてくれたことがある。そのことについてボクはことあるごとに考えをめぐらせてきた、ということはないのだけど、あの忠告がボクに与えた影響はボクも含めて誰もが思っている以上に大きいのではないかと思う。
自らの行動を正当化するために理由を与え、あたかもその理由を動機としてそのような行動をとっているというフリをするという自己欺瞞。苦しみを味わう前に簡単に諦める際に自らに与える『自分には向いていない』という言葉の裏に見え隠れする自意識過剰さ。彼はそれらが如何に滑稽であるか、それらを兼ね備えた人間が如何にアホであるかを語り、そのような人間になるなと忠告を与えてくれたのだった。もしかすると本人は覚えていないかもしれない。その頃のボクたちは顔を合わせるたびに酒を飲み終わりのない話をしていた。でもあの頃の経験は今でもボクの行動指針の基礎となっていることは間違いない。
そういうわけなのでボクは自分のことを理解できていない人のことを稚拙だと考えてしまうところがあります。
電車の開いたドアの前に立つ人々
- 2008-04-27 (Sun) 04:29
- Thoughts
最近は苛立つことが多い。理由もなく苛立つというわけではないのだけど(理由がないのなら苛立ち程度では済まないし)、すべてのケースについてその原因を特定しこちらから働きかけが出来るかというとそういうわけにもいかない。そういう場合は苦し紛れに苛立ちの痕跡をその場に残すことくらいしか出来ないけど、開いた電車のドアの前に立ったままで降りる人の邪魔になってるアホなヤツに舌打ちしたって何の意味もないのはよくわかっている。
反対にこちらから働きかけが出来る場合はどうかというと、働きかけるだけのことはあると思った場合にはとことん働きかけることにしている。自分が属している組織・集団との関係によく見られるわけだけど、一方的に何かが決められたり、何かを強いられたりする場合に納得がいかないことがあり、同時に納得のいく説明がなされない場合にはこちらから働きかけるようにしている。
『向こうの事情はきっとこうで、こういうつもりで言ってるのだろうから、こちらもそれにはまあ応じないとね』なんていう物わかりの良いフリを装った奴隷根性はボクにはない。そもそも納得がいかないことを(盲目的にであれ、結果的にであれ)黙って受け入れるような訓練は受けてない。まずは向こうの事情を聞かないと始まらないし、向こうには向こうの主張がありこちらにはこちらの主張があるわけだから、お互いの主張をお互いが把握した時点を出発点として議論していくのがあるべき姿であろうと思っている。納得いく・いかないは別にして、お互いが何をどう考えているかということを把握するのは大切で、それこそ組織と一個人が同じ思いなんて抱けるはずがないのだから、互いが相手に対して緊張感・不信感を持つと同時に互いを理解しようと努力することが必要なんだと思う。
それはたぶん人間関係においてもあてはまる。適当な結論に飛びつくようなことはけしてしないようにしているし、だからこそそういうことをされたり第三者についてそういうことをしている人を見るとすぐ、その人が電車の開いたドアの前で出て行く人の邪魔になっていることに気がつかないのか、気がついていてもどうすれば自分が人にかけている迷惑の分量を少しでも減らすことが出来るだろうかと考えないヤツに生まれ変わるのを目の当たりにする。
自分が他者からどう思われているだろうかと想像する力に圧倒的に欠けている人が多いと、実際に自分が体験したり、妻や友人から話を聞いたりして、ここのところ実感している。想像力の圧倒的欠乏。自己主張ばかりが強かったり、反対に何でもはいはい受け入れて主張が出来ない(あってもなくても、具体的に行動に移せない)人が多いような気がする。ああ、そんな人とは仲良くなれないや。あと5年もすれば電車のドアの前がそういった人たちにすっかり埋め尽くされてしまって、ボクたちは電車から降りることが出来なくなるんじゃないかと本気で考えている。あるいはもうすでに、ドアの前に立ってる人を押しのけることも舌打ちして威嚇することもできず、泣く泣く終点まで電車を降りられない人がいるのかもしれない。用もないのに途中の駅すべてでドアの前に立ってる人を押しのけて電車を降りるような強者がいたらそれはそれで奇異の目で見ることになるかもしれないけど。
『トランスフォーマー』を見ました
トランスフォーマーを見ました。
CGものというイメージしかなかった映画ですが、見終えた後もやっぱりCGくらいしか印象に残らなかった作品。そのCGについても、ロボット同士の戦いは基本的にアップの絵が多いので画面がごちゃごちゃしている印象が強い。冒頭の中東のアメリカ軍基地での戦闘シーンで巨大ロボットが超音波的な兵器を駆使するところの映像は気持ちよかったけど、その他は特にこれといって優劣あるものでもなかった。
特に気に入らなかったのはそのストーリーで、地球外からやってきた善のロボットと悪のロボットの戦いをシリアスに描くつもりがあるのかと問いたくなる場面がちょくちょく出てくることがあった。パッとしない男の子ととてもパッとするゴージャスな女の子が困難を共にして絆を深める結果になるというお決まりのストーリーには何の魅力もないけど拒否するほどのものでもないし、それが人とロボットの間にも繰り広げられるのも別にかまわないのだけど、この事件に対しどの程度の貢献を果たしたのか結局のところわかりにくい登場人物や、国防長官がそれまで知らなかった政府の秘密機関や軍に加えて一般人を巻き込んで『人類・善のロボット vs. 悪のロボット』最終決戦に物語が展開するあたりはスピード感がありすぎて物語の展開が早すぎる。序盤まで事態の原因を特定できなかったアメリカ政府と対立する他国との間に生じた緊張感がどうなったんだろうかとか、とりあえずアメリカが標的になっていることとか(ロボットたちが探しているものがアメリカにあったからだろうけど)、主人公の家の庭が荒らされるなんて宇宙規模から考えればどうでもいいことじゃないかとか、見ていていちいち気になることが多かった。
それでも乗り物から巨大ロボットへとスムースに変形するシーンは見ていて気持ちが良い。最終決戦がロボットにしてみれば狭い都市の道路で行われるので映像がゴミゴミしていた。もっと広く見渡せる場所で冒頭に出てきた超音波的な武器を使うところが見たかった。
ちなみに、トランスフォーマーと言えばボクにとっては子供の頃に意地になってクリアした記憶のあるこのゲームの方です。
YouTube - NES トランスフォーマー コンボイの謎 - 速攻クリア
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『主人公は僕だった』を見ました
- 2008-04-27 (Sun) 17:49
- Literature, Movie, Novel
主人公は僕だった(原題 STRANGER THAN FICTION)を見ました。
現実の世界に存在する男がある日突然女性の声で自分の生活が物語られるのを耳にする。女性作家が書く小説の主人公が現実の世界に生きているというその設定だけを見聞きして知っていて、興味を惹かれつつもこれまで見る機会の無かった映画。それでまあ設定は魅力的だと思っていたけど最後をどのようにまとめ上げるのだろうというところで特に大きな期待を抱かずに見始めたのですが、これがとても面白かった。
ボクが文学に興味があることもこの映画への興味をかき立てる要因のひとつではあると思うけど、見終えてとても心地の良い映画だった。書く側の作家も書かれる側の主人公もこの小説をきっかけにしてこれまでの自分の人生の行き詰まりを乗り越えることが出来たように思える。乗り越えた先の新しい世界がこれまでのものと比べて良いか悪いかはわからない。特に作家はこれまで自分の作風としていたものを変えたわけだからそれがどのような評価に繋がるかはわからない。実際に草稿と完成稿の両方を読んだ大学教授のリアクションは芳しいものではなかったように思える。それでも作家自身は明らかに以前よりは心地よさそうに見える。主人公の人生に行った修正はまるで作家自身の人生に行った修正のようにも見える。
堅物で変人だった主人公が語り手の声に悩まされるという設定は実に奇妙で滑稽で、見ていて楽しかった。彼はきっと良い人なんだけど、作家がそのように設定したのか、それともそもそも彼自身がそういう人間だったのか。あるいは、作家が書いた物語が始まる以前は主人公は何処で何をしていたのか、とか考えはじめるとなかなか楽しい。3人称の語り手というモチーフを取り入れながら、それをカメラのレンズを通して見るという視点の二重性を感じながら心地よく(不器用な主人公に少しハラハラしながら)見終えることが出来ました。
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