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September 2008 Archive
夏休み DAY 4(8/16 大雨、息子と2人きりの時間)DAY 5(妻子とのしばしの別れ)
9月に入って暑さを取り戻しているかのような東京にいて、もう2週間以上も前のはるか富山での出来事を未だに書いている自分は何なんだと思わないでもない。何なのかはわからないけど何故なのかはわかる。たんに書くことをサボっていたからに過ぎない。
この日(8/16)は午後から子供を連れて買い物に出かけようということになった。翌日(8/17)の3時過ぎに金沢を出る電車で東京に戻らないと行けなかったので実質最終日(しかも金沢から越後湯沢までは指定席が取れなかったので心配性のボクは最低でも1時間前には金沢に着いていたかった)。外は大雨でテレビでは大雨注意報が出ていた。それでも出かける計画は進んでいたのだけど、出かける準備をしているところに来客が。妻の親戚が訪ねてこられたので子供を連れて初めての対面。母親と娘さん姉妹の3人での来訪だったけど、娘さんはだいたい妻(とかボク)と同じ世代だったので妻のいとこになるのかなと思っていたら、あとで聞いたらなんとお母さんのいとこにあたるということだった。妻のおじいちゃんは兄弟が多くて、妻のお母さんのいとこにあたると思っていた、(お客さんの)お母さんの方はなんと妻のお母さんのおばさんにあたるのか。そのことがなかなか驚きだったことと、姉妹のお姉さんの方が結婚が決まったそうで旦那さんの出身の東北の方へ嫁がれるという話をしていたときに妻のおばあちゃんがそのことについてけっこういろいろ訊くのにも驚いた。相手の方がどういう仕事をしているのかとか。ここいらでは普通のことなのかなあ。
ところで、この休みの間に何回か妻の親戚が訪ねてこられたけど、もちろんそのたびに子供を披露するのですが、そういうときに限って息子はおとなしくしているのです。それだから『おとなしいね』とか言われるのですが、いったん泣き始めたときの音量とキーの高さと言ったらこの上ないことを親は知っているわけで、やはりボクに似てはじめて会う人の前ではおとなしいんだなと思ったりしました。
大雨の中をお客さんが帰られたあと、ボクたちも同じ大雨の中を買い物に出かけました。お母さんの車にチャイルドシートを付け替え(すっかりチャイルドシートのセッティングにも慣れた)、金沢のサティへ。サティへ着くと、妻とお母さんが1階で買い物をするというので、ボクは息子をベビーカーに乗せて3階の子供用品の売り場へ行きました。もしかしたら次の日に東京へ戻ってしまうボクを気遣って子供と2人きりにしてくれたのかもしれません。エレベーターで3階にあがって、ベビーカーを押しながらぶらぶらと売り場をまわりました。基本的にボクは子供と2人きりの時は(他に誰かいるときよりも)子供に対して話しかけます。子供が生まれるまでは目にもとまらなかった赤ちゃん用の休憩室(おむつを替えたり授乳したり出来る)でおむつを替え、のどが渇いたのでベンチに座って飲み物を飲んでいたら妻とお母さんがやってきました。ぶらぶらしていたときに見つけた、ベビーカーに荷物を掛けられるようにするフックを妻に見てもらったりして買い物をして、帰る前にもう一度おむつを替えてから家に戻りました。妻のおばさん(お母さんの妹)家族が来てくれて一緒にご飯を食べました。テレビでオリンピックを見ながらビールを飲んで(そういえばオリンピックをこんなに見たことはなかったような気がする。4年前はどうしてたんだっけ?)、子供とお風呂に入りました。
最終日(8/17)はずっと子供の横にいてたっぷりスキンシップをはかってから、昼過ぎに(ボクが)泣く泣く息子と別れて妻に金沢まで送ってもらいました。自由席に乗るしかない特急の発車時刻1時間前に着いたので座ることが出来ました。
そのような今年の夏休みでした。
『あなたとは違うんです』と言うこの国の長

辞任を表明した総理大臣が記者会見で、
「総理の会見は人ごとのように感じるという国民が多かった」という記者の質問に対し、福田首相が「人ごとのようにとあなたはおっしゃったが、私は自分自身は客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」と答えた
ねとらぼ:福田首相「あなたとは違うんです」がネットで流行中 - ITmedia News
らしい。
その『あなたとは違うんです』という言葉がもてはやされているようですが、ボクにはそれが記者一人にではなく国民全体に向けられたものに思えてならない。つまり、この総理大臣は自分がその職を辞するに当たって『私はあなたたち国民とは違うんです』と言ったのだ、と。
まあそれがどの程度実際から離れている(近づいている)にせよ、一国の総理大臣が一般の庶民とどのくらい違わないでおられるのだろうかと思ったりもした。ほとんど違っていて当然じゃないかと思ったりしたほどでもある。
とにかく1年ごとに総理大臣が職務放棄するような国は終わってるだろう。ボクだって転職先の心配がなければ1年ごとに辞職したいさ。
朝まで送別会
先週の金曜日は退職する同僚を囲んでの送別会でした。彼は仕事中はとても礼儀正しく、飲むと礼儀も記憶も失うとても気持ちのいいヤツです。逆の人には是非見習ってもらいたい。仕事面でも彼が担っていた役割は小さくはなかったと思うので珍しく彼の退職を残念に思うのですが、まあでも若い人が新しい環境に飛び出していくのは応援せねばなりません。
そういうつもりがあったのかなかったのか、会社の近くの店で8時に始まった送別会は翌朝5時になぜか蒲田で解散となりました。最後はカラオケ屋さんでお茶ばかり飲んでいたので酔いはとっくに覚めていたのですが、蒲田から歩いて家まで帰る途中で小雨が降ってきて、ちょうど子供にミルクを飲ませるのに起きていた妻に子供の写真を送ってもらって布団の中でそれを見ながら眠りに落ちました。
途中で何度か起きたものの、きちんと起きたのはあと少しで日曜日になろうかという時刻でした。こんなに寝たのは久しぶりで、でもまあ先月末から12連勤だったので久しぶりの休みだったし、と思うことにしていたら日曜日もほとんど寝て過ごしてしまいました。夕方くらいに激しい雷雨に見舞われてジョギングに出ることが出来ず、あまりにも寝過ぎたからか夜はなかなか寝付けず、睡眠不足の月曜日です。
先月は仕事が忙しくて何度か休日出勤をしたので、その振替休日をこの週末の連休とつなげて取ることにしました。木曜日から火曜日まで6連休を妻の実家の富山に帰って妻子と過ごします。お盆休み以来なので1ヶ月ぶりくらいに子供に会うのがとても楽しみ。最近は機嫌がよいときに呼びかけたら笑うようになったというので1分でもはやく息子の笑顔が見たくて仕方がありません。
燃えあがる緑の木 3部作を読みました 1
- 2008-09-10 (Wed) 00:52
- Book, Life, Literature
ここのところ一生懸命に大江健三郎を読んでいたのですが、一番最近は燃えあがる緑の木 3部作を読みました。
もうすっかり大江健三郎の文体に対して身構えることもなくなったような気がします。3部作ということでいざ読み始めようという時には『これからたっぷり読めるんだ』という喜びからくる興奮があったように思います。と同時に『長丁場になるぞ』という不安もあったことでしょう。不安が潜んでいるからこそ喜びが興奮という姿を借りて現れてきたのではないかと思うからですが。
小説を読むということはひとつの体験で、おそらくそれはけして他人とは共有され得ないものだと思っています。それがたとえ『あらすじ』みたいな小説であっても、それを読む体験はそれぞれの人に固有のはずです。なので燃えあがる緑の木という小説がボクにとってはどのような体験であったかということを書くことになるわけですが、第1部では人々の愚かさに冷笑を、第2部でもその感覚は幾分ひきずっていましたが詩や宗教の話題が多くなるにつれて本当のところではこれらのことを自分は理解していないと思いながら読み進めていました。第2部から第3部にかけて、なぜ人々はギー兄さんを救い主とした教会に集まるのだろう、なぜギー兄さんを信じるのだろうと思いながら読み続けました。ボクには最後まで自分が教会に参加するだろうという動機は見つかりませんでした。ただ、ギー兄さんが最後に言われた言葉に勇気づけられた気がします。
それはこのような言葉でした。
本当に魂のことをしようとねがう者は、水の流れに加わるよりも、一滴の水が地面にしみとおるように、それぞれ自分ひとりの場所で、「救い主」と繋がるよう祈るべきなのだ。
燃えあがる緑の木〈第3部〉大いなる日に (新潮文庫) P370
そのようにして『救い主』はその輪郭を明らかにしてくるのだと続けられていますが、『それぞれ自分ひとりの場所で』『祈るべきなのだ』というギー兄さんの言葉に、ボクはこの3部作を読んできてほとんどはじめて驚きと興奮を感じました。やはりボクはギー兄さんを信じて人が集まってきた教会には違和感を感じていたのかもしれません。自分なら絶対にそこへは行かないだろうという……
ギー兄さんがどのような思いでそのようなことを口にしたのかはわからない。ボクにとっては『救い主』も神も存在しないも同然で、でもそれぞれがそれぞれの場所で存在しない何かに向かって『集中』するべきなのだ、でもそうするのには個の強さがいる、と思い返したのでした。
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妻と子供と6連休
先月の仕事が忙しかった時の休日出勤のストックを使ってカレンダー上は3連休だったこの週末を6連休にして、妻子のいる富山の妻の実家に帰っていました。
お盆休み以来、1ヶ月ぶりに会った子供はひとまわり大きくなっていました。抱き方も先月は横に抱いていたのが今回はほとんど縦抱っこしてました。そしてとてもうれしかったのは、機嫌が良いときに話しかけると笑い返してくれたことです。最近は笑うようになったよ、と妻から聞いていたので楽しみで仕方がありませんでした。実際に子供がボクの顔を見て笑ってくれると、それがまだボクの顔を覚えたからというわけではないにしても、やはり喜びがあふれてきます。話しかけると言葉にならない音で話し返してくれます。ボクが『あー』と口を開けて話しかけると『あー』とホントにかわいらしい声で真似して返してくれます。毎朝のこの子供との触れ合いの新しい段階は(誰に似たのかうちの子は朝早くが一番機嫌が良いようです……)この上なくすばらしい体験でした。ある夜に寝起きの子供をお風呂に入れたときに終始泣かれたことのショックも掻き消すほどの……
水曜の夜に東京を出て上越新幹線で越後湯沢まで、越後湯沢からほくほく線で金沢まで行きました。お盆の時と同じ電車だったのでもう慣れたものです。今回は東京駅の上越新幹線の改札の近くでビールが飲める店を見つけたのが収穫でした。今後が楽しみです。
木曜日は昼から金沢へ買い物へ。妻が久しぶりに服を買うのを(マタニティーではない服を買うのを)ベビーカーに乗った息子と2人で待ち、ベビールームでおむつを替えてミルクを飲ませてから(金沢駅前のフォーラスにはベビールームがあります。子供のおむつを替えたり授乳させたり出来るスペースがある施設を選んで利用したいと思います)ハンバーガーを食べて、いくら以上使ったら駐車場が何時間無料になるというのの調整のためにモチクリームを買って帰りました。
金曜日は昼から髪を切りに妻が子供の頃から通っているという美容室に行きました(妻のお母さんも通っているみたいです)。夕方からリサイクルショップとユニクロに行って、そのあとでスーパー銭湯で妻のお母さんとおばあちゃんと合流してから子供を見てもらって先にボクたち夫婦が岩盤浴に入りました。3種類の岩盤浴と(普通のと、ハーブのと、岩塩のと)クールダウンする雪の部屋(定期的に天井から雪が降ってくる)を堪能出来ました。マッサージを受けようと思ったけど待ち時間が長すぎたのでパス。妻のお母さんとおばあちゃんと交代して、ボクたちは先に家に帰りました。お母さんとおばあちゃんは夜遅くになってやっと帰ってきました。スーパー銭湯をだいぶ満喫したようです。
土曜日は今年の春くらいに結婚した妻のいとこの家に朝から行ってきました。ここいらでは一戸建ての家を買って住むのが普通みたいで、お邪魔した家も広くて素敵な家でした。前日に裾直しをお願いしていたパンツをユニクロで受け取ってから(妻とボクとで5本も買った)昼ごはんにモスバーガーで地域限定メニューを食べて(東京と違って富山はマッシュルームバーガー)、スーパーで買い物をして家に帰りました。夕方にベビーカーを押して近所を散歩。草むしりをしていた妻のお母さんも合流して家の周りをぐるりとまわりました。
日曜日は予定なし。夕方から近所を散歩して、近くの薬局(といっても車で行く距離だけど)で虫除けを購入。あの豚の形をしたリキッドタイプの虫除けがアースなのかフマキラーなのかわからなくて薬局で買うのを控えたのだけど(家に帰ってから見たらフマキラーだった。薬局にはアースのしか売ってなかった)ネットで調べてみるとどうやらオフィシャルではないけれど互換性があるそうな。
月曜日は敬老の日ということで金沢のぶどうの木でランチ。以前に金沢駅前のフォーラスに入っている店には行ったことがあったのだけど、この日行ったのは本店。ホントに一面ぶどう畑で驚きました。料理は以前行った店と同じでメイン料理+バイキング。ぶどうビール(ビール+ぶどうジュース)というのを飲むことが出来てご満悦。魚介エキスが出た濃厚なトマトソースのパスタもおいしかった。そのあとで金沢の東京インテリアに行って家具なんかを見て(妻のいとこのお薦め)アピタタウンに行きました。かき氷みたいな、でも氷じゃなくてアイスを削ったような不思議な食感のデザートを食べて、無印とアカチャンホンポとユニクロを見て帰りました。夜に子供をお風呂に入れて(この日は機嫌が良かったので泣かずにいてくれた)妻と妻のお母さんとテレビではじめてのおつかいを見ました。何故見たかというと、富山県南砺市の女の子が出るのを番組の宣伝で見たからだったのです(妻の実家が富山県南砺市)。これまでほとんど興味のわかなかった番組ですが、ああ自分の子供にもいつかはじめておつかいするときが来るのかなあと思うと見る目が変わってきたようです。そんなことをいうと街中でよその子を見ても見る目は以前とは変わっているのですが。
最終日の火曜日、子供と遊んだり沐浴させたりして(絵本を読んであげたりした)、夕方に子供をおばあちゃんに見てもらって妻と金沢に向かいました。小松空港から飛行機で東京に戻ってきました。初めての羽田空港でしたが、東京のマンションが羽田から比較的近いこともあって確かに楽といえば楽ではありました。しかし飛行機については思うところがたくさんあるので、それは別途エントリーしようかと思っています。
今回はお盆休みよりも長い休暇を取ることができ、妻と子供とたっぷり時間を共有することが出来たのでとても幸せな日々でした。1ヶ月ぶりに会った子供は確実に成長していて、また1ヶ月後にはどうなっているのだろうと今から楽しみでもあります。来月は近くの神社にお宮参りに行きます。写真館(子供のコスプレ写真館)にも行くのですが、『そんなん寒いやろ』と思いつつ、実は誰よりもどの衣装が一番似合うかということを考えてしまうんじゃないかと今から思っています。
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5年ぶりの飛行機
今回の6連休の行きは東京から電車を利用したのですが、帰りは小松から羽田に飛行機で帰ることに1ヶ月前に決めたのでした。正確には28日に前に決めたのですが、国内線ドットコムというサイトでチケットを購入するときに28日前だと割引が効くのです。そのときも(サイトでチケットを購入するときも)決済のページに行ってはページを閉じてしまうということを何度も繰り返していました。というのも、ボクは飛行機に乗るのが怖くて仕方がないのです。それなら何を迷っているんだ、電車を利用すればいいじゃないかと言われそうなものですが、たしかにその通りなのです。お盆休みの帰りは金沢から越後湯沢までの指定席が取れなかったので金沢へ早めに行くことになったのですが指定席が取れればそんな必要もないし、そうすると実際のところは妻の実家を出る(=子供と別れる)時間はほとんどかわりません。もちろん違うのは東京に着く時間なのですが、どういうつもりで飛行機のチケットを購入したのか1ヶ月前の自分に問いただしたい気持ちでいっぱいでした。
そんなボクを見て妻はお好み焼き屋でビールを飲むのに付き合ってくれたのですが、全然酔えません。金沢から小松空港へ向かうシャトルバスに乗ってひとりになると話し相手がいなくなって恐怖心が少し減るような気も。国内線に乗るのは初めてだったのですが、国内で唯一利用したことのある関西国際空港に比べると小松空港は地元の総合病院みたいな感じでした。予約していたチケットを受け取って荷物のチェックを通って搭乗口でテレビを見ている間も緊張は解けず、実際に飛行機の座席に着いても緊張は解けないものの諦めの気分は醸成されつつありました。ここまで来たら怖がろうが何しようが現実はボクの思いとは関係なく展開していくのだ(ホントは最初からそうなのだけど)。
妻からもいろいろとアドバイスをもらっていたのだけど、ボクはもうこうなったら窓から(窓際の席だったのです)ずっと外を見ていてやろうと思ったのでした。それでいざ離陸して飛行機とその中にいる自分の体がふわっと宙に浮くような感覚を感じながらも窓の外を見続けていたのですが、何も見えません。しばらく上昇してから窓から後方を見てみたら地上の灯りが見えました。機内ではスクリーンに映し出されたNHKのニュースをヘッドフォンで音声を聞きながら見て、アイスコーヒーをもらって飲んでいたら機体が下降し始め、窓の外を見ながらどういう航路を飛んでいるのだろうと思っているうちに羽田空港に着陸していました。
飛行機に乗ること自体が5年ぶりくらいで緊張していたということもあったのですが、実際に乗り込む前の方が恐怖心は強かったです。いざ乗ってしまうとどこか諦めてしまうのでしょうか。時間を考えれば電車を利用するよりも圧倒的に飛行機の方が早いのですが(羽田空港から家の最寄り駅が近いということもあって)、前々日くらいから飛行機に乗ることばかり考えてしまうことも考慮すればどっちが短時間なのかはよくわからなくなってきます。
それはそうと、小松から羽田まではどういった航路を飛ぶのでしょう。次回利用候補に挙がっている富山空港だとまた航路が違ってくるみたいですね。
だいちゃんの夢
- 2008-09-18 (Thu) 11:08
- Dream
ネットで有名なIT関係の人がなぜかうちに泊まりに来ていて隣の部屋で宴会を開いている。ボクは自分の部屋で机に向かっているうちにいつの間にか眠っていて、次に目が覚めたときには隣の部屋で彼らは眠っていた。台所に行くと火の付いたガスコンロに鍋がかかったままになっていたり、食べかけの食材がそこかしこに置かれている。それをつまみ食いなんかしていると小学校の時の友達が台所に入ってきたので話し始める。いつの間にかそこは子供の頃に住んでいた家の台所になっていて、『今東京で仕事をしているんだけどだいちゃん(というのが彼のニックネームだった)はどうしてるの?』とボクが聞くと『ずっとここ(地元)に住んでいる』とだいちゃんは答えた。
夜に DVD で大いなる陰謀を見て(時間返せ)、腹筋とスクワットをしてから布団に入ってカラマーゾフの兄弟を読んでから1時までには眠ったと思う。8時間くらいは眠れたので連休前の不眠が治っていれば良いのだけど。
だいちゃんとは小学校1年か2年の時に近所のスーパーでプラモデルを万引きしたことがあります。店の大人の男の人に見つかって追いかけられたので必死に走って逃げたのですが、結局逃げ切ることが出来たのを後々思い出しては子供がよく逃げ切れたなあと不思議に思ったものでした。万引きをしたのは後にも先にもあのときだけです。なんともう25年以上も前の話なのですね。すいませんでした。
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風邪と子供の頃の記憶
最近の東京は気温も下がって日中でも半袖だと寒いくらいなのですが、引き続き半袖短パンという格好で寝ていたからか風邪をひいてしまったようです。木曜日の朝からなんだか鼻がぐずぐずいうなあと思っていたら夜にはすっかり体がだるくなってきていて、長袖長ズボンという格好で早々に眠ることにしたのですが、汗をかいて夜中に何度かシャツを着替えていました。金曜日はどうしてもはずせない仕事があったので朝は普通に出勤して、仕事を済ませてから早退して帰ってきました。skype で妻と子供の姿を見てから眠りました。夜まで寝て、それからまた昼まで寝ました。体は少し楽になったものの寒気がどうにも抜けなかったのでずっと家にいて、夕方くらいからまた夜まで眠りました。夜中に少し起きていただけでまた昼まで眠ったのでこの週末はほとんど眠っていたことになります。今日の昼過ぎに起き出してようやく快復したという感じです。
このような状態のときに真夜中にひとりで目が覚めたりすると、聞こえてくるのはいつものように窓の外を車が走る音くらいなのにもかかわらず、いつもと同じ場所にいるのにいつもと違う空間にいるような印象を抱くことがある。肉体的な疲労と浅い眠りがもたらす複雑に入り組んだ夢の名残からか、もう二度と思い返すことはないだろうと思っていた人や場所や出来事について意識を巡らせたりなんかしている。多くが子供の頃の出来事で、金曜か土曜の深夜にボクは子供の頃に通っていたそろばん塾のことを思い返していた。そのそろばん塾をどのようにして辞めたのかということについて思い出そうとしていたのだけど思い出せなかった。実際にはボクはそろばん塾に小学校2年生くらいから通い始め、学習塾に通い始めた5年生になる際に辞めていたと記憶している。しかし4年生の最後のそろばん塾の授業がどのようなものだったのか思い出すことは出来ない。
他にも小学生の頃の夏休みに家族で淡路島に海水浴に行ったときのことなどを思い出したりしていました。
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