嘘と承認欲求

 嘘をつくということについて考える機会があった。また、少し前に承認欲求について考える機会があって、自分のことを他人に認めてもらうために嘘をつく人っているよなあと思ったりしていた。僕はまあ嘘をついてまで他人に認めてもらいたいとは思わないと思う。そもそも他人に認めてもらいたいと思わないとまでは言い切れないけれど、でもたとえば出来ないことを出来るように装ったりとか、知らないことを知っているかのように語ったりとか、そういうところは(少しは相手によって変わってくるかもしれないけど)昔からずっと変わらなくて、分からないことの分からなさについて考えるのが楽しかったりする(『どうして分からないんだろう?』)。

 僕ももういい歳でいろんな人を見てきたけど、知らないことを知らないと言えない人というのは確実に存在しているし、そのようにして自分のことを他人に認めてもらおうとしているうちに、自分自身でも本当に知っているのか知らないのか分からなくなってくるんじゃないかと思うようになった。そういうのって良くあるし(知ったつもりになってる)、そのことに自分で気がつけないのなら他人に指摘してもらうしかないのだろうけど、中には他人のそのような指摘を受け入れることが出来ない人もいる。自分のことを非難されていると思い込んで攻撃的な態度に出たりする。

 僕はわりと若い頃に自分と他人とをすっかり分け隔てて考えていたので、どうせ他人に僕のことなんて分かるわけがない、逆も同様だと思っていたから、誰かに認めてもらいたいとかそんなことは今よりももっと思いもしなかった。その名残があるのか、たまに他人から自分に対する賛辞を聞かされるとどう反応して良いか分からなくなる。

 ということで、一生懸命何かに取り組んだ結果、他人に認められるというのは立派なことだと思うのだけど、嘘をついてまで(本当とは違う風に自分を装ってまで)他人に認められたいと思うのはちょっとどうかなと思う。あるいは、他人に認められなくならないように(簡単に言うと馬鹿にされないように)そうしているのかもしれない。まあ一時的に現実の自分から何歩か先に行かせてしまった自分にあとで必死に追いつこうとする努力とか取り組みがきちんと為されるのなら許容範囲だとは思うのだけど(でもそういう現場を目にするとこれまたどう反応して良いかわからなくなるのです)。

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