出生届とはじめての抱っこ

 子供の誕生にあたり、mixitwitter での発言に対しメッセージをいただいたり、第一子誕生というタイトルで書いたブログのエントリーに感想をいただいたりもしました。リアルの知り合いからネット上での知り合いからすれ違ったことしかなかった人まで、様々な方々からいろいろなメッセージをいただき大変ありがたく思っております。
 生後すぐに新生児集中治療室に入れられ小児科に入院となった子供は2日経った今日の午後に小児科を退院し妻が入院している病室に移りました。この病院では母子同室ということでお母さんと赤ちゃんが入院中に同じ部屋で過ごすことが出来るのです。どれくらい一般的なことなのかよく分からないけど、たぶん誰だって生まれたばかりの子供とは一緒にいたいと思うだろうから良い仕組みだなと思っています。それで夜に妻の元を訪れ、自分の子供をはじめて抱くことが出来ました。子供は柔らかくて不安定で抱くのが怖いくらいに脆そうに思えます。それでも抱きたいという欲求が恐れに打ち勝ち、自分の腕の中で小さな生き物がすやすや眠っているのを見ていると時間がどっかに行ってしまえばいいのにという気持ちになりました。このまま永遠にこの子を自分の腕の中で守り続けることが出来ればなあと思いました。ボクの腕の中でこの子が年々歳を取っていき、やがて声変わりした低音の声で『お父さん』とボクのことを呼ぶなんて空想をしたりしました。
 それはそうと、当たり前だけど病院の中にいると空調が整っているので表の気温とか天気模様なんかはまったくわからないかも知れません。特に今日の大阪はとても暑くて、昼に出生届の提出と出産育児一時金の出生証明欄に記入してもらいに区役所まで行ってきたのですが暑いのなんの。暑い中をお前の出生届を出しに行ったと本人に言える日が来るのが今から待ち遠しいですが、出生届を提出したということは名前が決まったということです。生まれる前から妻と名前についてはいろいろ考えていて、生まれる前に候補はひとつに決まっていたし妻のお腹に向かってその名前で呼んだりしていたのだけど、それでもどこか名前で呼ぶことを躊躇してしまう瞬間がふと訪れたりするような気分・錯覚にとらわれたりしていました。出生届を提出したのでこの先彼はその名前で生きていくことを余儀なくされたわけですが、日常レベルではどのような名前で呼ぼうが勝手なので(といってもあまりにかけ離れたものだと本人が混乱するかもしれないので)名前をもじったニックネームみたいなのも交えてたくさんの呼び方をしているのですが、これって子供が自分の名前が何というのかを認識する邪魔をしてることになるのでしょうか。
 子供が生まれるということで購入した Xacti で撮った写真を Mac のデスクトップ画像にしたり携帯電話の待ち受け画像にしたりしています。あまりにもベタな行動だと思うけど、ベタにはベタであることの理由があって、やっぱり写真を見るたびに顔がにやけてしまいますね。

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