阿部和重のピストルズを読了しました。とてもおもしろかった。
彼の小説はひとくせもふたくせもあって、そのくせのありかたが大変にボク好みでもあるのですが、この小説も実にそのような作品でした。他の作品への言及、自作品の援用、本気とも冗談ともつかないくらいに気合いの入った語り。そんなことあるもんかいなと最初は思ってしまうようなことでも、延々と数百ページも読んでいれば世界の中にしっかりと居場所を見付けられるものです。そのためには信憑性のある語りが必要で、実に延々とそれを見事に行った挙げ句の果てに、なんとも取って付けたようなひっくり返しによる裏切りがあり、自分が長い時間をかけて読んできたものはいったい何だったんだろうと放り出されてしまう、もしくは再度確認するためにまた一から読み直さなくてはならないという衝動に駆られてしまうような有様です。
きっとそれも作者にとっては織り込み済みのことなのでしょう。結果を提示、もしくはほのめかせておいて、しかし原因を最後の最後まで語らない、そこへ至る何百ページもの間、読者を飽きさせることなくむしろ結末へと急がせる語りは見事だったと思います。
しかしまあ、良くもこんな小説を書いたものだなあと思いますね。菖蒲あおばの語りがぶれないのは見事でした。
ピストルズの次は、年末に向けてノルウェイの森を再読し始めました。
タグ「Book」が付けられているもの
読んだ本や見た映画(DVD)の感想などを簡単に記録しておくのにこれまでクロスレビューを愛用していたのですが、この度いろいろ検討した結果、ブクログに乗り換えることにしました。どうやらブクログが最近流行っているみたいなのと
おしなべてブクログの方が機能的には優れていると思うのですが、ここはクロスレビューの方が良いという思う部分もあります。クロスレビューの方が良いと思える機能は評価を10段階で付けられるということです。ブクログの場合は5段階で、これだとあまり評価に幅を持たせられないというのが実際に使ってみた感想です。まあでも許容範囲ではあるのですが。
ブクログの方が良いと思える機能はたくさんあります。まず読書状況で本を分類できること。読み終わったとか今読んでいるとか読みたいとかで分類出来るので、読んだ本の感想を記すだけでなく、気になった本や読みたい本を忘れないように登録しておくことも出来ます。カテゴリとかタグを付けられるのもブログ的ですし、非公開メモも残しておくことが出来ます。いつの間にか作品の引用文を残せる機能も増えていました。
何か特別に考えたことなんかはブログに書くことにして、とりあえずの感想はブクログに残す、というのと、あとは読みたい本の登録に使うことになるのかなあと思っています。
家から歩いて5分もかからないところに区立の図書館があってよく利用している。どちらかといえば長編小説を借りて読むことが多く読み終えるにはそれなりにまとまった時間がかかるから、頻繁に利用しているというような、毎日とは言わずとも週に2・3回は足繁く通っているようなことはなく、大抵は週末に借りに行くか返しに行くかするくらいで、それも毎週末というわけではありません。ただ、区の図書館のサイトで借りたい本を検索して予約することが出来るので、図書館に足を運んで本を探すというようなことはほとんどしていません。唯一、入り口近くにある新着コーナーに陣取っては何かピンと来るものがないか物色したりするくらいです。そしてこれが意外とあるものなのです。元々気になる作家の新刊本に出会ったり、サイトではけして検索しないような本が面白そうで借りてみたり
そういうわけですっかり本を買わなくなりました。去年一年間で買った本と言えば、たぶん1Q84くらいなんじゃないかと思います。これはさすがに図書館で借りるとなるといつになるやら分からなかったので買って読みました。人気作家の新刊は特に区の図書館が所蔵している冊数と予約している人の数とのバランスが取れていないのですが、それはまあ仕方ないと思います。もちろん区民それぞれが読みたいと思う本がいつでも読むことが出来るという状況が実現出来れば言うことはないのですが、それは図書館が電子書籍を取り扱うことが出来るようになるまで解消されない問題だと思うので、現状では仕方ないと思います。ボクにとっては自分が読みたいと思う作家の作品が意外と借りられていないことが多いという印象です。ポール・オースターの幻影の書もすんなり借りることが出来たし、ボクの守備範囲であるところのアメリカ文学の主たる所をざっと検索してみたところでも特に予約が殺到しているということはないようです。
この先、引っ越すことになったときには図書館が近くにあるということが大きな条件になりそうです。
村上春樹の1Q84を読み終えました。BOOK 1、BOOK 2それぞれ500ページくらいの全2巻です。合わせて1000ページ。
読み始めて最初に感じたのが、いつもと文体が違うということでした。これまでの作品で人称を使い分けたりしていろいろ試していたみたいだけど、村上春樹の3人称で語られる小説ではほとんどはじめて違和感を感じなかったのではないかな。スピードが出過ぎないように我慢しながら一定の速度をしっかりと保っているような文章だと思いました。ただBOOK 2の後半あたりからは(物語に関係してくるので細かくは書けませんが)物語世界の不安定さ、不確定さ、何者かが物語世界そのものに影響を及ぼしているような印象を文体で表現しているのかなと思ったりするところもありました。
まあおおむねおもしろく読むことは出来たのですが、読み終えた感想を一言で言うと『物足りない』。『カラマーゾフの兄弟のような小説を書きたい』とか『今度の小説はホラー』だとか漏れ聞くところがあったのですが、少なくともカラマーゾフのような小説では(もちろん)ないと思います。BOOK 2の終わり方から見る限り、少なくともBOOK 3は書くことになるのではないかと思うのですが、『スピードが出過ぎないように我慢しながら一定の速度をしっかりと保っているような文章』で書かれる必要があることでしょう。ある種の効果を狙った、思わせぶりな繰り返し、フレーズのインサート、などの多用は望みません。
それと、これだけ『親子』という関係性を取り上げたのも初めてなのではないでしょうか。
10年以上前のある冬に夏目漱石の小説をまとめて読んだことがあった。大学に入るためにとにかく英語を一生懸命に勉強していた頃で、とにかく英語の文章をひたすら読んでいた反動からかどうか、漱石の作品を読み漁った記憶がある。それがまたたいそう面白かった。そのときは特に門がたいそう気に入った。結局は何も起こらない様がその頃のボクの気概にあったのだろうか。しかしそれぎり読み返すことは特になかった。
ところで最近は読書できるのは通勤電車の中と会社の昼休みと、それからなんと言ってもお風呂の中です。いつもだいたい30分は半身浴をして汗をかくので、その間することがないので本を読んでいます。むしろ本を読まないと退屈なので30分もお湯に浸かっていられないかもしれません。それであるときに本棚から久しぶりに漱石の門を抜いたのでした(10年以上前に買ったまさにその文庫本なので古くかび臭い紙の臭いがした)。久々に読んでみるとよく覚えているところとそうでもないところとがあったのですが、以前にこの小説を気に入ったときと同じような気に入り方はもう出来なかったようでした。かといって面白くないこともなく未だに面白い小説ではあったのです。門を読み終えて、次は行人を、そして今はこころを読んでいます。特に行人は前半の舞台が大阪なので余分に楽しむことが出来ました。和歌山で嫂とふたりっきりになるところがもう物語のピークだと思っていたら、その後もまだまだずっと話は続いたので記憶の当てのならなさにあらためて思い至るような有様でした。
ところで漱石のこころという小説は中学校か高校かの国語の教科書によく載っているそうですね。ボクはたまたまそのような教科書には出会いませんでしたけど、いったいどのあたりが抜粋されてるんでしょう。遺書の部分なのでしょうか。
しかし『中 両親と私』のラストは見事だと思います。死にゆく自分の父親を残し、もしかしたらもうすでに死んでいるかもしれない先生からの手紙を携えて東京への電車に飛び乗り(死者からの)手紙を読み始めるところでスパッと終わり、『下 先生と遺書』が延々と続く。この切り替わりはなかなか効果的だと思います(父親がその後どうなったのかとか、そのせいで語られずに終わることも出てくるのですが)。
ところでボクがはじめて漱石の小説に触れたのはたしか小学校の高学年、11歳くらいの頃だったと思います。その頃怪我をして入院したことがあったのですが、ベットの上で一日を過ごすのが退屈で仕方なく、親に頼んで漱石の文庫本を揃えてもらったのでした。せっかく揃えてもらったものの、結局は吾輩は猫であると坊っちゃんくらいしか読みませんでしたが。
せっかく図書館の近所に引っ越してきたのだから活用しない法はないということで最近は楽しく読書しております。だいたいが小説しか読まないのですが、知人がブログで取り上げていた戸籍って何だ―差別をつくりだすものという本を読みました。これがとても興味深い本だったので、2月に妻と子供が東京に出てきた暁には彼女にも奨めてみようと思う。まず圧倒的に知らなかった情報がそこにはあったし、これまでの自分の具体的な行動の杜撰さを突きつけられる思いだった。これまでの自分の無知と無自覚さを反省しながら、守るべきものを守るための対決姿勢は固持していきたい。
写真付き身分証明書が求められることがまれにあるのだけど、車の運転免許証を持っていないので困ることがある。まあパスポートがあるのでそれで事は済むのですが、それで写真付きの住民基本台帳カードを作ったりしたことがあった。ところで住民基本台帳ネットワーク・システムが目指す(隠された)目的は別にしても、システムの不備・お粗末さが目に余るような気がする。住基カードを使った付記転出届というのを妻が去年の夏に行おうとしたのだけど、通常の手続きで転出届を旧居住地の役所に提出して(郵送でもOK)新しい方の役所に転入届を提出した方が早かったらしい。というか、そこにいた職員の誰もが付記転出届の処理の仕方を知らなかったそうな。妻がその旨伝えると奥に行ってみんなで分厚い本を繰り始めたというのだから。システムが目指す管理社会の暗さと、そのシステムの現場での運用のお粗末さとの落差にほとんど目の前がくらくらしてきます。
いずれにせよ、常に必要最小限のデータしか第三者に渡さないようにしようとは思った。これまで何度も戸籍謄本・抄本、住民票を役所で取って何も考えずに第三者に渡していたけど、これからは記載事項証明で済ませられるならそうするようにしようと思った。
もう一冊、友人がブログで取り上げていた食品の裏側―みんな大好きな食品添加物も大変興味深い内容で知らないこともたくさん書かれていた。こちらの本も妻に奨めようと思っています。加工食品にいかに添加物が入っているかという問題、そのことを分かった上でボクたちはそれを食べているのかという問題、そしてそのこと(添加物が入っていること)を知ることが出来ないという問題。これだけ加工食品があふれていてその便利さを享受してきたわけで、それに突然謀反を企てるようなことは現実的に出来ないけれど、加工食品や調味料を買うときには裏のラベルの内容物の欄をきちんと見て、この本から学んだ知識で添加物の出来るだけ少ないものを選ぶようにしています。値段は少し高いけど、特にそろそろ6ヶ月になって離乳食を始めようとしている息子のことを思うと、ここら辺で食生活の見直しをする良いきっかけになりました。
この2冊の本からは具体的な行動指針のようなものを学ぶことが出来たので他の人にもお奨めしたい。難しい本ではなく読んでいて面白いというのも素晴らしい点だと思う。
緑風出版
売り上げランキング: 413474
先週に引き続き、この週末も不動産屋に行ってきました。前回行ったのとはまた別の不動産屋で、土曜日の昼から行ったのですが金曜の夜のお酒がまだ完全に抜けていなくて、眠くて仕方がありません。家を出て駅で電車を待っているとその不動産屋の担当の人から電話がかかってきて、急遽出かけることになったので別のものが応対するとのこと。新橋で少し迷ってから不動産屋に着くとお客さんが何組か座っていました。
こっちの希望の条件はすでにメールでやりとりしていたので(担当は別の人だったわけだけど)条件に沿った物件の資料に片っ端から目を通していきました。結局、引っ越し時期がまだ少し先になりそうだったこともあって、この日は(も)実際に物件を見に行くことなく、2週間後の再訪と、引き続きの物件ピックアップをお願いして不動産屋をあとにしました。2時間くらい片っ端から資料に目を通したのですっかり疲れたボクは電話で妻にことの顛末を報告し、出来ることなら引っ越し先の候補地周辺を実際に歩いてみて雰囲気を感じてきて欲しいというリクエストには『今日か明日』と返事をして、とりあえず川崎に買い物へ行くことにしました。その候補地は川崎に向かう途中で電車を乗り換えれば行けるところなのですが、『今日か明日』と返事を曖昧にしていたのは途中でもしかしたらそっちへ行く気分になるかもしれないと思ったからでした。でも疲れていたからかそういう気分にはならず(候補地へは次の日に行くことにして)、直接川崎に行って腹ごしらえをしてから買い物しようとしたのだけど人が多く、とにかくレジに出来た行列の長さに辟易したボクは結局腹ごしらえしただけで川崎をあとにして家に帰りました。ユニクロでシャツを買いたかったのだけど、シャツ一枚で並ぶ行列ではないなと判断したのです。無印にもよさげなジャケットがあったなあ。でもこっちにも行列が出来ていたのでした。
朝からとにかく眠かったので家についてヒーターを前にして床に横になっているうちにいつの間にか眠りに落ちていました。途中何度か気がついて、携帯電話のワンセグでブラッディ・マンデイの予約をしたりして、妻のメールにも返事を送ったりして、最終的に目が覚めると時計は7時過ぎを表示していました。一瞬夜の7時かと思ったけど日付が変わっていたので窓の方を見たら朝だということがわかりました(部屋の電気が付けっぱなしで外の明るさにすぐに気づけなかった)。一晩を床の上で寝てしまったおかげで肩や腕や背中が痛かったです。ヒーターのすぐ横で寝ていたので寒くなかったのがせめてもの救いでしたが……
それでも床の上で凝り固まった体を浴槽にはったお湯の中でほぐし、昼から前日の約束通り引っ越し先の候補地の視察へと出かけました。途中の駅まで25分ほど歩いて、そこから電車に乗って10分くらい。はじめて降り立つ駅前はどこか懐かしい感じがします。休日の昼下がりはみんな地元の商店街ではなくて繁華街に出かけるのか、それともいつもこのように人通りが少ないのか。前を行くお祖父さんと孫の二人連れのあとを追う格好でボクは周囲の風景を携帯電話のカメラにおさめていました。駅からまっすぐ南西に延びる道を突き当たりで南東に曲がり、さらに曲がって河川敷に出ると少年野球のグラウンドが目に入りました。しばらく河川敷を歩いていると少年野球の監督が少年たちの名前を呼んでいるのが聞こえてきました。自分の名前が呼ばれると大きな声で返事をする少年の声を聞いていると、『ああ、ボクの息子にもこのようなときが来るのだな、そのとき息子はどんな声で返事するんだろう?』と空想したりしました。
河川敷を離れてさっき降りた駅の隣の駅を目指しました。候補地はこの二つの駅の近くなのです。とても閑静な住宅街で、公園もあるし河川敷を散歩も出来るし、大きな道もなくとても良い環境だということを駅に向かいながら妻に電話で説明しました。
電車に乗って帰ることにしたのですが、出かけるときから帰りに漫画喫茶に寄ろうと思っていたのです。BLOODY MONDAY が読みたかったのですが残念ながら棚には並んでいなくて(他の誰かが読んでるところ)、20世紀少年を読み直そうかと一瞬思ったけど面倒になったのでカバンに入れてたカラマーゾフの兄弟の第4巻を読んでました。久しぶりに漫画喫茶に入ったけど1時間280円って安いですよね。ドリンクもついていてこの値段なら、本が読みたくて喫茶店に入るよりずっと良いかもです。まあコーヒーが280円より安い喫茶店もありますが。
夜はスタジオアリスの写真を携帯電話のカメラで撮って送ってもらったのを見て我が子の可愛さにどっぷりと浸っていました。あと、ひじきを作った。
光文社
売り上げランキング: 1376
最近急に寒くなったからかどうか、肩こりもひどいのだけど腕の筋がぐーっと引き攣るように痛みます。そんなに酷使していないはずなのにも関わらず、もしかしたら読書する時間は増えていると思うので(なぜならカラマーゾフの兄弟がおもしろいから)そのせいかもしれないなと思ったりしています。だからといって読書を辞めるつもりはないので、薬局で温湿布を買ってきて寝る前に両肩両腕に貼っています。冷湿布だと寒そうなのでね。そういうわけなので朝目が覚めた時には肩こりも腕の痛みも感じずに済んでいるわけですが、しかしまあ湿布代もバカになりません。
一方カラマーゾフの兄弟の方は昨日の夜に第2部を読み終えて今朝から第3部を読み始めています。昔、大学生の頃か何かに新潮文庫で読んだときはもっと読みにくかった記憶があるし、上中下の3巻組でした。今読んでいる光文社古典新訳文庫だと5巻組なのですが、とにかくすらすら読めてしまう読みやすさと文章がゆったりと組まれていることもあってあまり長さを感じません。気がついたらそれなりに分厚い文庫本の半ばを越えているという感じです。カラマーゾフの兄弟をまだ読んだことがない方には読むことをお奨めします。古典には古典の良さがあり、新しいものには新しいものの良さがあるのだと思うので、ボクはカラマーゾフの兄弟もあたし彼女も両方とも読んでおこうとおもっています。
光文社古典新訳文庫には他にも気になる作品が多数あるので(今月から罪と罰(新潮文庫)も刊行されるようですし)今後も付き合いが長くなりそうです。難解そうで敷居の高い古典の新訳が読者を獲得していることは素晴らしいと思います(亀山郁夫訳「カラマーゾフの兄弟」 全5巻累計100万部突破!)。個人的には悪霊(新潮文庫)の新訳を待ちたいところです。
ドストエフスキーの他にもトルストイのアンナ・カレーニナも気になります。この小説も大学生の頃か何かに新潮文庫で読んだのですが、途中でロシアの農業についての説明が延々と続くのには驚いた記憶があります。
光文社
売り上げランキング: 1485
光文社
売り上げランキング: 1965
光文社
売り上げランキング: 79536
光文社
売り上げランキング: 76872
光文社
売り上げランキング: 13738
ここのところ一生懸命に大江健三郎を読んでいたのですが、一番最近は燃えあがる緑の木 3部作を読みました。
もうすっかり大江健三郎の文体に対して身構えることもなくなったような気がします。3部作ということでいざ読み始めようという時には『これからたっぷり読めるんだ』という喜びからくる興奮があったように思います。と同時に『長丁場になるぞ』という不安もあったことでしょう。不安が潜んでいるからこそ喜びが興奮という姿を借りて現れてきたのではないかと思うからですが。
小説を読むということはひとつの体験で、おそらくそれはけして他人とは共有され得ないものだと思っています。それがたとえ『あらすじ』みたいな小説であっても、それを読む体験はそれぞれの人に固有のはずです。なので燃えあがる緑の木という小説がボクにとってはどのような体験であったかということを書くことになるわけですが、第1部では人々の愚かさに冷笑を、第2部でもその感覚は幾分ひきずっていましたが詩や宗教の話題が多くなるにつれて本当のところではこれらのことを自分は理解していないと思いながら読み進めていました。第2部から第3部にかけて、なぜ人々はギー兄さんを救い主とした教会に集まるのだろう、なぜギー兄さんを信じるのだろうと思いながら読み続けました。ボクには最後まで自分が教会に参加するだろうという動機は見つかりませんでした。ただ、ギー兄さんが最後に言われた言葉に勇気づけられた気がします。
それはこのような言葉でした。
本当に魂のことをしようとねがう者は、水の流れに加わるよりも、一滴の水が地面にしみとおるように、それぞれ自分ひとりの場所で、「救い主」と繋がるよう祈るべきなのだ。
燃えあがる緑の木〈第3部〉大いなる日に (新潮文庫) P370
そのようにして『救い主』はその輪郭を明らかにしてくるのだと続けられていますが、『それぞれ自分ひとりの場所で』『祈るべきなのだ』というギー兄さんの言葉に、ボクはこの3部作を読んできてほとんどはじめて驚きと興奮を感じました。やはりボクはギー兄さんを信じて人が集まってきた教会には違和感を感じていたのかもしれません。自分なら絶対にそこへは行かないだろうという……
ギー兄さんがどのような思いでそのようなことを口にしたのかはわからない。ボクにとっては『救い主』も神も存在しないも同然で、でもそれぞれがそれぞれの場所で存在しない何かに向かって『集中』するべきなのだ、でもそうするのには個の強さがいる、と思い返したのでした。
新潮社
売り上げランキング: 145800
新潮社
売り上げランキング: 144105
新潮社
売り上げランキング: 145975
最近は仕事が忙しくて柄にもなく残業とか休日出勤なんかしたりしているのですが、明日から夏休みです。日曜日まで5連休なので今夜の電車で東京を離れて妻と子供のいる富山の妻の実家に向かいます。妻と子供に会うのは3週間ぶりくらいなのでとても楽しみです。特にこの3週間で一回り大きくなって重くなったという子供を抱くのが待ち遠しくて仕方ありません。そのせいかどうか、ここのところあまり不眠に悩まされていなかったのが昨晩はよく眠れませんでした。こちらは明らかにそのせいで、お昼ごはんを食べたあとの昼下がりに睡魔に襲われています。
金曜日の夜に会社の同僚の方々と会社の近くで終電の時間まで飲んで、土曜日は昼頃に起き出しました。東京での単身赴任生活ではお風呂に入って読書するのがすっかり日課になっているのですが、大江健三郎の『燃えあがる緑の木』三部作の第一部 「救い主」が殴られるまでを読み終え、アマゾンで注文した第二部 揺れ動く(ヴァシレーション)と第三部 大いなる日にがまだ届いていなかったので、他の小説を新しく本格的に読み始めるのを避けたいという思いからシェイクスピアのオセローを読んでいるところでした。こういうときにシェイクスピアは手軽に読めて良いですね。正しいシェイクスピアの読み方かどうかはわからないけど。
汗をかいてさっぱりしたところで、この日は夕方に荷物を受け取らないといけなかったので出かけることが出来ません。荷物を受け取ったらジョギングに出ようと思っていたのでそれはそれで良かったのですが、なかなか荷物が届きません。結局9時近くになって荷物は届きました。ネットでの購入履歴では配達時間は18時から20時になっていたので1時間くらい遅れたのでしょうか。でも届いた段ボール箱には18時から21時のところに印がしてあった。20時からだとまだジョギングに出られたけど21時からだとそういう気もなくなって、本を読んだり DVD を見たりしてさっさと眠りました。
珍しく休日出勤をした日曜日はとても仕事がはかどりました。他社の作ったウェブアプリケーションの Javascript 実装をひたすら読んで理解しカスタマイズするということの繰り返し。理想的には一から作り直した方が将来的にも良いと思うのだけど今はそのときじゃない。Javascript の専門家というわけでもないので一苦労です。夜の7時くらいになると外からなにやらドンドンという音が定期的に聞こえてくるようになったので会社の人と『雷かな』とか話していたのですが、東京湾大華火祭の音だったようです。帰り道にビルの隙間から見える海の方の空が明るんだりするのを見ながらさっさと家に帰ろうとしたら、最寄り駅に着いたとたんに土砂降りの雨に見舞われました。花火大会大丈夫かなとまったく関係のないイベントの心配がまず頭によぎったりしながら、雨の中を走って家にたどり着いたときにはびしょ濡れになっていました。最近あまり走れていないので夜は走ろうかなと思いながら帰ってきたのに、と思いながら浴槽にお湯をためてお風呂に入ってオセローの続きを読みました。
月曜日は1時間だけ残業して家に帰って食事をしたらもう9時でまた走ることが出来ませんでした。お風呂に入ってオセローを読み終えたので、次の日の荷造りを済ませてから、週末に届いた燃えあがる緑の木 第二部 揺れ動く(ヴァシレーション)を読み始めました。
新潮社
売り上げランキング: 179700
新潮社
売り上げランキング: 180442
新潮社
売り上げランキング: 126617
最近は大江健三郎の小説を好んで読んでいます。個人的な体験をまず最初に読み、それから空の怪物アグイー、万延元年のフットボールを読んで今は洪水はわが魂に及びを昨日から読み始めたところです。これらの小説をボクはたいへん面白く読みました。
幸いにも、というべきかどうか、ボクは大江健三郎の小説に限らず彼の著作物をほとんど読んだことがありませんでした。10代の最後くらいに彼がノーベル文学書を受賞したときに死者の奢り・飼育の文庫本を買って短編をいくつか読んだことがあるくらいです。13年前のそのころにどういうわけかボクは万延元年のフットボールの文庫本を買うのですがその小説を読むことはありませんでした。文章が難しかったという印象を持った記憶があるのですが、今読んでみるとけしてそんなことはないのです。おそらく真剣に取り組もうとしていなかったのでしょう。自分を甘やかすことに自覚的でありながらもそれを許すようなところが当時のボクにはあったように思われます。
いずれにせよ、今回いくつか読んだ大江健三郎の小説の中では万延元年のフットボールが飛び抜けて面白かったことを記さずにはおけません。中盤からのラスト200ページくらいは途中で読むことがやめられずに朝まで一気に読んでしまいました。すらすら読めるというとまるで3行ごとに段落が変わるような白地の目立つベストセラー小説みたいに思われるかもしれませんが、当たり前だけどそんなことはない。でもやはりボクにはすらすら読むことが出来たのです。物語の世界にかっちり入り込み、ボクは身動き出来ずに文章が体を貫いていくのをただ感じていただけといった方が(すらすら読める、というよりも)実際に近いかもしれません。13年前のボクには難解だと感じられたその文体が今のボクにはとても心地よく読むことが出来るのだから不思議なものです。まあたしかに13年も経てばいろんなことが変わってはいるけれど。
万延元年のフットボールをぜひ読んでみてください。本当に面白いしすごい作品だと思います。どう面白くてどうすごいかというのは読まないとわからないので、ぜひ読んでください。ボクはしばらくは大江健三郎の小説を読み続けることになると思います。というのも、万延元年のフットボールを読み終えたあとで洪水はわが魂に及びがアマゾンから届くのに1日だけブランクがあったのでそもそも個人的な体験と一緒に買った伊坂幸太郎のアヒルと鴨のコインロッカーを読もうとしてみたのですがあまりにも文章の密度が違いすぎて読むことが出来ませんでした。今のボクが求めているのとはたぶん大きく異なるんでしょう。時が経てばきっと面白く読めるんじゃないかなと思います。伊坂幸太郎の小説は読んだことがありませんが、信頼できる友人が面白かったと言っていたのでたぶん間違いないです。
土曜日は昼から多摩川の河川敷を走ってきました。
これまで走ったことのある最長距離が12キロだったのでそれよりも長い距離を長い時間かけて走ろうという意気込みでいました。ひとつの目標としてハーフマラソンという言葉が頭の中にあったのですが、結局は1時間半かけて15キロを走ったところで足と腕の痛みに耐えられなくなりあえなく断念となりました。という話を妻に悔しがりながらしたところ、急にたくさん走ろうとするのは良くないと言われ、まあ確かにそうだなと認めざるを得ませんでした。
そもそも今年になって走り始めたばかりだし、やってることといえば基本的には走ることだけで筋トレといっても毎日朝晩に腹筋したり腕立て伏せをしたりするくらいのものです。マラソンを走ると腕が痛くなるということはどこかで読んで知識としては知っていましたが、実際に自分が15キロ走ったところでもうこれ以上腕を振ることが出来ないというくらいに痛くなるとは思っても見ませんでした。ペースを維持して走れば12キロだって15キロだって21キロだって走れるものだとばかり思っていたのは甘かったですね。
それでかどうかはわからないけど、日曜日になって近所のスーパーに買い物に行こうと髪を乾かしていたら背中に激しい痛みを感じました。いろんな角度に背中を曲げてみて痛みが和らぐ姿勢を探してみたもののどの角度にしても痛みは変わりません。なんだろうこれはと思いながら少し様子を見て、歩けるようになったので買い物に出かけたのですが帰りに重い荷物を持つとまた痛みが走りました。せっかく時間がたくさんあったのですが無理してはいけないということで日曜日は走りませんでした。目の前の皿に大好物が載っていて手を伸ばせば届くのにそれを我慢しなければならないというような気持ちでした。
大阪の今日はとても寒く、天気予報は午後はみぞれでしょうと言っています。昼前に近所のスーパーマーケットに玉葱と卵を買いに行った帰りにピッピッと雨の予感を数滴感じましたが、今暖かい家の中から窓の外を眺めてもまだ降り始めてはいないようです。昨日の夜からなぜか腰が痛くて今日はジョギングを休むことにしました。ふくらはぎの筋肉痛もだいぶ蓄積してきたところだし。
ジョギングは毎朝30分走ることにしています。それでだいたい5.5キロメートルになるのですが、昨日の朝は時間がなかったので3キロ走ることにしました。いつもより短い距離なのでハイペースで走ったらジャスト15分だった。同じペースで30分走れば6キロになるわけですがそのペースを30分維持することは出来ません。土曜日の午前中でいつも走っているランニングコースには近所の中学生のグループも走っていました。若さあふれる彼らの前では少し走りにくかったです。
昼から梅田で映画を見てきました。ジョニー・デップファンの妻に連れられてスウィーニー・トッドを見に行ったのですが、笑ってしまうくらいになかなか刺激的な映画でした。ファンのくせに妻は画面から目をそらせていました。夕方から友人家族としゃぶしゃぶを食べに行きました。食べ放題だったのでおなかいっぱい食べて苦しかったです。でもおいしかった。
爆笑問題のニッポンの教養というテレビ番組を一度も見たことがないのだけど、書籍の方は好んで読んでいます。先週も生物が生物である理由 分子生物学と万物は渋滞する 渋滞学を読みました。1時間強で一気に一冊読めてしまうということもあるのですが、知らないことがたくさん語られていて興味深い。それからポール・オースターのトゥルー・ストーリーズも読みました。翻訳がすばらしいからなのかどうか、ほとんど躓くことなくすらすら読めてしまう。人生がいかに偶然の出来事によって決定づけられているかという話を聞くととても不思議な思いにとらわれてしまう。自らの意志で選択したと自分では思っていてもほとんど向こうから自分の方が選ばれたんじゃないかとすら思えてくるから。
今日というこの日に、この寒い屋外から壁一つ隔てて暖かい部屋にいて、新しい本に手を伸ばすことの出来る幸運さもまたボクが選んだのか、それともボクの方が向こうから選ばれたのか。今この瞬間にたどり着くまでのことを思うと人生の不思議さに感嘆してしまう。今日ここでこうしていることを1年前には想像だにしなかったですからね。
講談社 (2008/01/11)
売り上げランキング: 2754
講談社 (2008/01/11)
売り上げランキング: 17434
新潮社 (2007/12)
売り上げランキング: 26200
年末年始にかけてピギー・スニードを救う話を読みました。ずいぶん前に買って読み始めたまま他の本を読んだり本そのものをほとんど読まない日々を送ったりしていたのです。
アーヴィングは大好きな作家のうちのひとりなのですが、どの作品も上下巻が当たり前の長編作家の彼にしては珍しくそれほど分厚くもない一冊もののしかも短編&エッセイ集。『ペンション・グリルパルツァー』と『小説の王様』がお気に入り。特にディケンズ論である『小説の王様』はディケンズの小説を(これまた長い小説を)非常に読みたくさせるものでもありました。ずいぶん前に大いなる遺産を読んだきりだと思うのでデイヴィッド・コパフィールドなんかを読むのも良いかもしれない。
新潮社 (2007/08)
売り上げランキング: 107670
新潮社 (1951/10)
売り上げランキング: 44474
岩波書店 (2002/07)
売り上げランキング: 124574
それはそうと、昨夜は七草粥と鶏肉のつみれ汁を作りました。七草粥を作ったのは初めてかもしれません。近所のスーパーに行ったら七草のセットがあったのでそれを買ってきてお粥に入れただけですが。葉っぱたちはなんだか青臭そうだったので軽く湯通ししたのですが足りなかったようで、出来上がったお粥は葉っぱの味がして少しワイルドでした。鶏肉のつみれ汁の方は思っていたより良い出来映えで妻もおいしいおいしいと言って食べていました。鶏ミンチに卵と生姜と調味料に料理酒や砂糖や塩、それから玉葱をすり下ろして片栗粉でつないだものを、人参と舞茸を煮ただし汁の中にスプーンで落としていったのですが、そんなに手間でもなくて簡単に出来ました。お粥もつみれ汁も昆布できちんと出汁を取ったのが良かったのかもしれないですね。妻は仕事から帰ってくるときに2軒くらい前から良いにおいがしていたのでうちだったら良いなあと思ったそうです。もしかしてご近所さんを魅了しちゃってるんでしょうか。
どちらも基本的にはネットでレシピを検索して作ったのですが、そのレシピではつみれに生姜を入れてませんでした。生姜を入れたら絶対においしくなるという確信があったので入れたのです。これまでで作った料理の中では、大学生のときに一度だけ奇跡的においしいトマトソースを作ったことがありますが、それに匹敵するくらいのものになったと思います。自己ベスト更新かもしれない。
お粥もつみれ汁も残っていたので今日の昼ごはんに食べました。夜ごはんに一手間かけておいしいものを少し多めに作っておくと次の日の昼食を作らなくて済むのでとても楽です。出来上がりを写真に撮らなかったのは失敗でした。
七草粥
- 鍋に800ccの水を入れて昆布をつけておく。
- お米1合を研いで水切り。鍋に入れて30分水につけてから強火で沸かして沸騰したら塩を小さじ一杯入れ、弱火で20分くらい焦げ付かないように煮る(お米の柔らかさの好みで時間調節)。
- 洗ったり湯通ししておいた七草を適当に切り、鍋の火を止めてからお粥に混ぜ合わせる。
鶏肉のつみれ汁
- 鍋に水を入れて昆布をつけておく。
- 鶏ミンチ200gに全卵一個、生姜適量(好みの大きさにみじん切り)、料理酒大さじ2、砂糖大さじ1、塩小さじ1、出汁醤油大さじ2、玉葱二分の一個をすり下ろしたものを混ぜ合わせる。片栗粉を入れて固さを調整。-A
- 出汁は料理酒や醤油、出汁の素などで適当に味付け。人参を適当に切って柔らかくなるまで煮る。
- 人参が柔らかくなったら舞茸を入れて少し煮てから A をスプーンですくって落としていく。つみれが浮いてきたら出来上がり。
ずっとどうしようか迷っていたのだけど直前になってアマゾンで予約した Wii Fit が先週の月曜日に届いてから毎日家に帰るのが楽しみでなりません。いつの間にか知らぬ間に運動不足の金字塔を打ち立てていたボクなので道のりは長く曲がりくねっているのです。途中で投げ出してしまわないことが重要だと思うのですが、その点 Wii Fit にはとにかく毎日続けさせるための工夫が満載されています。運動時間に応じて新しいヨガのポーズだったり筋トレだったり有酸素運動だったりバランスゲームだったりが追加されていくのと、それぞれの運動のより高い難易度にチャレンジできるようになったりします(これまで10回だったのが20回にチャレンジ出来るというような)。
ニンテンドーDS の脳を鍛える大人のDSトレーニングのようにカレンダーで毎日の測定が一目瞭然なのは当然として、何といっても日々の BMI や体重の変化をグラフで見ることが出来るのがボクにはキラーファンクションでした。東京に出てきてから体重計のない生活を送っていたのも良くなかったのかもしれません。とにかく前日より増やすわけにはいかないという気持ちでこの一週間を過ごしております(週末は前日より増えてしまったけど)。
自分の重心が右寄りだということがわかったので仕事中でも足を組まないように意識したり、歩くときも親指を使って歩くように心がけています(そうしないと重心が後ろよりになって猫背になりやすいんだって)。まあでも、結果を急がずにこつこつ続けていくことにします。
その他には本を読んだりゲームをしたりしています。ずいぶん前に予約してたレイトン教授と悪魔の箱をしたり、それから 404 Blog Not Found のメディアミックスの新たな手本 - 書評 - 爆笑問題のニッポンの教養というエントリーで見つけた爆笑問題のニッポンの教養シリーズを読んでいます。テレビ番組の方はまったく知らなかったので(なにせテレビのない生活を送っていますから)番組の雰囲気や内容は書籍から感じ取るしかないのですが、タイムマシンは宇宙の扉を開く 宇宙物理学 (爆笑問題のニッポンの教養 10)とヒトはなぜ死ぬのか? 生化学 (爆笑問題のニッポンの教養 5)を読みました。週末に妻に見せたら面白そうと興味を持っていたので片っ端から読んで片っ端から渡していこうと思っています。
爆笑問題が大学教授である学者の元を素人代表として訪れそのやり取りの過程で専門的な知識が噛み砕かれていくというような内容なのですが、読んでいて感じたことのうちのひとつは、どちらの教授も自分の専門を追究されていて人生に目的というか目標というか目指す先があってそれが職業となっていることはとても幸せなことなのではないだろうかということでした。もちろん世界的に有名な方々なので他の追随を許さない苦労の末に実績を築き上げて来られたとは思うのですが、はたしてどれだけの人間が何か自分の人生において一貫して追究すべきと思えるものを持ち続けることが出来るんだろうかと、それぞれの内容とはほとんど関係ないことを考えてしまった。
まあそれはともかく、2冊買って2冊とも読んでしまったので次は宇宙人の話を読んでみようと思います。大変面白くて知的好奇心を擽られますよ。
売り上げランキング: 1
売り上げランキング: 60
売り上げランキング: 91
売り上げランキング: 136
売り上げランキング: 14
講談社 (2007/12/06)
売り上げランキング: 1224
講談社 (2007/10/31)
売り上げランキング: 3491
講談社 (2007/09/27)
売り上げランキング: 6707
仕事の帰りに少し大きな薬局に寄ることに楽しみを見出しています。しかしそんなことを言ったら昨日の残りのワインを飲むことに楽しみを見出してもいるし、お風呂でお湯に浸かってヴォネガットやシェイクスピアを読むことに楽しみを見出してもいる。湯たんぽで温めた買いたての毛布にくるまって眠ることにも楽しみを見出しているし、かつて愛していたという事実を忘れていたのを思い出すことにも楽しみを見出している。もちろん生活のあらゆる側面に楽しみを見出すことは原理的には可能かもしれないけど現実的には不可能な日常をボク(たち)は送っている。やむを得ない取捨選択と自ら望む取捨選択とがある。とてもおいしいレストランとそこそこおいしいレストランがあってもいつもとてもおいしいレストランに行くとは限らない。2軒のレストランが隣り合っていたらその取捨選択も気楽なものになるけど、もし大阪と東京とに離れていたらその取捨選択はより慎重に行われるだろうと思う。と、このように思うがままにあれこれ書くことにも楽しみを見出してもいる。
仕事の帰りに薬局に寄って買い物をしなければと思い出したときには歯磨き粉だけを買うはずだったのが、貼る使い捨てカイロ30個とサロンパスと足裏に貼って寝ると疲れが取れるというものも買った。使い捨てカイロのまとめ買いは妻がアマゾンで買ったという話をこの前聞いていたのだけど、重い荷物を持って帰ることを思えばアマゾンで使い捨てカイロをまとめ買いするというのも悪くないと言っていた(他の商品と一緒に買えば送料も無料になるし)。30個くらいならそんなに重くなかったので買って帰ったわけですが。
少し前からスローターハウス5を読んでいるのですが少し休憩してヴォネガットの遺作だという国のない男を読みました。先月くらいに大阪に帰ったときに買ったと記憶してますがずっと読んでなかったのです。そしてこれはとてもおもしろい本でした。皮肉とユーモアと説得力と愛にあふれている本です。ヴォネガットという作家自身というよりは、スローターハウス5という作品に思い入れがあったのですが(この小説で大学の卒論を書いた)、他の小説をあまり読んだことがなかったのでこれを機会に読んでみようかしらと思っていたら、今日会社に行ったらこの間から貸していたボリス・ヴィアンのうたかたの日々が同僚から帰ってきました(貸していたのはボリス・ヴィアン全集3)。それでまた読みたくなってきたし(全集は入手出来るのかしら)、全集といえばガルシア・マルケス全小説シリーズにも惹かれています。
早川書房 (1978/12)
売り上げランキング: 36613
日本放送出版協会 (2007/07/25)
売り上げランキング: 473
早川書房 (2002/01)
売り上げランキング: 68082
今日は荷物を受け取るために8時過ぎには家に帰っていたのですが、荷物を受け取ってごはんを食べ終えてもまだ9時前という素敵な時間帯だったので DISCAS から届いたばかりのバタフライ・エフェクトを見ました。どれだけ運命を変えても身近にいる人間が同じだったりするのはなんでだろうとか、また運命を変えた結果(の細部)が極めて恣意的だったりするのは別にいいんだけど、まるでゲームをやり直すみたいに何度も何度も過去に戻るのはいかがなものでしょうか。運命を変えたら新しい記憶は一気に押し寄せてくるわけだけど、それまでの記憶がなくなるというわけではないのですね。それから一度刑務所に入ったときに出会った腕に入れ墨をした筋肉質の寡黙な男(敬虔なキリスト教信者?)が地味に良い雰囲気を醸し出していて良かったです。
それはそうと、生まれて初めて湯たんぽを購入しました。先日無印良品に行ったときに店頭に置いてあったのを覚えていてネットで注文したのが今日の夜に届きました。それで添付の説明書を読んでいたら『約80℃以下のお湯をご使用ください』と書いてある。どうやって80℃のお湯を作り出せばいいのか少し悩んだ後、湯たんぽには先にある程度水を入れておいてそこに電気ポットで沸かした熱湯を注ぎました。何度のお湯が出来たのかわからないけどまあだいたい約80℃以下くらいじゃないですかね。湯たんぽって寝てる間ずっと体に付けていたらダメなんですね。湯たんぽカバーも一緒に買ってかぶせてありますけど、『直接触れると低温やけどの原因となります』とか『就寝時は布団の外に出すか、身体から離して置いてください』と仰々しく書いてあるので。
ところで、今朝からスローターハウス5を読み始めました。ボクはこの小説で卒業論文を書き大学を無事卒業したのですが、読むのはそのとき以来です。来週は丸々仕事を休んで今週末から大阪に帰るのですが、本を読む時間はたっぷりありそうです。読みかけの小説もいくつか持って行かないとな。
売り上げランキング: 1849
早川書房 (1978/12)
売り上げランキング: 39449
少し前にも書いたけど最近は風邪をひいてすっかりまいっているので仕事が終わったらさっさと家に帰ってきておとなしくしています。おとなしくして何をしているかというと、まあ音楽を聴いたり本を読んだりしているのですが、ふと思い立って昔書いた大学の卒業論文なんぞを読み返したりしています。
大学ではアメリカ文学を専攻していましたが英語が苦手だったのでたいへん苦労しました。外国語大学で英語を専攻しているわけだから、もちろん卒論も英語で書かないといけなかったのです。当時のことを思い出すと、まず日本語で一通り書いてからそれをひたすら訳していたような。
大学に入って良かったことは(アメリカ文学を専攻して良かったことは)それまで翻訳で読んでいて好きだった作家の小説が教材で、読むなら好きな作家の方が良いんじゃないかなとそのころは思っていたのでした(今ならそうは思わないかも)。大学を卒業して良かったことはもう大学の授業とか“いつまでに”という期限なんかに関係なく好きな小説を好きなときに好きなだけ読むことが出来ると思ったのでした。まあ半分くらいは実現しているかもしれません。それとは別にいつかあの卒業論文を書き直したいとどういうわけかいつかの時点から思い始めていたのです。
高校のときの友人が、彼女は大学には進学せず高校を出てすぐに職業に就いたと記憶していますが、最近になって大学に入るために勉強しているという話を聞きました。詳しくは聞いていないけど社会人枠とかそういうのでしょうか。時期を同じくしてとあるブログでも同じようなチャレンジを考えている文章に出くわしたりして、今はまだ具体的には考えていないけど場所と時間を限定して何かを勉強することへの興味が少し頭を擡げてきたような気がしなくもない。
ともかく、ネットで何となく大学のときのゼミの先生の名前でググってみたりした。そういえば我が母校である某外国語大学は近くにある某国立大学に吸収合併されたのだった。大学ではほとんどの授業は楽しくなかったけどゼミは楽しかった記憶があります。たぶんボクは生意気なことばかり言ってたような気がする。でもある小説についてそれぞれの読み方を披露し合うのは楽しかった(中には退屈なことを言う人もいて、そういう人には生意気なことを言ってたような気がする)。
原則、浴槽に浸かったときにしか読まないといつの間にか決まっていたこの雑誌に載っていたポール・オースターの『ガラスの街』(既訳は『シティ・オヴ・グラス』)ですが、今日になってようやく読み終えました。ところどころ駆け足だったり、物語の枠組みに関する仕掛けに貪欲だったりしてなかなか楽しい小説です。そして何よりもこの小説の良いところは、物語を読み込めば読み込むほどそれとは別のことがどんどん気になりだして興味はほとんどそっちにいってしまっているというようなところでしょうか。
オースターの小説はこのような初期の物語の枠組みに対してわりと直接的に言及するような作風から、物語そのものが物語の枠組みへの言及についての比喩であるかのような作風に向かっていきます。物語はより複雑さを増し洗練されていくわけですが、ボクはそのどちらも好きですね。
スイッチパブリッシング (2007/09/10)
売り上げランキング: 9414
角川書店 (1993/11)
売り上げランキング: 61740
11月しょっぱなのエントリーをなんとなく湿っぽい話ではじめてしまいましたが内容は今現在の自分のいる場所・状況というものを出来るだけ冷静に考えてみたものです。それをブログに書くことが冷静かどうかはわからないけど、まあ率直にいって自分が思ったことを書くことが出来ない場所になんて何の意味もないですからね。別に誰を攻撃しているわけではないし。
ともかく、最近は規則正しい生活を送れるように少しは努力をしています。完全に運動不足なので通勤途中に出来るだけ歩くように心がけたり(最寄り駅ではない駅を利用できるときは利用している)、夜遅くに食べ過ぎないようにしたり、アルコールの摂取量も減らしてみたり、早寝早起きにもチャレンジしています。
まだはじめたばかりなのでボク自身がまだ成果を求められる立場にありません。そんなことよりもこれを継続することに注力すべきだと怒られますからね。朝、出勤前に時間に余裕があるのは素晴らしいことだと思いました。そんなことはよく分かっているのだけどなかなかそうもいかないものだ、なんて言ってたらまた怒られそうですが。それが良いことだと分かっているなら、あとはただそれを実行すれば良いだけなのだ。
村上春樹の走ることについて語るときに僕の語ることを読み終えたので今は Coyote No.21 に載ってるポール・オースターのシティ・オヴ・グラスの柴田元幸訳を読んでいます。毎日お風呂で一章だけ読むなんていう贅沢をしてみたりして。
そんなわけで1ヶ月前と比べると針が振り切れるくらいにまともな生活を送っております。
文藝春秋 (2007/10/12)
売り上げランキング: 15
スイッチパブリッシング (2007/09/10)
売り上げランキング: 2665
角川書店 (1993/11)
売り上げランキング: 171874