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 夏休み2日目。
 午前中に東京に送る荷物をクロネコヤマトに取りに来てもらい(1年前まで住んでいた妻も、ボクも家の郵便番号を忘れていた)、昼食にヨドバシ梅田の点心食べ放題のお店で親と食事をしてから、2時過ぎのサンダーバードで大阪を離れました。1年ぶりの大阪は滞在時間短し。体感滞在時間はもっと短いし、大阪らしいこともほとんどしなかった。次はいつ帰って来られるだろう。そんな感傷に耽る暇もなく、金沢まで3時間弱の道中はさすがに息子もぐずって何度となく抱いては列車の連結部分に出ることになりました。すっかり飛行機で移動するのになれてしまったので、この3時間弱が長い長い。でも大阪から北陸方面には飛行機が飛んでいないのです。サンダーバードが一番早いんです。
 やっと金沢に着くと雨がぱらついていました。ここのところ、金沢駅に降り立つのは金曜の夜に東京駅を出て、上越新幹線と特急を乗り継いで時計の針が深夜12時を過ぎた頃ばかりだったので(単身赴任中のこと)、夕方に大阪方面からやってくるのは何年ぶりのことでしょうか。というような感慨に耽る暇もなく、車で迎えに来てくれていた妻の妹(その日の朝に大阪から車で来たばかりのはず)の運転で富山の妻の実家へと向かいました。
 実家の皆さん(妻の両親とおばあちゃん)の目当てはもちろん息子で、挙って抱っこしてくれるので、おかげでボクたちはようやく子供から目を離すことが出来るようになりました。休みの間、子供が抱っこしてくれとぐずっても『おじいちゃんのとこに行き』と言うだけで済むことがどれだけ楽だったことか! こんなときくらいしか楽は出来ないので、休みの間は存分に楽をさせてもらいました。

 夏休み3日目。
 この日は家でのんびり過ごす。家の前で桶に入れた水で子供が水遊びしてるのを眺めていたり、お墓参りをしたり(都会の墓地と違って、田んぼの脇に突然ある)、夜は家の前でこっそり花火をしたりしました。近所に口うるさい人がいるらしく、昔にも花火をしていたら小言を言われたらしいのですが、このときも家の中からこちらの様子をうかがっているのが見えたらしいです。都会よりも田舎の方がストレスフリーな生活が送れるようなイメージがあるけど、妻の実家の話を聞いていると、プライバシーが守られなさ過ぎていて東京の方が気楽に暮らせそうな気がします。田舎は近所づきあいに気を遣わされて大変そうです。
 妻の従姉妹が彼氏を連れてやってきて、見た目はシュッとしてるんだけど喋ったらやっぱり富山弁なんやと、当たり前のことを思ったりしました。

 4日目に続く。

夏休み1日目:東京から1年ぶりに大阪へ。

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 今年の夏休みは、東京から大阪、大阪から富山、富山から東京に戻ってくるというこれまでにない移動距離を実現してしまいましたが、たくさんの人たちに会って(といっても身内ばかりですが)、特に1歳の息子にとってはよい経験だったのではないかと東京に戻ってからの息子を見ていて思います。人見知りもほとんどしなくなっていたし、よく喋るようになったし、歩き方もだいぶ安定してきました。

 夏休み1日目。
 水曜日の朝5時過ぎに家を出て羽田空港に向かい、7時発の伊丹行きの便で6時40分には搭乗開始するというアナウンスがあったものの、お土産も買って搭乗口で待っていてもなかなか案内されません。搭乗口のすぐ前に座っていたので(3歳児以下の子供を連れていると先に搭乗させてくれるので)女性スタッフの人たちが電話などでやりとりしている様子を見ていました。バタバタしているなあと思っていたら、トイレの一部に問題があるので出発が遅れる旨のアナウンスがありました。大阪行きの便なので乗客にも大阪の人が多いと思うのですが、その時点ですでに搭乗口を囲むように人垣が出来ていたし、出発遅れのアナウンスがあったときはみんなが一斉に引き返しそうな『間』があったりして、少し面白かった。結局、飛行機が出発したのは7時40分くらいで、いくつかのトイレは(水が出ないので)使えないままでした。
 ところで、東京から大阪へ飛行機で帰るのははじめての経験です。座席が進行方向右側の窓側の席だったので富士山が見られるか期待していたのですが、雲から頭を突き出した様子を見ることが出来て、本当に富士山って高いんだなあと思ったりしました。子供に富士山を見せたりしているうちにあっという間に名古屋上空に達してました。湾に空港らしき人工島が見えたので『セントレアかなあ』『でも小さすぎない?』などと妻と話していたのですが、Google マップで見てみたらやっぱりセントレアでした。上空から見るととても小さかったなあ。三重や奈良の山々を見ながらしばらく飛んでいると、ある山脈を境界線にして突然まったく緑のないエリアが見えてきました。大阪府東大阪市上空を飛んでいることに気がついたのは阪神高速と中央環状線が交差する近くに市役所とカルフールがあるのが見えたからです。2年前までそのあたりに住んでいたから、上空から見てもすぐにわかりました。そのうち淀川が見えてきて、徐々に降下していてこのままだと街中のビルにぶつかるんじゃないかと心配しているうちに無事に伊丹空港に着陸しました。以前テレビか何かで、伊丹空港の近くにあるスポットがあって、そこからだと手を伸ばせば飛行機に届くんじゃないかというくらい近くを通り過ぎていくという話を聞いたことがあるけど、確かに街中に降りていっているという感じはありました。
 ベビーカーと手荷物が出てくるのを待っていたら、妻が携帯を見ながら妻の妹の友達のKちゃんが車で来ていると言います。妻の妹はKちゃんと大阪で同居しているのですが(妻が大阪を離れるまでは妻が妹と同居していた)、車で迎えに来てくれるなんてことは初耳で、ボクたちは荷物を受け取ったらモノレールと阪急と阪神を乗り継いで(妻が以前住んでいた)妹の家へ向かうつもりでいたので驚きました。事前に何の連絡もなく迎えに来てくれていることに驚かされ、呆れさせられました。でもまあせっかく迎えに来てくれたので、大阪滞在中に泊まらせてもらう(といっても一泊だけ)妹とKちゃんの家まで車で帰ることになりました。運転しているのがKちゃんということもあってか、飛行機よりも怖いドライブでした :p

 1年ぶりの大阪の家は(今ではもう妻の妹とその友達の家だけど)懐かしくて、本棚とかソファとかテーブルなんかはボクと妻が使っていたものなので、人の家なんだけど自分の家でもあるような変な感じでした。また、『ここで生まれたんやで』と去年の7月に駅前の病院で生まれた息子に話しかけながら、生後20日ほどを過ごした場所のことを覚えてるかなあと思ったりしました。ボクの実家の方へ行くまでに少し時間があったので休んでいたのですが、妻は残していった荷物の整理をしていました。昼に着けるように実家の方に出かけ、はじめて乗る鉄道路線に少し興奮しつつ、1年ぶりに子供を連れて帰ったら小さい頃の自分にそっくりだと散々言われ続けました。お盆なので墓参りもして、夕方くらいに帰ってきました。
 夜はたこ焼きを作ることにして、こちらも大阪に残していった酒類を片付ける努力をしました。妻の妹はこの日まで仕事で遅くまで忙しかったみたいで家には帰ってこず、Kちゃんが車で拾ってそのまま富山に(実家に)帰って行きました。道中お腹も空くだろうと持たせたたこ焼きは、途中でたこがなくなったので半分くらいはたこなしでした。

 2日目に続く。

Aさんの思い出

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 一昨年の夏に妻と結婚した直後に単身赴任で東京に出てくることになったのですが、その翌月くらいに大阪で新しく家を借りて妻と妻の妹が暮らし始めました。もともとひとりで暮らしていた妻の妹と、単身赴任でボクが出て行ったので一人残された妻とが一つ屋根の下に暮らすことになったのは、妻の会社の同僚の方から破格の家賃で一軒家を借りることが出来たからです。
 その家がある場所は昔からずっと住み続けている人が多いところのようで、その家のまわりにもひとり暮らしをしているお年寄りの方が多くいました。そういう場所なので回覧板が回ってきたり、近所づきあいというほどでもないけれど、たとえば『あそこのおばちゃんはゴミの出し方にうるさい』とか(といっても悪気がある訳じゃなくて『だから気をつけた方がいいよ』くらいの調子なのですが)、東京のマンションでひとり暮らしをはじめたボクとは180度異なる住環境でした。大家さんである妻の同僚の方は仕事で日本にいないので、わからないことがあればこの人に相談すればいいということで一番最初に会わせてもらったのが向かいに住んでいるAさんでした。飼い犬と2人で暮らしているおばあさんで、娘さんの家族が近くの(高架線路越しに見える)マンションに暮らしているということでした。引っ越しに際して、ご近所にどのように・どこまで挨拶すればいいか(どうするのがこのあたりの流儀なのか)、ゴミの出し方、回覧板のまわし方、町内会のことなどなど、ご近所への挨拶の時には間に入って紹介までしてもらっていろいろとお世話になりました。引っ越しが終わればボクはまた東京で暮らすことになり、毎月のように大阪に帰りはしていたもののAさんと顔を合わせることもほとんどありませんでした。
 妻の妊娠が分かったのがその年の秋で、年明けからの2ヶ月と出産前の2ヶ月半ほどを大阪の家で仕事をして過ごすことになりました。妻は出産間際まで働いていたので(妻の妹も会社勤めだから)日中家にいるのはボクひとり、夕方くらいに玄関のチャイムがなってインターフォンに出るとAさんが雨が降ってきたことを教えてくれ、慌てて洗濯物を取りこんだというようなこともありました。話し込むという機会はあまりなかったけど、子供が出来たことを報告したら喜んでくれていたし、去年の夏に子供が生まれたときも連れて行って見てもらいました。子供が生まれたその月のうちにボクは東京に戻り、妻と子供は妻の実家の富山に里帰りしてしまったのでそれから1度も大阪に帰る機会がなく、もちろんAさんに会うこともありませんでした。
 今朝、Aさんが亡くなったことを妻から聞かされました(妹から連絡があったそうです)。めちゃくちゃ親しくしていたわけでもないのに、昔住んでいた家のご近所さんが亡くなったことを引っ越してしばらく経ってから聞いただけではない残念さを感じています。はじめてお会いしたときから、最後にまさに妻たちが車で富山に向かって出て行き、そのあとでボクが新幹線で東京へ戻るために駅まで荷物を引いて歩くときに見送っていただいたときまで、Aさんはずっと元気でした。花に水をやる姿を何度となく見かけました。雑草が伸びていたので草むしりした方が良いと言われました。
 どこか『大阪のおばあちゃん』というようなところがあったのかもしれません。ボクは実際に大阪に祖母がいますが、また別の、そして妻にとってはきっとボクよりもそのように感じているのではないかと思っています。息子を連れて行ってもう一度見てもらいたかった。
 ご冥福をお祈りしています。

友人家族と淡路島へ行ってきました

 本日から再び大阪で働いています。
 連休直前の金曜日の夜にいつものように新幹線で大阪に帰ってきました。品川で弁当を買おうとしたらほとんど売り切れていたので仕方なく ecute で少し高めの寿司を買いました。本当はシュウマイ弁当が食べたかったのに、泣く泣く中トロや一匹丸ごとの穴子なんかを食べました。泣く泣く。
 土曜日は昼から妻とお好み焼きを食べに出かけました。家から一番近い風月が JR尼崎駅前にあったので向かったのですが駐車場が混雑していてなかなか入れなかったので諦めて別のお好み焼き屋へ。以前に行ったことのあるスーパー銭湯の隣にあった京風のお好み焼き屋ということでしたがなかなかおいしかったです。お好み焼き自体食べるのが久しぶりだったのでずいぶんとハードルも下がっていたのかもしれませんが。

SBSH0313  日曜日は友人家族と淡路島へと出かけました。
 ゴールデンウィークということもあって道路はどこも混雑していて、明石海峡大橋を渡るまでに大阪から3時間くらいかかりました。サービスエリアで妻が注文した玉葱ラーメンやボクが買った明石焼きやたこの入った巻き寿司(たこが入ってる以外には取り立てて特徴もないくせに840円もした)なんかを食べ、あらためて橋や海を見渡す景色の良さに心を打たれたりしながらあわじ花さじきへ。えらく山の中の車がすれ違うにもギリギリの幅の道を走るなあと思っていたらしばらく走ると渋滞が。駐車場に入る車の列が出来ていました。それでも少し待てば入ることが出来、実はボクはあまり期待していなかったのだけど花と海と空と遠くの牧草の斜面の牛とがとても良い景色を織りなしていて期待に反してとてもすばらしい場所でした。ホントに景色が良かった。ビワのソフトクリームをいただきました。

あわじ花さじき

 花さじきをあとにして淡路ワールドパークONOKOROへ。ここは子供の頃に親に連れられて来たことがある……らしい。記憶に残ってるわけじゃないけど。この時点でもう夕方になっていたので当初の予定にあったイングランドの丘は諦めることにした。コアラが見られるということで少し(ほとんど唯一)楽しみにしていたのだけど時間がないのだから仕方がない。友人家族のそろそろ3歳になろうかという子供も動物と触れあうのを楽しみにしていたみたいで残念がっていた。ONOKOROにはやはり駐車場に入りきらない車の行列が出来ていた。念のため電話をして閉園時間を聞いてみたら7時だと言うので(パンフレットなどには6時と書いてあったけど季節によって変わるとあった)少しは余裕が出来たようなものの。
 遊園地と言われるようなところへ行くのは久しぶりのことだった。たぶん最後は一昨年の年末に妻と行った USJ じゃないかと思うのだけど、もちろん淡路島にそこまで立派な遊園地があるわけもないし誰もそこまでのものを期待してもいない。それでもボクの予想に反してONOKOROは良かった。世界の有名な建築物を縮尺して再現したミニチュアワールドなんてB級感満点だけどこれはこれで成立していると思った。やたらとヘリコプターが飛んでいたのだけどどうやら遊覧できるらしい。ボクたちは乗らなかったけど近くで見ていると飛び立っては数分で戻ってきてまた飛び立って行くのでそのたびにボクは心の中でチャリンチャリンという音を聞きたててしまうのでした。あれはたしかに荒稼ぎの雰囲気があった。ファンタジートレインとかいう子供向けの列車にみんなで乗ったら抜けていく森の中にお菓子の家があったり西遊記の登場人物(妖怪?)の人形が置いてあったりして子供向けだなあと思っていたのだけど途中で急に地元出身の画家か建築家かの説明になってテープの口調こそ同じであれその内容はガラッと変わってるじゃないかと突っ込ませるあたりも飽きさせないよう大人への配慮が行き届いていてよかった。最後に乗ったワールドクルーズもナイルの河口にピラミッドもスフィンクスも大集合していて良かった。

淡路牛石焼きステーキ

 ONOKOROでおみやげを買って温泉に向かう道中に見つけたレストランに行くことにしました。というのもせっかく淡路島に来たのだから淡路牛を食べて帰らねばと強く思っていたからなのですが、大通り沿いにあった看板に書かれていた地図だけを頼りに行ってみると店がない。カーナビで調べてみても出てこないので諦めて再び大通りに出ようとしたらその途中に見つかったので、見つからない捜し物は諦めた瞬間に見つかるというジンクスが再び強化されるのでした。前にどのようないきさつがあってそのジンクスが生まれたのかは忘れてしまったけど。ちょっと高級そうな店構えで実際に値段は高級だったのだけど店内は旅館風。2000円くらいのステーキセットに舌鼓を打ちました。とてもおいしかった。
 時間も遅かったのと妻と友人家族の子供が風邪気味ということもあって温泉をスキップして帰ることにしました。しかし帰りの渋滞はひどかった。明石海峡大橋もまともに渡ることが出来なかったし、途中で高速を降りて三宮あたりまではすいすい行けたけどそこからは国道43号も渋滞。友人宅のある豊中に着いた頃には日付が変わっていて、淡路島のレストランを出てから4時間経っていました。そこからまたボクたちの家まで送ってもらったので、一日中運転をしてもらった友人家族の旦那さんには大変感謝です。実際にとても疲れている様子でした。

 妻が風邪気味だったので月曜日は家にいました。野菜があったのでここぞとばかりに料理をしたり(たくさん作っておくとあとが楽なのです)、テレビを見たり。さすがに前日の疲れがあったので休息日といった感じの日でした。
 連休最終日は昼前くらいに走りに出ました。1時間走って11.5キロくらい。暑くて来ていた上着を脱いでTシャツ一枚になったけどそれでもまだ暑かったです。しばらく走っていると喉が渇きだして、これまで走っていて喉に渇きを感じることはあまりなかったのでこれからの季節は水分補給に気をつけて走らなければと思いました。ジョギングから帰ってくると妻が掃除をしてくれていて、昼ごはんを食べてから買い物に出かけました。なぜか養殖物より安かった天然の鰤を買って夜ごはんに照り焼きにして食べました。

 ゴールデンウィークはこれまではたいてい妻の実家に帰っていたように思いますが今年は連休が短かったのもあって近場で過ごしたわけです。淡路島はとても良かったのでいつかまた人が集まらないような時期を選んで訪れたいなと思いました。

再び大阪へ

 突然に決まったことなのですが、今週末の連休を大阪で過ごしたあとそのまましばらく留まることになりました。そういうわけで今週は会社の歓迎会・送迎会もあったのでバタバタと荷物をまとめたり東京のマンションを長期不在にするので郵便物を局留めにする手続きをしたりしばらく離れるので走りおさめだと言わんばかりにジョギングしたりしていました。長くて8月末くらいまで、早くても7月末くらいまで大阪にいることになると思います。とりあえず今月末に一週間ほど東京に戻ってくる予定です。
 大阪にはいつものように金曜日の夜に帰ります。連休中に友人家族と淡路島に行くというプランを妻と友人でまとめているようなので何か美味しいものが食べられたらいいなあと今から楽しみです。やっぱり淡路牛でしょうかね。大阪生まれの大阪育ちなので淡路島には子供の頃、夏休みによく親に連れて行ってもらってました。旅館に泊まって海に泳ぎに行った記憶があります。遠浅の海のことをよく覚えているのですがあれは淡路島の海だったんだろうか。
 今年のゴールデンウィークはカレンダー通りだったので火曜日は休みだったけど(歓迎会・送別会の次の日だったので1日寝ていた)、ゴールデンウィークらしいゴールデンウィークといえば今週末なわけです。その連休を前にしてガソリンの値段が安くなる前よりも一段と高く跳ね上がっていますね。うちのマンションの前にガソリンスタンドがあるのですが、4月30日の夜10時くらいに見たときは124円だったのが次の日の朝に見ると159円になっていました。ニュースを読んでいると便乗値上げなんてのもあるみたいですね。
 大阪に帰ったら久しぶりに髪を切りに行こうと思っています。連休中にマッサージにも行きたいですね。そして再び毎朝走る生活に入るのです。気がかりなのはやはり東京のマンションです。梅雨の季節だし暑いのでカビとか虫とかも気になるし、そもそも使い道がないのがもったいないなあと思って。誰か親しい人で東京に行く人がいれば換気がてらに泊まってやってください。

週末を大阪で妻と過ごす。

 この週末は大阪で妻と過ごしました。しばらくはまた隔週で週末を大阪で過ごす生活になると思います。
 いつものように金曜日の夜に大阪に帰ってその日はさっさと眠り、土曜日は朝から夕方まで予定されていたやるべきことをやりました。途中で昼ごはんにロッテリア絶品チーズバーガーを食べてみた。トマトとか野菜が入っていないので食べているときはボリューム感というかいろんな味が一体となって口の中に飛び込んでくるハンバーガー独特の感じがなくて不満に思ったのだけど、食べ終えて店を出てしばらくするとパンもチーズも肉もシンプルだけど美味しくてそれぞれが絶妙のバランスで全体の味を形成していたなあと思い直すのでした。次行ったら同じもの食べるかどうかはわからないけど。
 午後はとある勉強会のようなものに参加して、医師の貴重な話を聞くことが出来ました。実際の現場で働かれている医師の友達も知り合いもいないので、直接話を聞くことが出来る機会はそうそうありません。知らなかったこともたくさんあったし、知っていて当たり前だと思うようなことでも世の中には知らない人もたくさんいて不幸なことが起こっているということも知ることが出来ました。
 そのように夕方までみっちり詰まったスケジュールをこなし、いつも走っていたジョギングコース(遊歩道)まで妻とぶらぶら散歩しました。ボクにとっては今年の初めにしばらく大阪にいたときに毎日のように走っていた場所ですが、妻にとっては駅を越えたそっち方面はまったく知らない場所だったのです。駅からジョギングコースまでの歩いて10分くらいの距離の間にたこ焼き屋が3軒あったのにはさすが大阪だと思いました。
 ボクにとってはそのジョギングコースが『はじまりの地』なのです。そのコースがなければもしかしたらボクはジョギングを続けることが出来なかったかもしれません。1月や2月の朝に手袋をはめずに30分や1時間走ると手の感覚が失われていって思うように指が動かせなかったことを思い出しました。そして4月の夕方の暖かさには脆さも含まれていて、ボクたちは桜を見上げながらゆっくりと歩き、ベンチに腰を下ろしてさっきコンビニエンスストアで買ったそれぞれの飲み物を飲みました。1羽の白い鳩がこちらの様子をうかがうように一定の距離を置いてうろうろしているのを妻が見つけ、ボクたちは乾いてパサパサしたような切れ端は何も持っていなかったので鳩に気に入られることはありませんでした。白い鳩に続いてやがて普通の色をした鳩が来て、その後でのどにたっぷりとした脂肪を付けた態度のでかい鳩が来て2羽目の鳩を威嚇していました。ジョギングをしている人もちらほらといて、そのうちひとりの初老の男性が雲梯で懸垂をするのに触発されてボクもやってみたのですがうまく出来ませんでした。ボクたちがベンチを離れて雲梯の方へと移動した隙にベンチは数人の中年男女にすっかりと占領されてしまいました。ボクはそれを、電線にとまった鳩が餌を見つけるやいなや大群で1箇所に集まってくる様に例え、妻から期待したとおりの突っ込みを引き出すことに成功しました。

sakura

 帰り道にスーパーで買い物をし、家についてから3月25日の妻の誕生日に何も作ってあげられなかったのでレアチーズケーキを作ることにしました。ただどうしても本が見つからず、これまで何度かその本を見ながらレアチーズケーキを作ってきたのですが、仕方なくクリームチーズのパッケージに書いてある分量で作りました。結局、次の日にその本が見つかって、レアチーズケーキ自体はその日の朝に食べて物足りなさを感じていたのだけど、足りないのはヨーグルトでした。夜ごはんを軽く済ませ、久しぶりに夜遅くまで妻となんやかんやと話をすることが出来ました。
 日曜日は昼から妻と買い物に出かけました。車で数十分のところにあるショッピングモールに行って軽く食事をしてからいろいろ買い物。ちょうど食器用洗剤が切れていたのでそれを買ったり、無印でバッグや飲み物を買ったり、ユニクロで妻が春コートを買ったりしました。とても大きなショッピングモールでボクははじめて行ったのですが(妻は2回目)、少なくともボクが求めるようなものは何でも揃うでしょう。妻も気に入っている場所で、ボクも気に入りました。
 家に帰って夜ごはんにあじの開きを焼き、ぶりの照り焼き、小松菜とトマトのサラダを作り、豆腐にポン酢をかけただけの冷や奴とイカナゴの釘煮と雑穀入りのごはんを食べました。9時の新幹線で東京に戻ってきたのですが、道中はしっかりと大江健三郎の空の怪物アグイー所収の短編『不満足』を読みました。
 そういえば週末は花粉症の薬を飲まなかった。マスクはのどを乾燥させないために付けていたけど、花粉症の症状は出ませんでした。寝る前になると咳がひどくなるのは先週からずっと続いています。週末もかなり咳き込んだし、東京に戻ってきてもまだ続いてます。しかし全体的に見ればのどの痛みは徐々に下降線を辿っています。妻が薬局で薦めてくれたのど飴がなかなか良い感じ。南天のど飴はたぶん昔からあるのど飴でよく祖父母の家で見たことがあったけど自分で買ったのははじめてでした。

空の怪物アグイー (新潮文庫)
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花粉症という地獄

 例年にないくらい今年は花粉に苦しめられております。とくに先週の月曜日と火曜日はひどいものでした。ボクの場合、花粉症の症状と言ったら目が痒くなるとか鼻水が止まらなくなるとか上顎の奥の方が痒くてたまらなくなるとかそれくらいの(しかし当事者にしてみれば多すぎるくらいの)ものだったのですが、先週初めにボクを襲うことになったのは激しいのどの痛みでした。風邪をひいたときみたいにのどが痛くてどうしようもなく、でも実際は風邪じゃない(と思う)ので風邪薬を飲むつもりもなくて、花粉症用に買った鼻炎カプセルの効能には『のどの痛み』も含まれているのに症状がまったく緩和されないのです。
 先々週の金曜日に有給を取って4連休を大阪で過ごしたのですが、そのときはマスクをしていただけで薬を飲む必要もありませんでした。そのマスクだってたぶん外しても大きな問題にはならなかったと思います。無防備で表へ出ることへの恐怖から付けていただけのようなもので、家の中では付けてませんでした。一方、東京ではほとんど一日中マスクを付けています。お風呂に入っているとき以外は寝ているときも含めてマスクを付けています。それでものどの痛みは緩和されません。
 潔く薬を飲むようになってからは鼻水に悩まされることもなくなりました。空気清浄機も購入したし洗濯物は部屋干しにしたし帰宅時は念入りに花粉を持ち込まないようにし持ち込んだものも空気清浄機と花粉用のスプレーで除去するようにしたので家の中の花粉の量は劇的に減ったと思います。薬の効き目もあると思いますが家の中でくしゃみが出たり鼻水が止まらなくなったりするようなことはなくなりました。それはとてもうれしいことなのですが、外に出てジョギングできないのがそろそろストレスになりつつあります。先々週の金曜日に大阪で1時間ほど走ったきり、東京に戻ってきてからは一度も走っていません。戻って来るなりのどの痛みに襲われ、薬を飲むようになってからは一日中頭がボーッとしているような気もします。それでもこの週末は勇気を出して走ってみようかと思ったけど土曜日はなんだか体がだるくて花粉も多そうだったし、日曜日の方が花粉が少ないというので昼から走りに行こうと思ったら雨が降ってきたので走れませんでした。もうこうなったら花粉がおさまるまで慌てず騒がず待つしかないのでしょうかね。花粉症のランナーたちはこの時期どのようにして走っているのでしょう。ジムに通ってプールで泳ぐような贅沢もしたくないし、普段より筋トレを欠かさないようにするしか出来ません。
 花粉情報を見ていると常に東京の方が大阪よりたくさん花粉が飛んでいることにもまた憤っています。わざわざ花粉の多い地域にボクは出てきたのかと思うと何とも言えない無常観にうちひしがれてしまいます。これじゃあわざわざ花粉を吸い込みに来たようなものじゃないか、と。
 そんなわけでただでさえ気が立っているしのどが痛くて出来るだけしゃべりたくないので、無意味なことで話しかけられるとそれだけで殺意を感じてしまうようなボクをこの季節だけは許してください。

東京に戻ってきました

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 昨日、大阪から東京のマンションに戻ってきました。年始から2ヶ月弱を大阪で過ごしたことについてはいつかきちんと書ける日が来ると思うのでまたそのときに書きます。
 東京に戻るに際し、年末に大阪に帰って以来なので郵便受けはどうなっていることやら(郵便局には不在届けを出していたけど直接入れられるチラシとか)、部屋は埃だらけなんじゃないか(風呂とトイレの換気扇を回しっぱなしにしていたので空気の入れ換えは出来てたはず)、はたまた1月の下旬くらいにふと思い出した台所の引き出しに入れたままの食パンはどうなっていることやら(しかもまったく手を付けていなかった)とかいろいろと心配な点はあったのですが郵便受けは特にはみ出すことなく内部におさまっていたし、部屋の埃はなかなか掃除しなかった去年と比べて何が違うねんというものだったし、手つかずの食パンは袋ごと捨てれば良いだけでした。
 そういうわけで再びひとり暮らしのスタートです。しかし今年のボクはジョギングと筋トレという習慣を手に入れてパワーアップして帰ってきたので、さっそく今日の夜、はじめて東京の街を走りました。 nike+

今日の大阪は雪景色

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 今日は少しゆっくりめに起き出して10時くらいに出かけようと玄関を出たら雪が降っていました。大阪で雪が降るのは珍しいのですが、これほどしっかりと降るのはもっともっと珍しいです。雪はその後も降り続け、夕方になってもまだ降り続いています。梅田から家に帰る電車の中から見た淀川の河川敷は雪で真っ白でした。
 携帯電話で家の2階のベランダから雪が降るのを撮ってみました。

YouTube - snowing in osaka

 youtube動画をアップしてブログに貼り付けることに。ただ youtube が提供する Embed タグだと XHTML に定義されていない <embed> タグが使われているので、jQuery Flash Plugin を使って埋め込むことにします。

<a href="http://youtube.com/v/9EpYrKI2sjc">YouTube - snowing in osaka</a>
<script type="text/javascript">
$(function(){
  $('a[@href^="http://youtube.com/v/"]').flash(
    { height: 370, width: 450 },
    { version: 8 },
    function(htmlOptions) {
        $this = $(this);
        htmlOptions.src = $this.attr('href');
        $this.before($.fn.flash.transform(htmlOptions));
    }
  );
});
</script>

走ることについて

 今年に入ってから、正月に妻の実家に帰省した期間を除くと、半年ぶりに大阪で生活をしています。
 大阪で生まれてから32年間ずっと大阪で生活をしてきたわけですが、仕事の関係で32歳の誕生日の直後から東京での生活を余儀なくされました。たまたまボクの32歳の誕生日に妻と入籍したので単身赴任となったわけですが、半年の単身赴任の間も隔週くらいで大阪と東京を行き来するような生活を送っていました。この半年でかかった交通費の数値と言ったら! 天文学的とまでは言わないけれど、けして見過ごすことの出来ない額ではあります。
 今は在宅で会社の仕事をしているのですが、東京へは今月末までに戻る予定でいます。東京に戻ったら単身赴任生活に逆戻りなので戻りたくないのですが、このような形でこのままずっと仕事するわけにもいかないのです。大阪で仕事が見つかって働けるようになれば大阪で生活することが出来るわけですが、今の段階では今の会社で働くのが良いと妻からも言われましたしその意見にボクも納得がいきました。
 しかしまあ、大阪での生活は充実しています。充実していることもここを離れたくない理由のひとつです。

大阪が住みやすい街になれば。

 土曜日の午前中、韓国人の友人家族が引っ越し先に物色中の物件を一緒に見に行ってきました。彼らが今住んでいるところから、駅とは反対側に車で5分くらい行ったところにある明らかに最近作られた住宅地で、こちらの独立行政法人が開発したところ。
 大通り沿いにはスーパーマーケットや銀行、病院などもあって生活に困ることはなさそう。スーパーマーケットの駐車場に車を止めてから管理室に行って部屋の鍵とスリッパを人数分受け取る。部屋は敷地の一番端っこにある棟の1階の一番端の部屋。この部屋しか空いていないそうだがその理由も分かるような気がする。それでも家賃はそれなりに高いし、部屋も広くて良かった。1階なのでベランダの外に小さな庭も付いてくる。交通の便を考えると家賃が少し高いと思った。友人家族は他にもいくつか見てみるということでした。
 ところで、友人家族の家探しに付き合ってる自分たちはというと、大阪で借りている一軒家はとりあえず3年を目処にしていて妻と妻の妹が住んでいるし、東京で借りているマンションは今の会社の家賃補助を受けていて、契約上今の会社を辞めたら出て行くことになります。つまりある程度将来を見据えるときに自分たちがいったいどこで生活しているのかということが想像できないのです。これはちょっと問題あるかなあと思ったりして。

富山と大阪で走る

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 今朝目が覚めたらあまりの頭痛と寒気に起き上がることが出来ませんでした。それでもゴキブリなんかになるよりはましだったと思いながらなんとか会社に電話を入れ、体の力を抜いた後の記憶はありません。次に気がついたのは夕方くらいで、その次は夜遅くでした。少しは楽になっていたので簡単に食事を用意して妻と電話で話をしました。
 そういうわけなので今日は Wii Fit はお休みです。これまでほぼ毎日トレーニングを続けていますが、ひとつだけ物足りないのがジョギングです。部屋の中で30分足踏みしているのがどうも物足りなくて、それで年始に妻の実家の富山に帰るのをきっかけにしてジョギングを始めてみようかと思っています。今住んでいる東京のマンションの近くでジョギングに適したような場所があるかどうかよく分からないのですが(車の通りの激しい大通り沿いを走る気にはなれないし)、少し離れたところには川があるのでそこまで行けば走れるのかもしれない。でもまあ年末まで短いこともあるし、年明けからはしばらく大阪で暮らすことになるので、大阪の家は近くに川が流れているので毎朝走ってやろうかと思っています。大阪にはとりあえず1ヶ月いるということになっているけど、成り行き次第ではどうなるかわかりません。いろんな事情が絡んでいて簡単に決断を下せないわけですが、物事をシンプルに考える=何が一番大事かと考えるならば結論はもうすでに出ています。
 Wii Fit を続けてみて日々の積み重ねが目に見える形で残っていくのが楽しいなと思ったのと、部屋で30分ジョギングしていても音楽を聴いていないと退屈だったので、Nike + iPod をほとんどはじめて真剣に見てみたのですが良さそうですね。そういうわけなのでジョギング用に iPod nanoNike + iPod Sport kit を購入しようと思っています。アームバンドも買って、あとはジョギング用のシューズを買わないといけないのですが、Nike の靴を買うべきかどうかで悩んでいます。Nike の靴じゃなくても iPod Sport kit靴に取り付けることができるようなので。でもいずれにせよジョギング用のシューズは買うつもりです。
 運動をはじめたのは体重を落としたいということもあるのですが、体力や筋力を付けたいという方が大きな理由です。何事も集中力を持続させるためには体力が必要だろうと思ったからです。やりたいことをやるためには集中力が必要で、だいぶ出遅れてしまいましたがまだ間に合うんじゃないかと思いました。

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冬とホットケーキ

 12月ももう数日経ってしまいました。寒い日が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか。ボクはというと、金曜の夜から週末を大阪に帰って過ごしていたので12月は大阪で迎えました。
 12月最初の日の土曜日の午前中に用事を済ませてから、妻と家の近所のたこ焼き屋で昼ごはんを食べたのですが久しぶりに大阪らしい店に行くことが出来たので大変良かったです。たこ焼きやお好み焼きを買って帰ることも出来るけど店内には真ん中が鉄板になったテーブルがふたつあってメニューにはうどんなんかもあります。ボクはお好み焼き定食を、妻はたこ焼きときつねうどんを注文したのですがボクもたこ焼きを食べたくなったので(お好み焼きが焼けるのには時間がかかるけどたこ焼きはもう焼けている)多めに注文することにしました。これぞ大阪の下町のたこ焼きというようなたこ焼きでした。美しい味ではないんだけどボクの味覚にはおいしいのです。それでふたりの胃には肝心のうどんやらお好み焼き定食やらを入れるスペースがなくなってしまいました。もったないことしたなあと反省しながら家に帰って大日本人 DVD の初回限定版に付いている未公開シーンばかり集めたのを見ているうちにふたりとも眠ってしまってました(初回限定版に付いてくるメイキングとか未公開シーンを見たかったのです。この映画がどのようにして作られていったのかということの一端が垣間見られるのでお奨めです)。
 夜になってテレビを見ていたら番組の趣旨とはまったく関係のないところの描写に影響されてホットケーキが食べたくなったので近所のスーパーにホットケーキミックスを買いに出かけました。その番組では現代人が日々の生活においてどれだけの二酸化炭素を排出しているかという警告を視聴者に与えるものでしたが、たまたまサンプル家族としてとりあげられていたアメリカ人家庭の食卓にパンケーキが登場したのでした。夜も遅かったのでホットケーキは翌日の朝ごはんにすることにしてその日は就寝。

 日曜日の朝は7時台に起きてホットケーキを作って食べました(どうってことない味)。妻は会社の引っ越しのために新しい方のオフィスで荷物整理をするために出かけていきました。休日出勤の妻を送り出した後でボクはもう一度布団に潜り込んで(床暖房とカーボンヒーターと加湿器をもう一度オンにして)眠りました。昼過ぎに目が覚めたときには汗をかいていましたが、シャツの中で汗は冷たくなっていてヒンヤリとした感触と暖房器具がもたらす熱との両方を感じることになったわけです。しばらくして妻が帰ってくるとボクは荷物をまとめて梅田に買い物に出かけました。先々週くらいに靴をプレゼントしてくれた妻にダウンジャケットをプレゼントしました。寒い冬を乗り切らねば。
 スープ屋さんでスープを飲んで、カンテでお茶を飲んでボクは新大阪へ、妻は今しばらく買い物をしてから帰るとのことでお別れとなりました。東京へ戻る新幹線では半分くらい眠って、あとはベルセルクを読んだりぼんやり外を見たりしてました。そのときに思ったのは新幹線の線路には踏切がないのだろうかということと、エクスプレス予約を利用し始めて10回目の東京・新大阪の往復だったので次に利用するときはグリーン車だなということでした。

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 先週一週間を丸々休んで大阪に帰っていたのですが、休日は妻とか妻の妹と出かけたりしたとして、平日は基本的にひとりで過ごさねばなりません。それで何をしていたかというと外出半分、インドア半分という感じでした。
 大阪の街を思う存分(イコール、足が動くまで)歩きたおしたのはすでに書きましたが、その他の大きなイベントとしては約半年ぶりに髪を切りに行ったことでした。妻と同棲をはじめたマンションの近所にあった美容院に通っていたのですが、最後にそこで髪を切ってもらったのが東京に引っ越す直前で(ああ、それはボクの誕生日で市役所に婚姻届を提出した日だった)、それ以来、髪は日々伸びていきボクは東京で新しい美容院を見つけることが出来ずにいました。まあただの横着なわけですが。
 先月の帰阪の際に行こうと思っていたのですがちょうど美容院が改装工事に入っていたので行くことが出来ず、その後、今月に入って妻が友達と行った話を聞いて(『広くなっていた』)今度こそはと思いを募らせていたわけです。ボクが東京に出てきた1ヶ月後に大阪の家を引っ越してからは一度も足を運ばなかった土地に再び向かうと言うことでボクは少なからず興奮を覚えていました。ボクはそういう類のことに興奮を覚える質なのです。前にも書いたかもしれませんが、その土地ではボクたちはたくさんの苦労を経験しました。それらの苦労が着実に今の実りに結びつくようにボクたちは必死に生きてきたわけです。ボクと妻の働く時間が逆転していて一緒に住んでいながらほとんど会話を交わすことのない時期もありました。たくさんの喧嘩もしたし、世界の中心ではないけど大阪府の東端っこの方でいろんなことを叫んだこともありました。妻と暮らしはじめたところなので思い入れもあるし、5ヶ月ぶりに久しぶりに乗る大阪市営地下鉄に揺られながら、自分たちのことしか考えていないおばはん3人組みに座ることを散々妨害されながら、久しぶりに降り立ったかつては毎日利用していた駅、そしてかつては毎日そこで生活していた土地に降り立つと、何も変わっていなくて驚くようなことは何もなく、そしてボクはもうすでにそこの人間ではなくて余所者になったような気になりながらもそんなことはボク以外の誰も気にかけていなくてただの独りよがりなわけで、ただボクはそのような独りよがりを覚えてしまうのだった。ようするに、地下の駅から地上に出てもあたりは何も変わっていなくて、ただ駅前に立つかつての我が家(地上に出たところからマンションは見える)のベランダには見慣れぬ簾が立てかけられてあったというただそれだけのことなのでしょう。
 美容院は改装を終えすっかり広くなってました。広くなって間取りも変わって設備も変わって、変わってないのは人だけ。まるではじめて入る店みたいだったけど、知ってる顔をそこに見て向こうがボクのことを知っているという態度を見て安心しました。いつも髪を切ってもらっている同年代の男性美容師の一言目は『伸びましたね』、二言目は『太りました?』だったと記憶していますが実際には『いらっしゃいませ』とか『お電話ありがとうございました』とか『yosshi さん』とか(yosshi とは呼ばないけど)言ってたと思う。ずっと通っている美容院に足を運ぶことの利点はもちろん過度の説明を要求されないということでしょう。『いつも通りに』とか『いつもより少し長めに』とか『いつもほど短くなくて、でも軽めで』とかそんな曖昧なリクエストが通じる(通じざるを得ない)のですから。近未来的な洗髪台では洗髪員(と言うのか)の動作のぎこちなさを感じながらも半年間延び放題だったのをすっきりとしてもらって美容院を出て、さてどうしようか、久しぶりに少しあたりを散策してみようかと少し思ったけど実際に取った行動は本町にあるマッサージ屋さんに予約の電話を入れることでした。
 さっさと本町に移動して指圧マッサージを受けました。頻繁に訪れるわけではないですが数年来通っている店です。はじめて訪れたときから担当してくれていた方が出産のために退職すると知ったのが1年前くらいだった気がしますが、マッサージ後のお茶をいただきながらその日担当してくれた人から、そのかつてボクを担当してくれていた方が来週くらいに復帰するという話を聞きました。なんという奇遇とすれ違い! 偶然がもたらす驚きはいろんなところに潜んでいます。

 インドアだった日は久しぶりに大阪の昼のテレビ番組を見ながら PHP のフレームワーク symfony を触ってみたり、貿易関係の仕事をしている妻が会社で共同購入したボジョレを飲んだりと大変ゆっくり過ごしました。

 久しぶりに一週間以上大阪に帰って思ったのはやはりボクは大阪の人間だということです。大阪は居心地が良い。それはボクが大阪の土地や人間を知っているからかな。それなら知らない土地にはボクのまだ知らない新しいことがたくさんあるということになるしその通りだと思う。本当にそうなのかと詰問されると答えに窮するけど、それはボクがこの新しい土地でほとんど出歩いていないからかもしれない。家の中にいてネットに繋がっていれば世界の何処にいてもほとんど同じようなものでしょうから。
 しかしボクは大阪に詳しくて大阪が好きだなあと我ながら思った九日間でした。

職を捨て平日の昼間に町へ出よう。

 おかげさまで風邪もずいぶんましになりました。今日なんかはもうほぼ完治したという感じです。だけどここで油断してまたぶり返すのはイヤなので体を温かくすることを心がけています。最近はずっと日中も寝るときも腰とお腹に使い捨てカイロを貼っていました。そして昨日からは湯たんぽを導入しております。ローテク万歳。
 明日の夜に大阪に帰るので荷造りをしていました。丸々一週間帰るので着替えだけでも荷物はいっぱいで Wii を入れるスペースを確保するのに苦労しました。寒くなってくると夏とは違って衣類だけで荷物が嵩みますね。。。しかしまあ明日1日ガマンして働けば(荷物は重いけど)さっさと大阪に帰って、しょうもないことから遠く離れることが出来ます。
 ボクは思うのですが、何かをやるたびにどっかから誰かが出てきてしょうもないことを言われるとしたら、元々やっていたことがそれほどキライじゃなくてむしろ少しは好きなくらいだったとしても、そのことをやるのがイヤになるものなんでしょうか。それらが不可分だという前提の話です。きっと初めのうちはしょうもないことの方を気にしないようにしようとすると思うのですが、それが着実にボクの中にストレスを蓄積していき、やがてある一線をそれが越えたときに元々やっていたことを続けるのをやめてしまうのかもしれません。ボクがまだもっと若くて右も左もわからなかったころはその一線を自分で見極めることが出来なくて苦労しました。今ではむしろいつでも自らの自由意志でその線を引くくらいの覚悟でおります。もし毎日のようにストレスを与えられる環境があったとしたら、たぶんこの世の中の何処を探してもそこに留まるべき理由は見つからないと思うのです。
 さて、この一週間で何かが変わるのだろうか。未来への不安で胸はドキドキワクワクで一杯です。

 今週末から丸々1週間大阪に帰るのですが、やらないといけないことはたくさんあります。とりあえずは5ヶ月ぶりくらいに髪の毛を切るのと、こちらはこのまま放っておいても仕方がないので歯科に行って親知らずの状態を見てもらわなくてはなりません。
 親知らずを抜くのはとても恐いのですが(この話をするとほとんどの人がボクを脅してかかります)、左下奥の親知らずが斜めというかほぼ横向きに生えていて定期的に痛むのです。また、以前一度行った歯科では、斜めに生えているので横の歯が押されてそのせいで歯並びも崩れてきていると言われました。初回はレントゲンを撮って左下奥の歯が斜めに生えていることを見せてもらったのですが、次に行ったときに親知らずは4本とも抜きましょう、斜めに生えているのは抜きにくいので抜きやすいのから抜いていきましょうと言われたので、それ以来足を運んでいません。問題のある歯が抜きにくいからといって、どうして問題のない歯から抜いていくのかまったく意図が分からなかったからです。
 そのようにボクはその歯科をうさんくさく思っているわけですが、それにはもう一つ理由があります。最初に行ったときは若い歯科医に診てもらっていて2回目に行ったときも初めのうちは同じ歯科医に診てもらっていたのですが、途中で院長か何か知らないけど偉そうなおっさんが診察室に入ってきてボクの口の中を見始めるとその若い歯科医はほとんど棒立ちなのです。診察中のところにどっかからやってきたおっさんがちょちょっと口の中を見て、すぐにふいっとまたどっかに行ってしまうようなそんな対応も患者の不信感を煽る以外の効果はありませんでした。待合室にはなんかの賞状とかが額に入って飾ってあったし、今思えば一番はじめに電話で予約をしたときにもわざわざ院長は学会か何かでいないが良いかとか言ってたなあ。一度不信に思ってしまうとあらゆる細部がそれをより強固なものにしようとしてくるものなんでしょうか。

 知り合いからいろいろ聞いて大阪で良さそうな歯医者を捜しているのですが、特に親知らずの治療をするのに良い歯医者を知っているという方がいらっしゃれば是非とも教えてください。よろしくお願いします。

映画とテレビドラマ、大阪から東京へ

 珍しく早起きしたので朝からコーヒーをいれてみたんだけどコーヒー豆が新鮮じゃなかったみたいで少しだけ残念な気分になりました。しばらくはこのコーヒー豆でコーヒーを作って飲まないといけないのでガマンして飲むことにします。はやくこのコーヒー豆を消費してしまって、次に買うときには鮮度を優先度高にして豆を選びたいと思います。

 大阪に帰っていた先週末の日曜日は明け方近くにカラオケから帰ってきたので昼過ぎまで眠りました。午後もなんとなくゆっくりと過ごして出かけたのは夕方近く。梅田に出て買い物を済まし、久しぶりに妻と映画を見に行きました。パンズ・ラビリンスという映画を見てきたのですがなかなかおもしろかった。現実と空想の世界というテーマは取り立てて新鮮ではないと思うけど、そこから目をそらしたかったはずの辛く厳しい現実と対比されるべき空想の世界も映像的にはなかなかグロテスクで現実と同様に辛く厳しいものだった。まあマッチョな男が傷つけられるのを見るのは爽快だったし、空想の世界のはずなのにやけにリアルで気持ち悪いくらいの妖精の描き方も興味深かった。
 歯が痛かったので帰りに薬局でバファリンを買ってさっさと家に帰りました。

 月曜日は妻は仕事。ボクは東京に戻るのを月曜の夜にするか火曜の朝にするかでまだ迷っていたけど、昼過ぎに起きだしてテレビを見ながらのんびりしているうちに火曜の朝に東京に戻ることにして、夜ごはんを作ることにしました。夕方に近所のスーパーで買い物をして豚肉とイカとキムチを炒めました。なかなかおいしかった。
 妻が寝たあとでテレビの深夜番組を見ていたら私の名前はキム・サムスンをやっていた。最後まで見たかったけど次の日は早起きしないといけなかったのでテレビを消し眠りにつきました。
 火曜の朝は妻と一緒に家を出て途中で妻とわかれボクはそのまま新大阪から新幹線で東京に移動し会社に行きました。新幹線では途中までは起きていたけど後半は完全に眠ってました。

妻の実家の法事

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 先週末、妻の祖父の法事のため実家のある富山へ行ってきました。法事は日曜日にあったのですが、ボクたちは土曜日のうちに富山に行っておくことにしたので、その前日の金曜の夜、仕事を終えたその足で大阪に帰ることにしました。大阪に帰るチャンスがあれば極力逃さないようにしようと思っています。
 そのようにして金曜の夜に大阪に帰ったら富山から妻の妹の友達が大阪に来ているという。土曜日に大阪であるライブに妹と一緒に行くためというのが理由らしくて、ボクは新幹線では何も食べなかったので4人でファミレスに食事に行きました。近くのテーブルにいた男女2人連れの客をネタにあーだこーだとあることないこと言ってるうちに(そのうちのいくらかは当たっていた)お腹もいっぱいになったので帰って寝ることにしました。
 土曜日の昼に梅田でお好み焼きを食べてからサンダーバードで金沢へ。妻のお母さんが車で迎えに来てくれました。実家に着いて夜ごはんに寿司を食べながらテレビを見たりして、大阪から最終のサンダーバードで帰ってくる妻の妹とその友達を迎えに金沢へ向かいました。ボクたちの方が少し早く着いたので閉店間際の駅前のスターバックスで温かい飲み物を買ったのだけど、ボクだけが半袖で冷たい飲み物を買った。みんな寒いと言うけどボクにはちょうど良い気候だったのです。
 妹と友達を乗せて実家に戻り、次の日の法事に備えて念のため礼服に袖を通してみる。最後に使ったのが今年の4月だったの思うけどそのときよりもウエストは成長していたようです。でもまあ無事入って良かった。

 10時から法事だったので8時過ぎくらいに起きました。朝ごはんを食べて、着替えてとしているとあっという間に時間に。小一時間くらい正座していたら足はすっかりしびれてしまいました。法事の後の食事会をやまびこ荘というところでやるらしく、なんとマイクロバスの送迎付きでした。というわけでバスに乗ってやまびこ荘へ。控え室と食事をする部屋とが貸し切られていました。
 法事ということで妻の親戚の方もいたので、また結婚祝いをいただいたりもしていたので、そのお礼も兼ねて結婚の報告なんかをしたりしました。真面目に挨拶したらあとで妻のお母さんに『オチがなかったね』と言われてしまったけど……。料理もおいしくてひたすらお酒を飲んでいました。見聞が広くて話のおもしろいおじさんがいたので退屈することはなかったです。3時くらいにお開きとなって再びマイクロバスで家に戻りました。
 やっと服を着替えて楽な格好になり、しばらくは親戚のおじさんと世間話をしていたのですがおじさんたちが帰って行って妻のおばさん夫婦とその子供(妻のいとこたち)だけが残り、ボクたちはその日のうちに大阪に帰ろうかと思っていたのだけど、いとこのうちの唯一の男の子がホッケーの選抜試験で神奈川の方へ行っていて夜に戻ってくるというので大阪へ帰るのを次の日に延ばすことにしました。それでどういう話の流れかわからないけど夜ごはんにパエリヤを作ることになって材料を買いに近くのスーパーへ。サングリアを妻の妹が作って、パエリヤはボクと妻とで作りました。両方ともまあまあおいしく出来たんじゃないかと思います。選抜試験に行っていたいとこも帰ってきて話を聞いたのだけど結果はまだ出ていないということでした(これを書いている今でもまだ出ていないのかな?)。

 月曜日の朝は早起きして大阪に戻ることにしました。金沢の駅についてボクと妻は切符を買いに、妹とお母さんがスターバックスで飲み物を買いにと二手に分かれ、最後は走ってギリギリサンダーバードに乗ることが出来ました。指定席の車両とは違う車両に飛び乗ったので電車の中を歩いていたのだけど、ある車両と車両の間が通れないということでしばらくは自由席に座っていました。少しして通り抜けられるようになったので自分たちの席へ。その車両には子供連れが多くてわりとにぎやかだったのですが、普通は子供が泣き出したら親がまわりの人に気を遣って子供を抱いて車両の外に連れ出したりするものだと思っていたのが、ちょうどボクたちの後ろの席の親はそのような考えの持ち主ではなかったようでたいへんうるさかった。マナーの悪い親だったのだけど、それでもボクたちは眠くてほとんど寝ていました。
 大阪について、薬局と阪神百貨店で少し買い物をして家に帰りました。3人でビールや杏酒を飲んで、夜ごはんにはボクが見様見真似でホワイトソースのパスタを作りました。まあそれなりにおいしかったです。
 で、最終かその一本前の新幹線でボクはひとりで東京に戻りました。戻りたくなかったけど戻らないわけにはいかなかったので。

墓参りと祖母の家

 音博の前日の土曜日に梅田でオイスターバーに行ったことを書くのを忘れてました。生まれて初めてのオイスターバーで食べた新鮮な生牡蠣は聞いていたとおりクリーミーでとてもおいしかったです。梅田といえば前職の職場があった場所なので久しぶりに入ったカンテみたいな店が新しい職場の近くにもあればなあと思ったのでした。ホントによく通っていたからね。連日行くこともざらにありましたから。

 音博の次の日は妻とふたりでボクの祖母を訪ねました。お盆に行くことが出来なかったので、お墓参りも兼ねて行くことにしたのです。
 家を出たのが遅かったのと、お墓参りの道具(ロウソクや線香や)や祖母への手みやげにドーナツなんかを買っていたら夕方くらいになってしまいました。雨がポツポツと降り出した中を妻とふたりでお墓の掃除をしてロウソクと線香に火を付けてとしているとなんだか不思議なもので自分が結婚したのだと再認識させられました。
 お墓を出て近くに住む祖母の家へ。妻を祖母の家に連れて行くのははじめてでした。ひとりで暮らしている祖母は膝が悪くて歩くのもおぼつかないのに、ボクたちふたりに冷蔵庫から缶コーヒーを出してきてくれました。ボクたちは仏壇に手を合わせて祖父に挨拶をし、手みやげに持ってきたドーナツを3人で食べながらなんともつかない世間話をぽつりぽつりとしていたのですが、どういう話の流れからかボクの昔の写真を見ることになってそれからは箪笥の中にしまってあった写真を片っ端から見ていきました。ボクの小さな頃の写真なんてそのうちの数枚しかなかったのですが、それらの写真を見ているうちに祖母は祖父とけっこういろんなところに旅行に行っていたのだということを知りました。いろんな風景を後ろにしていても常にふたりで並んでこちらを見ている祖父と祖母を写真の中に見ていたり、また祖母と妻が話しているのを聞いていると妻を祖父に一度も会わせなかったことを少し後悔しました。そのときも3人で話したのだけど特に祖父は孫の中でもボクをかわいがってくれたので、その祖父にボクは何も返すことが出来なかったんじゃないか。
 祖母の家をあとにするということは祖母をひとりで残していくことを意味していたのだけど、それでもずっといるわけにはいかないので正月には必ず来ると約束をして(それまでにも行けるなら行こうとは思うけど約束は出来なかったから言わなかった)あとにしました。ボクはその日の夜に東京に戻れれば戻ろうと思っていたのですが、思っていたより時間も遅くなってしまったし家に戻ってからもやらないといけないことがあったので(荷物の整理をしないといけなかった)東京へは次の日の朝に戻ることにして祖母の家からの帰り道の途中にあった焼き肉屋で夜ごはんを食べました。チェーン店のオーダーバイキングの店だったのですがなかなかおいしかったです。
 家に帰ってから妻の祖父の法事で必要なネクタイを探したのですが見つけることが出来ず、諦めてビールを飲んで寝ることにしました。ネクタイは結局それから数日後に妻があっさりと見つけてくれたのですが、そのときボクが何度も見た衣装ケースの中にあったそうです。おかしいなあ。何度も見たはずなのに。

 次の日の朝、妻と一緒に家を出て梅田に向かう電車の途中の駅で妻は乗り換えていきました。ボクは新大阪を出た瞬間に眠りに落ちたので一瞬にして大阪から東京に移動するという感覚を味わうことが出来たようなわけです。

金曜の夜のあるべき姿

 洗濯機で洗濯物を洗うための洗濯洗剤が切れているなんて序の口でそもそも洗濯する時間すら切れているような生活を送っておりますが、それは天候のせいもあると思うので具体的に何のせいというのはフェアではないという気もします。
 それはそうとして、2週間前に大阪に帰った週末のことを書きたいと思います。

 週末に大阪に帰るときはボクはだいたい金曜の最終の新大阪行きの新幹線を利用します。理由はいくつかあって、まず出発を土曜にしたら金曜は遅くまで仕事する羽目になるし、そうなったら今度は土曜の昼くらいまで眠りたくなってしまうし、そうなったら今度は大阪に着くのが土曜の夕方とかになってしまうし、そうなったら貴重な土曜日の3分の2ほどが失われてしまうからです。そしてもうひとつの理由は新大阪行きの最終の新幹線がN700系だからです。窓際の席を取れば電源を確保できるし、何はともあれ新しい座席に腰を落ち着けるというのは選択肢としては選ばない理由がないというものです。正直いって既存の車両との具体的な差異は実感できないのですがこのときははじめて窓際の席に座ることが出来たので、品川から新大阪に向かう道中はずっと MacBook24 のシーズン5を見ていました。電源があるのでバッテリーを気にすることなく安心して見ることが出来ます。MacBook に携帯電話を USB で繋いで充電することも出来ました。あれでネットに繋がればなあと思うのですが、それらしきネットワークがいくつか見えてはいたのでそれも時間の問題なのかも知れません。
 ともかくそのようにして新大阪に着いて、そのまま JR で大阪駅に向かいました。最終の新幹線で行くと新快速の乗り換えにちょうどなのです。ゆっくり歩いていると間に合わないくらい、あせって少し走ってみるとゆとりがあるくらいの乗り換え時間です。いつもそれで大阪まで行っても結局は阪神梅田駅で普通電車の発車を待つことになるのですが。今回から JR 西日本のエクスプレスカードとスマート ICOCA を利用しているので阪神梅田駅でも切符を買うことなく改札を通り抜けることが出来て便利でした。普段は東京で PASMO を利用しているのですが、東京と大阪の両方の私鉄で使えるカードがあればもっと便利なのになあと思います。
 家に着くと妻が出迎えてくれて、昔の会社の同僚から結婚祝いの品が届いていました。開けてみるととても素敵なグラスだったので妻と近所の24時間営業のスーパーにビールを買いに行ったのですが、ちょうど帰宅途中の妻の妹とすれ違いました。妹はイヤフォンで音楽を聴いていてこちらの呼びかけにはまったく気付かずに通り過ぎていったのですが……。妹の分のビールも買って家に戻って、立派なグラスに注いで3人で乾杯となりました。
 そのような金曜の夜を過ごすのはとても久しぶりのような気がしました。

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