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最近、最近、今週末

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 最近昼夜を問わずに仕事をしているのでこうして夜中に家で macbook に向かっていると気分転換にブログを書くことが出来て、それはまあ良いことだなあと屈折した思いを抱いてしまったりしています。

 最近 Nintendo DSゼルダの伝説をネット対戦するのが楽しいのですが、ふとテトリスマリオカートのネット対戦を久しぶりにしてみようと思って繋ごうとしたら繋がらない。ゼルダもレイトン教授もちゃんと繋がっているのでゲームによって繋がったり繋がらなかったりするのが解せないのですが、ネットでちょっと調べてみたら同じような記事に出くわしました。
 Nintendo DS を AirMac Extreme の TSN で使う方法 (Wonderful Miyashita’s House)
 ルーターも同じで(AirMac Extreme)セキュリティ設定も同じ(Transitional Security Network)なのですが、このエントリーでは無事つながったと書いてあります。ボクの場合はコメント欄のこのコメントと同じ症状のようです。ゼルダは繋がるけどマリオカートは繋がらない。ゲームによって繋がったり繋がらなかったりするんでしょうかね。ファイナルファンタジー3も繋がりました。ルーターのセキュリティをパスワードなしにしたらどのゲームでも繋がるのできっと AirMac Extreme の Transitional Security Network との相性に問題があるのでしょう。

 今週末、大阪から妻が上京する予定だったのですがボクの仕事の都合で中止となりました。来週末もボクの仕事の都合でダメなので妻との東京巡りは再来週に延期。まあ再来週は3連休なので良いかなと思って。その次の3連休はくるり野外ライブで京都に行くので楽しみです。大阪にも帰ることが出来るし。

妻の実家に帰省、流れ星と北斗七星

 2日間のサマーソニックを満足のうちに無事終え次の日、7時20分梅田発の金沢行き高速バスに乗らないといけなかったので5時台に起き慌てて出かける用意をしました。妻の実家の富山に帰省するわけですが、妻の妹はバスのチケットが取れなかったので大阪から金沢までサンダーバードか雷鳥かの自由席で向かうということでした。まあ大阪発なので時間に余裕を持って行けば座れないことはないだろうということです。ボクたちが7時20分に大阪を出て金沢には12時過ぎに着く予定だったので妻の妹も同じくらいの時間に着くようにということで、ボクたちは一足先に大阪の家を出て阪神電車に乗って梅田へ。バスの時間にもギリギリだったので少し焦りましたが無事乗ることが出来てバスは発車しました。
 しばらくは久しぶりに見る梅田の町並みを眺めていたのですが新御堂に乗って千里ニュータウンに向かうというバスのアナウンスがあったのを最後に、ボクの記憶は両手ですくい上げた乾いた砂のようにこぼれ落ちていきます。大阪から金沢まで、途中で何度かサービスエリアで休憩が取られ妻にも外に出ないかと言われた記憶はあるのですが、ボクは大阪で座席に腰を落ち着けてから金沢に着くまで一度もその席から立つことはありませんでした。それどころかバスは渋滞に巻き込まれ(しかしどのあたりで渋滞に巻き込まれたのかはわからない)予定より1時間半以上遅れて目的地に到着したにもかかわらず、その道中があっという間だったという印象をボクは抱いてさえいたのです。つまりボクはほとんど寝続けていたわけです。
 金沢に着き、金沢駅横のスターバックスで妻のお母さんとおばあちゃん、そして別のところにいた妹がやってきて昼ごはんを食べに車で移動しました。金沢から富山の妻の実家に向かう途中にある自然食の食堂(レストラン)。前にも一度来たので2度目の訪問となりました。五箇山の豆腐や豆乳を使った料理が目立ってました。素材の味を生かした料理はとてもおいしくて、ここ1ヶ月ほどの東京での食生活から比べてみればまさに天と地ほどの差がありました。料理の味わいが楽しくて、おいしい料理はたぶんたくさんあるだろうけど食べていて楽しい料理はあまりないんじゃないかなと思ったりしました。
 妻の実家に帰る途中でスーパーで買い物をして、妻はすぐに友人の家に生まれたばかりの赤ちゃんを見に行ってしまいました。ボクはテレビで江戸幕府の裏側みたいな番組を見ながら(9代将軍が実は女性だった、とかなんとか)うとうとしたりしてました。やがて妻が戻ってきて豪華な夕ご飯をいただき、すっかり暗くなった中を家族みんなで歩いて5分くらいかけて墓参りに行き、帰り道に妹が自転車でこけて、それから家の前の車庫の前にゴザを敷いてその上に寝転がって星空を見上げました。寝ころぶとアスファルトが日中に蓄えた熱が伝わってきました。流星群が見られる時期だったわけですが、確かに流れ星はいくつか見ることが出来ましたが、それよりも『北斗七星はどこだ』という課題が与えられ流星群はすっかり主役の座を奪われる格好となりました。途中で妹の友達も参加して(すっかり家族の一員だな)でも彼女は風邪気味で夜に野外で横になって大丈夫かと思っていたんだけど、星もぽつぽつとしか流れないしもちろん北斗七星も見つからなくてみんなうとうとしはじめたので深夜過ぎてお開きとなりました。ボクは外では寝なかったけど家の中ではよく眠れました。

サマーソニック2日目

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 サマーソニック2日目、ボクの目当ては何と言っても Travis でした。はじめて Travis を聴いたのがどのような経緯でいつのことなのかもう思い出せないけれど、ボクにとってはとても重要なロックバンドであることにはかわりありません。しかし Travis はソニック・ステージのトリだったのでそれまで十分時間があったのです。
 この日も会場に着いたのは正午付近でした。前日にコンビニで駐車場のチケットを購入していたので安心して車で行ったのですがステージから一番遠い駐車場で偶然にもボクが学生時代にアルバイトをしていたまさにその場所でした。今年からサマーソニックの大阪の会場が南港から北港に変わったのですが、この舞洲という埋め立て地でボクが大学生の頃にアルバイトをしていました。駐車場に向かう途中に懐かしい光景を目にしたというわけです。
 2日目もまずはオーシャン・ステージを素通りしてオアシスに向かいました。ボクも妻もまず最初の目当ては CSS だったので時間があったのです。前日見ることが出来なかったグッズ売り場を見て回ったりして、焼きそばを食べたりしながら何となく聞こえてくるお笑いステージのことが気になりだして見に行ってみたら、中山功太勝山梶(というよりムーディー勝山)を見ることが出来ました。
 オーシャン・ステージでは B’zの演奏がはじまっていたのですが興味がないわけでもないのだけどかといってあるわけでもなく、それでもなんとなく見ておかないといけないという根拠のない何かに突き動かされるようにしてステージに行ってみるとトリでもないのにものすごい数の人がいました。その日そのステージで Avril Lavigne を見た妻曰く『アブリルよりも B’z の方が人が多かった』そうな。B’z すごいな、と思いました。
 ともかく B’z を素通りしてダンス・ステージに向かいました。そういえば駐車場からまず最初に向かったのがダンス・ステージだったのでした。とりあえず下見しておこうということで行ったときに演奏していたのは The Young Punx!、少ししか見なかったけどなかなかよかった。CSS に備えてひとつ前のステージから足を運んだのですが、Digitalism のことはまったく知りませんでした。すごい人で人気なのは分かったのですが、その音楽については複雑な気分。けしてキライではないのだけどとくに目新しくないというか、あまり気持ちよくなかった。そして CSS はこの上なく良かった。音楽もカッコイイし、主にボーカルの人のパフォーマンスも素晴らしかった。けして演奏がうまいとは言えないのだけど、でもやろうとしていることがシンプルなので聴いていてとても気持ちが良かった。終了後、他のステージに移動しようと歩いていたらダンス・ステージの裏に CSS のメンバーがいるのを発見。しばらくそこにいたらボーカルの人が近寄ってきてサインしたりしていた。他の人が身を乗り出したりしてボクは少し後ろに下がっていたのだけど、妻はちゃっかり握手してもらっていました。あとで家に帰ってネットを見ていたら日系ブラジル人なのですね。なんとなく親近感を覚えるのはそのせいなのか否か。
 CSS のあとはオーシャン・ステージに移動して Gwen Stefani。ボクはまあ興味がないのでかき氷を買った彼女の横でビールを飲みながらなんとなく眺めていて、さて、いよいよ今年のサマーソニックの目的である Travis に備えてソニック・ステージに移動することにしました。妻はそのままオーシャン・ステージに残ってアブリルBlack Eyed Peas を見ることに。
 ソニック・ステージにはそのときはじめていったのですが、2階席が座席で空調も効いているとは知りませんでした。休んでいる人がたくさんいたし、ボクも Travis のひとつまえの Modest Mouse の演奏中は休ませていただきました。Travis のステージはアリーナに降りていこうか迷ったけど、2階席の正面一番奥から落ち着いて見ることにしました。ロッキーのテーマで入場するとは思わなかったけど、演奏は期待以上のものでした。とてもよかった。そしてボーカルのフランの人の良さが曲の合間合間に感じ取れた。残念ながら一番新しいアルバムを聴いていなかったのでこれから聴いてみようと思います。いくつかの曲を2階席の一番奥で熱唱してしまいました。
 お互いに別のステージで2日目を終えるので駐車場に停めた車で待ち合わせたのですが、駐車場に向かう途中で後ろから妻に声をかけられました。メインであるオーシャン・ステージで前の方に行っていたら外に出るのにも時間がかかると思ったいたのだけど、実際はそんなに前には行かなかったみたいです。それでも車に乗ってから1時間くらいしてようやく舞洲を出ることが出来ました。ボクたちが大きな橋を渡る直前にもシャトルバスにはまだ長蛇の列が出来たままでした。来年もまた同じ場所で開催するなら交通手段をなんとかしてもらわないとですね。
 家に帰ったらリビングの電気がついたままで誰もいなくて変だなと思ってたら妹がやってきて『黒いヤツが出たので逃げた』というので殺虫剤で退治しました。帰りにコンビニで買ったインスタント焼きそばを作って食べたりしながらいかに CSS が良かったかを妹に熱く語り、次の日はその日や前の日よりももっともっと早く起きなくてはいけなかったので興奮を抱えたまま眠りに落ちました。

サマーソニック初日

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 金曜日の夜の最終の新幹線で半ば無理矢理東京を脱出して大阪に帰ってきたわけですが、これまでとは違う大阪の新居にたどり着いたころにはすでに時計の針は次の日を半周くらいまわっていました。2週間ぶりに再会した妻と語らいながらも次の日も朝が早かったので妻の妹の帰宅を待たずに(飲み会のために帰宅が遅れてるようだった)眠りました。
 土曜日の朝、妻の作ってくれた朝食を食べながらこれから行くサマーソニックのタイムテーブルや会場や駐車場について最終確認をしました。車で行くか電車で行くかも決めていなくて、2日券を買っていたのだけどそれぞれ目当てのミュージシャンはいても初日なのか2日目なのかもしらない有様だったのです。今回は事前にほとんどなにも準備できなかった。それでもまあネットでタイムテーブルや会場付近の地図を見ながら車で行くことにしたのでした。
 途中、コンビニに駐車券が買えるかと思って立ち寄ったのですが当たり前といえば当たり前だけど当日券は買えなかった。それでも翌日の(2日目の)駐車券は買うことが出来ました。それで一か八か会場に車で乗り付けたら駐車場は満車で USJ の駐車場に停めてシャトルバスで会場まで来てくれと言われたのでその通りにしました。2,500円で USJ の駐車場に車を停めてシャトルバス乗り場とおぼしき場所に歩いて行ってシャトルバスが到着するのを待ってからシャトルバスに乗り込んでしばらくしたらシャトルバスが走り出してついさっき2度ほど渡った大きな橋を再び渡って砂埃の舞う大きな広場の真ん中でバスから降ろされました。でもほとんど並ぶことなくチケットをリストバンドに交換することが出来て、そこからは会場内を自由に歩き回ることが出来ました。iTunes の10曲プレゼントシリアルコードの書かれたカードと一緒に渡されたタイムスケジュールと会場の地図を見ながらとりあえず一番大きなステージに移動することに。途中で大きな音を出しながら叫んでいるヘビーメタル系のバンドを横目に見ながら一番大きなオーシャン・ステージに入るとレミオロメンとかいう日本のバンドが最後の曲を演奏していました。とくに何の感慨もなく炎天下で眺めているうちに演奏が終了したのでボクはとりあえずビールを買ってふたりで他のステージを見に行くことにしました。最初に坂を登ったところにあるスカイ・ステージを見に行ったらちょうど演奏が終了したばかりのところだったようで坂を登るだけで少し疲れたボクたちはそのまま坂を下りてふたたびオーシャン・ステージに戻りました。ちょうど Rooney が演奏をはじめたところで少し聴いていたらなかなか良かったので結局最後まで聴いていました。途中からあまり興味のない音楽に変わっていったのだけど、真ん中よりは前の方にいたのでなんとなく最後までそこで聴いていた。そうしたら次の The Fratellis を前の方で聴きたいと妻が言うのでボクは大きな危惧を抱きながらも一緒に前の方に行ったら案の定、演奏がはじまると音楽を聴いているのか聴いていないのか知らないけどとにかく飛びまくって暴れ回る奴らが出始めたのでボクも妻もすぐに少し後ろに下がりました。好きなバンドを前の方で見たいという気持ちはわかるのだけど(ボクは The Fratellis にそれまで興味がなかったし、一度生でその演奏を聴いた今でも特にかわりはないのだけど)、客層というのはだいたい想像できそうなものだし少し後ろでも十分に近いのだから落ち着いて聴ければそれで良いとボクは思ってます。The Fratellis でさんざん疲れたのでオアシス(休憩所)に行って休むことにしました。かき氷とか焼きそばとか食べて休んでからふたたびオーシャン・ステージへ。Manic Street Preachers を見ました。ボクは前にも見たことがある気がしたのだけど気のせいかな。そのあとでボクはコーネリアスか UNKLE かで迷いながらもとにかくオーシャン・ステージを後にし、妻はそのまま KASABIAN と ARCTIC MONKEYS を見るためにその場に留まりました。
 少し時間があったので見ておこうと思って入ったパーク・ステージで見た SEAN LENNON に釘付けになってしまいその場を立ち去ることが出来ませんでした。ショーンはとても神経質そうに1音1音を確認するように演奏をしていました。Cibo Matto の人がキーボードを弾いていました。人の数もそんなに多くなくて(とても良い演奏だったのでもっと多くの人がいてもおかしくないはずなのにね)夕暮れ時にとても雰囲気の柔らかい繊細で親密な空間が醸成されていました。そこにいることが出来たことを幸せに思います。間違いなく1日目のベストアクトでした。
 同い年のショーンのおかげで予定がすっかり乱れてしまったのでぶらぶらとオーシャン・ステージに戻って KASABIAN を見てみました。もうさすがに慣れたもので盛り上げ方も分かっているしヒット曲もあるので安心して見ていられました。盛り上がるところではきちんと盛り上がるしね。演奏の後で妻を捜してみたのだけど携帯電話も繋がらないし(携帯は昼間からすっかり繋がらなくなってせっかく写真を撮ってモブログしようと思っていたのにまったくそうはならなかった)仕方なくビールを飲みながらオーシャン・ステージのトリの ARCTIC MONKEYS を聴いてみたのですが何一つ響いてくるものがなかったのでそうそうに会場をあとにして、あとは休憩所でたこ焼きを食べながらビールを飲んでパーク・ステージに矢野顕子(とレイ・ハラカミ)を見に行きました。そのときに妻から電話がかかってきてオーシャン・ステージを出てきたと言うからパーク・ステージに呼んで矢野顕子(とレイ・ハラカミ)を見てたらくるりのばらの花をカバーしだしたので驚きました。
 再び休憩所でビールを飲んでから(妻はカレーを食べていた)各ステージの演奏が終わる前にシャトルバス乗り場へ向かったのですがすでにけっこうな行列が出来ていた。1時間くらい並んでようやくバスに乗ることが出来て、そこから USJ の駐車場まで30分くらいかかったと思う。演奏が終わる前に並び始めたボクたちでもそのくらいの時間がかかったのだから、最後まで見ていた人たちはさらにどのくらいの時間がかかったのだろうか。しかもボクたちは車だったけど電車で来ていた人たちははたして帰ることが出来たのだろうか、ということを家に着いてから巨大掲示板とかで見ていて、その日はお風呂に入って疲れと汚れを落とそうとする努力だけしてから眠りました。

引っ越し後半戦(さらば5年間住んだ部屋)

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 少し間が開いてしまいましたが先週末の引っ越しの後半戦について書いておきます。
 土曜日はとにかく新しい家に荷物を移動させることに重きを置いていました。日曜日は朝からボクと妻と妻の妹で旧居の掃除と不動産屋・大家さん立ち会いのもと鍵を返して明け渡すことに。まずボクたちの家に移動したのですが不動産屋との約束の時間が11時でほとんど時間がなく、途中のコンビニで食べ物と雑巾を買ってとにかく掃除につぐ掃除。掃除機とか掃除用の洗剤とかは残していたのですが、掃除機がなんか途中でおかしくなって動かなくなったようでした。あまりにも多くの埃を一時に吸い込みすぎた? ボクは雑巾で窓を拭いてまわってから、持ってこなければと前日に言っていて持ってくるのを忘れたドライバーを買いに近所のスーパーに行きました。壁にねじで付けてあったものを外してから、また台所とかいろいろ拭いていたのですが不動産屋はいっこうにやってきません。妻はお風呂で汗だくになりながらカビを落とすような洗剤の成分で頭がくらくらとしてきたり、妻の妹も汗だくになって台所の掃除をしてくれたり掃除機をかけてくれたりしました。
 結局、こちらから不動産屋に電話をしたら今から20分ほどで行くと言われたそうですが、まあたぶん忘れていたんでしょうね。掃除道具とか残していた荷物を車に運んでいる間に不動産屋はやってきて妻が説明を聞いていました。鍵を返して5年暮らしたこの部屋とも完全にお別れ。東京と大阪で今住んでいる場所も含めてこの先、ボクたちがどのような場所で暮らしていくことになるのかわからないけど、5年間住んだあの部屋はボクたちの生活の出発点だという意味では特別であり続けるでしょう。けして良い環境ではなかったのですがね。
 それはそうと(時間は前後するのですが)、日曜の朝にクロネコヤマトから不在届けのメールが届いていたのでした。どうやら旧居の方にサマーソニックのチケットが届けられたようなのですが、掃除しに行ったときに紙の不在届けも入っていました。電話をして引っ越したことを伝えて転送してもらえないかと言ったのですが、チケットということで転送が許可されない種別の宅配になっているとのことでした。幸いにも営業所が旧居のすぐ近所(歩いて5分もかからない)だったので、夕方くらいに取りに行くことにしたのでした。

 さて。連日汗だくになったボクたちは妹の家に移動する途中でファミレスで休憩することにしました。とにかくのどが渇いていたのでドリンクバーのあるファミレスはいつもより魅力的に思えたのです。地下駐車場に車をとめて店の方に階段を上がっていくと待っている客が何組か。妹の家の明け渡しもあったので時間的余裕はあまりなかったのですが、少し待っただけで席に案内されました。日曜日の昼時だったのでまわりではみんな食事していたのですが、ボクたちは空腹ではなかったので(のどが渇いていただけ)ドリンクバーとかき氷を注文しました。朝から暑かったのでさぞや美味しく食べられるだろうと思っていたかき氷は期待に反して全然美味しくありませんでした。
 妹の家に移動してふたたび3人で掃除。ここでもまた汗だくになってました。予定より遅れて大家さんに部屋を明け渡し、残っていた荷物を車に積んでふたたびボクたちの旧居の近くへ。ケーブルテレビの会社にチューナーを返しに行き、それからクロネコヤマトにサマソニのチケットを受け取りに。家に帰って荷物を下ろしてから近くのホームセンターへ。物干し竿をかける台を買って、隣のスーパーで夜ごはんを買いました。物干し竿をセッティングしてからごはんを食べて、東京に戻らないといけなかったボクは急いでお風呂で汗を流しました。土曜日曜と汗をかきっぱなしだったので、そのまま新幹線に乗るわけにもいかなかったのです。
 風呂上がりでIP電話の設定をしました。ネットは前日の工事で普通につながっていたのですが、IP電話はプロバイダーとの契約だったので自分で設定しないといけなかったのです。前日もやりかけてうまくいかなかったのですが、もう一度説明書を読んでみるとネット経由で設定しないといけないみたいだったのでその通りにしてみたらうまく繋がりました。ボクの役割であるネット回線・IP電話の設定を無事済ませることが出来て良かったです。晩ごはんを食べながらネットで予約した新幹線は新大阪発東京行きの最終から1本前だったので家に着いた頃には日が変わっていました。家に帰ってきて、つい数時間前まで一緒にいた人たちと skype でビデオチャットするのはなんだか不思議なものでした。

 この週末も大阪に帰っていました。もう週末に大阪に帰ることが唯一の楽しみなんてことになりつつあります。
 土曜日の朝一番で帰るつもりだったのが寝坊してしまって、結局10時半くらいの新幹線に乗りました。新幹線ではDSのゼルダをずっとしていました。
 一方そのころ大阪では妻が新居の火災保険の件で現地で見積を取ってもらうのに立ち会っていました。車で新大阪まで迎えに来てくれたのでそのまま鶴橋に直行して風月の本店でお好み焼きを食べました。たぶんお好み焼きを食べるのは数週間ぶり。東京に来てからは一度も食べていません。それから家に帰って(近所のスターバックスで少し休憩)引っ越しの荷造りを少しして、いつの間にかソファでうとうとと眠ってしまっていましたが夜も荷造りをして、夜遅くに一番近いスーパー銭湯に行きました。そういえば先週も大阪に帰ってきた際には行った。大阪に帰ってくるとスーパー銭湯に行く、というのが恒例になりつつあるのかと思ってみても来週で引っ越すので行かなくなるなと思うのでした。ちがうスーパー銭湯に行くことになるかもしれないけれど。

 日曜日、朝起きたらお腹が痛くてもう一度横になっているうちに再び寝てしまった。11時半くらいに起きて出かける準備をする。12時に妻の妹の家に行く約束をしていたのだけど30分以上遅れて到着。新居に運ぶ荷物があったので(新居には妻と妹が住むのです)3人と荷物を積んだ車で移動。途中で郵便局で新居の保証金と家賃を振り込もうとしたのだけど妻の郵便局のカードの暗証番号がわからないというトラブルに遭遇。日曜日だったので窓口も貯金関係は取り扱ってませんでした。
 なので諦めて家に荷物を置いてから近くのファミレスで食事。妻が前日に見積を取った保険のことやなんやかんやと話しているうちに夕方近くになってました。しかもそのファミレスは、ボクと妻が何年か前に神戸に出かけた帰りに立ち寄った店で、そのときの印象は店員の接客も悪くドリンクバーのまわりも散らかっていて大変良くないものでした。たまたま引っ越し先の近くにあったので行くことにしたのですが、店構えと大通り沿いにあるその道とを考えるにあの店に違いないと思い至ったのです。中に入ってみるとその推測はますます確信に近づくばかりで、ドリンクバーの状況や店員の態度を見るに『いやあ、伝統はまだ生き続けていたか』と思うのでした。
 ホームセンターに移動して買い物。新居がとても素敵な家なので出来る限り丁寧に扱いたいということから家具など(ソファとか冷蔵庫とか重い家具)を直接床に置かないように敷くものを見に行きました。先週もここに来たのですが、そのときに見ていたゴム製の敷物を何枚か買い、妻の妹は自分の部屋に敷きたいと畳を買いました。期間限定で980円と張り紙がしてあって、4枚セットで箱に入っていたので4枚で980円なんだと思っていたのですが、苦労して(けっこう重い)レジに持って行くともちろん1枚980円で8枚買ったので八千円くらいしてました。なんとか車にねじ込んで新居に運んで家をあとにしました。
 妻の妹は新しい家に引っ越したのちの実際の通勤ルートを辿って帰って行きました。ボクと妻はそのまま梅田に出て、ボクは金券ショップで新幹線のチケットを買い、薬局に寄って帰る妻と別れて新大阪から新幹線に乗って東京に戻ってきました。品川で改札を出ようとするときにすれ違った人の顔に見覚えがあるなと思った次の瞬間、前から来る3人組みのうちの1人を見てそれが漫才師の麒麟(ともうひと組)だと気がつきました。麒麟の川島はニット帽をかぶって口を開けたまま歩いてました。相方の方はオーラがないのだけど、なぜか顔を見て麒麟だと確信させられた。けして目立つというのではないのだけど、その人独自の顔というか雰囲気を備えている人というのがいるのですかね。独自といえば独自だし、そんなやつ他にいないといえばそうも言える。これから大阪に戻るんですかね、と思いながらボクは自分の家に戻ってきて、大阪でやり残したことがあったので妻と skype で話しながら結婚報告のはがきを作ったり(プリンターを大阪に置いてきたのでボクが画像を作って妻に印刷してもらった)、お盆休みの2人の交通手段(高速バス)をすべて予約したり(東京からと大阪からなのでなかなかややこしい)しました。妻は印刷済のはがきに宛名を書いていましたが最初の方の数枚は気にくわないらしく、途中から調子が出てきたと言っていました。一番最初の一枚だってボクの書く文字より絶対にキレイなのだからボクの出る幕はありません。

 この週末は2週連続大阪に帰っています。東京で働くことと妻と生活することを両立しようとすればこうなるのが現実的な着地点になるわけですが、もちろんこれから先ずっと毎週こうやり続けるわけにもいきません。新幹線じゃなくて深夜バスとか使えば可能かもしれないけど(検討しよう)。
 来週は大阪の家の引っ越しなので大阪に帰ります。大阪に帰るとようやく家に帰ってきたという感覚を持てます。やっぱり東京では出稼ぎ感がぬぐえないですね。別にぬぐえなくて良いのですが。
 ともかく、少なくとも過去のある時点で望んだことを今のボクはやっているのかなと思ったり。責任とか乗りかかった舟とか考えるとイヤなことも簡単には捨て去れないのですがね。でも望むものを手に入れるためには何かをしていると思うし、望むものが手に入らないのは自分のせいだと思うくらいの謙虚さも演じることができる。ともかく最近よく思うことは、誰かが自分のために何かをしてくれることはまずない、ということ。望むものがあれば自分でそれを手に入れるしかない。がんばれば何でも手にはいるというわけではないと思うけど、それでもやっぱり自分で何とかしなければならない。誰かが何とかしてくれるなんて時代はもう過ぎ去った。

ゼルダの伝説 夢幻の砂時計
任天堂 (2007/06/23)
売り上げランキング: 10
おすすめ度の平均: 4.0
5 とてもグッド
5 ゼルダなら・・・、ゼルダだから・・・
4 新しいゼルダ。

 この週末の3連休には行わないといけないことがいくつかありました。
 まず、妻の親戚からいただいた結婚祝いのお礼にまわること。これは妻の実家の富山で行うことになるので富山まで行かないといけません。そしてもうひとつは大阪の引っ越し先のご近所への挨拶まわり。あとは出来る限りの引っ越しの荷造りとか。基本的にボクは今東京で仕事をしていて大阪での引っ越しは妻と妻の妹まかせになってしまうので、大阪に帰ったら限られた時間内で出来る限りやらないとね。
 そういうわけで、まずは金曜日の夜に上野を出て金沢に着く夜行列車に乗ることにしていたのですが仕事のあとでいったん家に帰ってから週末の着替えなんかを用意して臨もうと思っていたのに、仕事のおかげで家に帰ってる時間がなくなってしまいました。しょっぱなからやってくれるものです。前途多難。それで仕方なく普段の仕事帰りの荷物を抱えて上野から夜行列車に乗りました。
 夜行列車に乗るのなんてはじめてだったのでどういうものなのかまったくわからなかったのですが、何のことはない、ほぼ普通の特急列車でした。座席が少しだけリクライニング仕様だったような気がするけどあまりかわりはない。3連休の前日だったからかどうかほぼ満席でした。中には首から立派なカメラを提げて車両の外観や内装を収めている人も何人かいました。ボクはその日の朝から体調を崩していて頭が痛かったので早々に寝てしまいました。途中何度か目が覚めたら窓の外が明るくてもう朝になったのかと思ったのだけど、携帯電話を見ると時刻はまだ深夜の3時台とかで、それはただの停車中の駅の照明だったのです。それから途中の駅でしばらく停まっているなと思っていたら、今度はこれまでとは逆の進行方向に列車が走り出しました。バックも出来るのね。
 窓の外が実際に明るくなりはじめると今度は列車に乗り込んでくる人たちも出始めます。その頃には発車時にはほぼ満席だった車両にも空席が目立ちはじめ、乗り込んでくる人たちは空いた席に落ち着くのですがそこで問題が。乗り込んでくる人たちはもちろん徹夜で夜行列車に乗ってはいないわけです。そして徹夜で夜行列車に乗っている人たちはそんな時間には疲れて寝ているわけです。その気分の違いはとても大きくて、新しく乗り込んできた乗客はボックス席の座席を回転させて家族で向かい合って楽しげに座っているわけです。そのひとつ後ろの座席では昨日の夜に会社を出たままの姿格好で頭痛もろとも一晩を座ったまま過ごした男がぼんやりとその様子を見守っているのです。どうして夜行列車の狭い座席に一晩押し込められた人たちを前にしてあんなに大きな音を立ててボックス席を回転させられるんでしょうか。
 朝の6時半に金沢に到着して駅のまわりを少し物色してからスターバックスに落ち着きました。そこに結局3時間くらい居座って(カプチーノ2杯とパンをひとつ)、大阪からサンダーバード(グリーン車)でやってきた妻と合流して金沢と県境を接している妻の実家のある富山県にバスで向かいました。バスの車中で妻が手のひらをマッサージしてくれるや否や、ボクはあっというまに眠りに落ちました。
 バスが妻の実家の最寄り駅に着くと、駅前では誰かが選挙演説を行っているようでした。というのもまず最初にたくさんの人が並んでいるのが見えたのですが、それがまるでバス停に入っていくバスを待っていたかのようにボクには見えて、町挙げてボクたち(の結婚)を祝ってくれているかのように思えたのです。もちろんそんなことは杞憂に過ぎず、寝ぼけ眼のボクは妻に連れられるままに駅まで迎えに来てくれた妻のお母さんの車に乗り込んだのでした。
 妻が用事を済ませている間、ボクは妻の実家で仮眠を取りました。そのあとで家族総出で昼食に出かけ(おいしいというラーメン屋に行ったのだけどそうでもなかった)、それから妻の両親とボクたちとでお礼参りにまわりました。雨が降っていたしほとんどがはじめて会う人だったのだけど、簡単に済ませてもらったのでそんなに疲れはしませんでした。夕方に妻の実家に戻り、妻の妹の友達がやってきたり夕ご飯をいただいたりして7時過ぎに家を出ました。今回の帰省には目的がふたつあって、まずひとつは結婚祝いのお礼まわり、もうひとつはずっと実家に置いてあった妻の自動車を大阪に持って帰ることだったのです。車を富山に置いていたのは大阪でそれを使う頻度と駐車場代を考慮してのことだったのですが、この度引っ越す一軒家には車庫があるので駐車場代を気にすることがなくなったのです。
 土曜日の夜の富山から大阪への帰路は大変なものでした。まずそれは台風へより近づいていくことになったのです。道中ものすごい雨に見舞われたりしながら、事故車を横目に見ながらなんとか帰ってきた頃には日付がかわっていました。一週間ぶりに家に帰ってくるととても安心して眠ることが出来ました。

北京ダック、水泳、タイ料理

 土曜日は午前中に起きだして彼女が会社の人に聞いたという北京ダックの店にランチに出かけました。土曜日の昼にランチに出かけるなんて、なんてさわやかな休日なのでしょう。驚きです。
 堺筋本町の駅のほど近くにその店はありました。北京老舗は最近オープンしたそうですが、店内は少し高級な中華料理屋風でボクたちが座った席からは北京ダックを焼く窯が見えました。毛をむしり取られて皮を剥がれた鳥が窯の中に入れられ、必要な時間が経つとこんがりきつね色に焼けて出てきます。ボクたちは北京ダックも食べられるランチセットを注文しました。店員には中国人の人もいて、ランチを注文したら自動的に付いてくる鳥の手羽を醤油味に煮込んだようなものを持ってきてくれました(本当は自分で取りに行かないといけない)。焼き上がった北京ダックの皮を切り取ったあとの手羽なんでしょう、おそらく。
 北京ダックはおいしかったです。ただボクの好みから言うと肉の味がワイルドすぎて肉の後味を消すのに紹興酒なんかがあれば良かったかも知れません。ただあれは本来の味なんだと思います。ランチだったので、という理由ではなく、ランチのあとでプールに泳ぎに行くことになっていたのでアルコールはなしでした。食べている途中に手押し車に乗せられ丸焼きの鳥が運ばれていきました。これ見よがしに昼から丸ごと一匹(一羽)注文した人がいたのでしょう。

 北京ダックの店を出て近くのスターバックスでコーヒーを飲みながら(休日のオフィス街は人が少なくて良い)何気なく店内に置いてあった外国人向けの大阪弁の連文集を彼女が開いてみたところ、これがとてもおもしろくてしばらくふたりでキャッキャ言いながら喜んでいました。かなりきつい大阪弁がアルファベットで表記されていて、その下には標準語に言い直したものがアルファベットで、そしてその下に英訳が載っていました。
 How to speak Osaka Dialect、スターバックスを出て近くの紀伊國屋に行ったら売っていたので買おうかと思ったけど、残念ながらほんの5分くらいの道のりの間にボクたちの中にあった情熱は失われてしまったようでした。あれはたぶん、休日の昼下がりにたまたま入ったコーヒー屋さんでいろんな人が手に取った末、たまたまボクたちの手の中にやってきた本だったから良かったのです。新品のものを買って自分たちだけがいつでも手に取れるようにしてもきっとダメなのです。
 とかいいながら、本当は韓国人の友達にプレゼントしようかとも思ったけど、日本語勉強中の彼女を間違った方向に導きかねないと思ってやめました。機会があれば是非手にとって見ていただきたいのですが、大阪弁がものすごくきついのです。

 本屋でしばらくお互いに好きなことをしてから、薬局でいろいろ買い込んで(ここで新しいシャンプーに出会えた、という話はまた後日)プールに泳ぎに行きました。去年の夏に通っていた市営のプールです。久しぶりに行っても去年と特に変わったところはなく、たまたま子供水泳教室が開かれていましたが参加した子供が少なかったのか、入り口に書いてあったようにプールの半分ほどが水泳教室に使われていることはありませんでした。1レーンだけだった。
 ボクたちはほとんどジャグジーに浸かっているか老人や中年の方々に混じって歩いているかしてました。最初に少しだけ泳いだけどすぐに腕がだるくなってしまった。まったくもって運動不足なので毎週通えるようにしたいです。

 夜は家でレッドカレーと生春巻きを作りました。近所のスーパーで新鮮なパクチーが売ってたので生春巻きは(見た目はともかく)満足のいく出来でした。レッドカレーは缶詰のものだったけどおいしかったです。
 昼は北京ダック、夜はタイ料理といった1日でした。

年始

 年始は次のように過ごしていました。

V9040071.JPG 1日は昼からお雑煮とおせち料理をいただき、車で買い物に出かけて(車じゃないと買い物に行けない所なのですが)ヤマダ電機Wiiおどるメイドインワリオを購入しました。夜に彼女のいとこ家族が来るのでそのときに楽しめるだろうと思って、ゼルダではなくてこっちにしました。
 夜はいとこ家族と蟹鍋を囲みました。彼女のおじさんが蟹と海老を捌いてくれたので立派な食卓となりました。蟹味噌たっぷりの蟹の甲羅を炙ったりしてね。すべてがとてもおいしかったです。
 食後は Wii で盛り上がりました。Wii Sportsワリオもみんなで楽しめてよかったです。

 次の日、1人だけ遅く起きるとすでにみんな揃って Wii 大会が繰り広げられていました。テニスやらボーリングやらで対戦してました。この日はずっと家にいてテレビ見たりゲームしたりして過ごしました。

V9040073.JPG 3日は富山に帰省したときには(特に正月には)よく行く高岡のイオンに買い物に出かけました。過去何度も元旦にここで映画を見ているのですが今年は見たい映画がないのです。今年ほど正月映画が不作の年はないと思うのですがいかがでしょうか。竜とか豚とかサムライとか、まったく興味がわきません。
 女性陣が買い物している間、ボクは書店や楽器屋で時間を潰すことにしました。楽器屋ではこれ見よがしに高校生くらいの男の子がギターを弾いてました。書店では最近刊行されているガルシア・マルケス全小説をぱらぱらとめくって後日の購入を決意したり、オライリーの CSS完全ガイドを立ち読みしたりしました。それから100円で10分間ネットが楽しめる機械があったので久しぶりにネットに繋がりました。自分や知り合いのブログを見たり、パスワードを覚えていないので SNS にはログイン出来なかったのですが、はてなブックマークをみたりしました。10分はあっという間に過ぎ去り、次の10分間で見るべきサイトもそれ以上特になかったので買い物の終わった彼女たちと合流しフードコートで軽く食事してから帰りました。
 帰宅途中で寄ったオートバックスで USBの携帯電話の充電器を見つけたので後日の購入を決意し、夜11時に金沢発の夜行バスに乗ってボクたちより一足先に大阪に戻る彼女の妹を車で金沢まで送っていくのに同乗し、次の日の朝に備えていつもよりは早めに眠りました。

V9040005.JPG 4日は10時に彼女の実家を出ました。さよならシャンプー、さよならミイ。彼女のお母さんに金沢まで送ってもらって、電車の時間まで1時間くらいあったのでフォーラスをぶらぶらして、駅弁やらお土産やらを買って雷鳥で大阪に帰ってきました。大阪について、ヨドバシカメラで加湿器を買いました。荷物が多かったけど、まあついでといえばついでだったので。
 休みの間中、彼女の実家で食べてばかりいたので夜ごはんは彼女が作ってくれた豆腐チゲだけにしました。でも帰りに彼女のお母さんが持たせてくれたロールケーキを賞味期限の関係で(生ものだったので)たくさん食べてしまった。

 過ぎてしまえばあっという間だったけど確実に体重は増えているという、まあいつも通りの年末年始でした。

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 ネットの繋がらない国にやってきてもブログに載せる文章は毎日書いている……むしろネットに繋がらないからこそ書き留めておかないとあとですべてを思い出すことは難しいという思いがはじめからあるのかどうか、普段より書く頻度が上がっているかもしれません。あるいはそれは単にネットに繋がらない状況というのがボクにとっては非日常であってどこかへ旅行しているというような普段の日常生活の場所から離れたところにいる状態を指すものだからかもしれません。普段の生活から離れてみると様々なことが新鮮に感じられたりするでしょうし、いつもとは違う土地にやってきたとなればなおさらでしょう。正月休みに彼女の実家に帰ってきているとかいうようなね。

 29日の夕方にバスに乗って大阪を旅立ちました。前日、天気予報で明日は大阪でも雪が降るというのを見ていたのですが(たしか Wii のお天気チャンネルでも見た)そんなこともなく、でも昼過ぎくらいからは窓の外に雨雲らしき暗い領域が広がり始めていました。その前日くらいからとても寒くなっていて出発の日も寒さは増していたように思います。とにかく寒かった。それにバスに乗るときに少し手間取ってしまった。金沢行きのバスは2台あったのだけど1号車の席を予約していたボクたちは間違って2号車に荷物を積んでしまって係の人に取りだしてもらったのだけど、1号車でも彼女とボクは席が離れていてそれぞれの席に着いたとたんに運転手が『2号車なら並んで座れる』というので再び1号車の係の人に荷物を出してもらって2号車に荷物を積んでからボクたちは隣同士の席に座ることが出来たのでした。席に座るやいなやバスは出発し、なんともまあ慌ただしい旅立ちとなったのでした。
 高速道路に乗って京都に入った辺りからうとうととし出して、彼女に起こされて気がつくと滋賀県に入っていて道には雪が積もっていました。最初の休憩箇所の多賀サービスエリア(滋賀県)では雪がけっこう降っていて、そのときは時間のことをまったく意識しなかったのだけどあとで考えてみるとその時点でかなり遅れていたようです。とりあえず温かい飲み物と温かくない食べ物を買ってバスに戻って食べました。バスが出るとしばらくして米原から北陸道に入ったのでボクはまた眠りに落ちました。次の休憩箇所の南条サービスエリアでも雪は少し降っていたけどそこから先に進むにつれて雪はだんだんと減っていき、金沢ではほとんど積もってませんでした。バスを降りて歩いていたら霰のようなものがぱらぱらと降っただけのような。ボクたちを車で迎えに来てくれる彼女のお母さんを待つ間、金沢駅前に新しく出来たショッピングモールのスターバックスで温かい飲み物を飲んで待ちました。大阪から金沢まで5時間半の長旅。でもそれで約1時間の遅れだというので通常時でも4時間半くらいはかかるのか。何度もバスで大阪と金沢を往復しているけど、数値としてどのくらいかかったかを覚えていません。彼女のお母さんの車で富山へ向かう山中にはたっぷり雪が積もっていました。富山といっても金沢と県境の町なのです。
 家について夜ごはんをいただき、初日にしては珍しく1時くらいに眠りました。彼女の実家に来ると初日はかなり遅くまで起きているのが常なのですが、今回は眠くてギブアップしました。脚に疲れがたまっていてだるくてなかなか眠れなかったけど、自分でほぐしているうちに眠りに落ちました。夢の中でボクは中東のどこかの国の隔離された施設に入れられ外界との連絡を遮断されていました。けして居心地が悪い訳じゃなく、居心地は良いのだけど外界から隔離されているというその状況にはじめのうちは気がつけないでいるのだけどそのことに気がついていくごとにボクは怒りを覚え始めるのでした。
 そんな風にして昼の1時くらいまで約12時間のあいだ、ボクは外界から隔離された夢の世界に閉じこもっていました。

CSS Nite in Osaka

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 大阪では初めての開催となった CSS Nite in Osaka に参加してきました。
CSS Nite in Osaka 講演内容は CSS Nite in Osaka開催要項に詳しく載っているので割愛しますが、益子さんヤスヒサさん鷹野さんみなさんの講演から得るものがありました。特に、益子さんからは最近あまり勉強できていなかったスタイルシートの知識を得ることが出来たし、ヤスヒサさんの話は聞いていて面白かったし(skEditの Snippet を使ってみようと思った)、鷹野さんはボクの知らなかった Dreamweaver の機能を教えていただきました。まあ Dreamweaver に関してはボクはほとんど何も知らないということもあるし日常的に使うこともたぶんないだろうと思うのですが、それでもけっこういろいろ出来るんだなと云うことを知れたのは良かったです。
 このイベント自体にスポンサー企業がいくつか付いていて、グッズや書籍などのプレゼントがあったり(同僚がこんなところで運を使い果たしていた)、各企業のコマーシャルタイムがあったりしたのですが、Six Apart の関さんと上ノ郷谷さんが vox の話をしていました(上ノ郷谷さんが VoxWatch でタグフィードを購読してると言ってたけどどうやってやるんだろ)。そのときに vox を使っている人がどれくらいいるか質問したら2割くらいで少ないなと思ったのと、鷹野さんが講演で Dreamweaver を使っている人を質問したら8割くらいいたので多いなと思ったのが対称的でした。ボクの感覚ではそれらがまったく逆の方がしっくりくるのですがね。
 あと、CSS Nite に参加するのははじめてだったのですが、これまで参加したプログラマー向けのイベント(Shibuya Perl Mongers とか YAPC::Asia 2006 Tokyo)とかだとたいがい無線LANがオフィシャルだったりこっそりだったり解放されているのですが、そこがプログラマーとデザイナーの違いなのかなと思ったりもしました。リアルタイムで写真を Flickr に上げていこうと意気込んでいたボクは出鼻をくじかれたような格好でした。
 イベント後の懇親会に同僚と参加したのですが、たまたま座ったテーブルに鷹野さんがあとから来たり、近くに益子さんもいたりとなかなか良い席に当たったようです。交換用に多めに持って行っていた名刺がちょうど全部なくなりました。
 大阪ではこのようなイベントが少ないように思うので(ボクが知らないだけ?)これからもまた行っていただきたいと思うとともに、自分でも何か発表できるようなことがあれば良いなと思うのでした。

 CSS Nite in Osaka - a photoset on Flickr

 公式ブログにトラックバックが打てない。。。orz  公式ブログにトラックバックが打てないと思っていたら打てるようになっていた。見逃していたのだろうか。。。orz

寝不足、京都への移民、客室乗務員の休暇

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 一昨日の夜はなかなか寝付けなかった。日中に風邪の彼女を看病しているうちに自分もけっこう眠ってしまったからだと思うけど、それでようやく眠りに落ちたのは5時頃だった。8時過ぎに起きたので約3時間の睡眠。
 朝から眠かったけどそれでも昼過ぎまではなんとか踏ん張ったものの、夕方くらいにスピードが落ちだし最後にはとうとう1行もコードが書けなくなったのでやることはたくさんあったけど帰ってきました。以前に東京本社に勤めていたFさんが会社を辞め京都で大学に通うことになったのだけど、週一くらいで大阪の仕事を手伝ってもらうことになり昨日が大阪への初出社の日でした。来週くらいに一度飲みに行きましょうかね。
 そんな昨日の夜は気分の悪いことがあり、次の日の今日もまるでそれを引きずるかのように悪い出来事の連続でした。そんな中で仕事がはかどるはずもなく、そもそもここで言うすべての悪い出来事とは仕事の上でのことなのだけど、まったくもって楽しくない1日だった。たぶん他の人にとってもそうだったろうけど、ボクだけが一足早くこの悪い風に昨日の夜から巻き込まれていた。ただもう午前中に怒りを通り越していたので感情が起伏することはあまりなかったけど、怒りは重層低音のようにずっとそこにあり続けた。いつものようにふざけ合ってもそれを消すことは到底不可能な相談だった。いつまでも砂漠に水をまいてまわるようなことはしていられない。
 仕事からの帰りに彼女から電話があって、アシアナ航空で客室乗務員をしている友達の韓国人が旅行で大阪に来ていて梅田で飲んでいたので少しだけ顔を出してきました。友達には数年前に大阪で一度会ったことがあるのです。友達は同僚の人と一緒に来てましたが、それぞれ(どちらがどちらかわからないけど)ニューヨークとフランクフルトから帰ってきてそのまま大阪に来たとのことでした。もちろんそういう仕事だからそりゃそうなのだけど、なんだかすごい。でも考えるだけで大変そうな仕事だから実際はもっともっと大変なのでしょう。彼女たちは大阪のビジネス街のビジネスホテルに泊まっていて、明日は心斎橋とか難波とか大阪城とかまわるそうです。明後日の夕方くらいに帰ると言ってたけど、飛行機の時間を2つのどちらでも良いと言っていたのはたぶん勤めている航空会社の便だからなのでしょう。旅の目的は休養とショッピングと食べることだそうです。良いですね。大阪を楽しんでもらえればと思います。

Kansai.pm 第7回ミーティングに参加してきた

 Kansai.pm 第7回ミーティングに参加してきました。
 はじめての参加だったのですが(存在は知っていたけど)、今回はそれPlaでおなじみの宮川さんによるPlagger World Tour in 大阪(Final 講演)ということで楽しみにしていました。
 Plaggerは2ヶ月くらい前から使っているのですが(ピザを注文したり、雨の日は携帯にメールが来るようにしたり、IRCで巡回サイトをチェックしたり、SNSの友達日記をGmailで読んだり)、まったくの1ユーザーに甘んじていました(ピザを注文するプラグインのパッチを書いたりしたくらいです……)。Plagger情報はそれこそPlaggerを使ってチェックしているのですが(『Plaggerってどう使えばいいの?』『それ、Plaggerで調べられんじゃね?』)プラグインを書けるほどPerlの知識がないので、Perl勉強中のボクにとってはPlaggerの楽しさが良い原動力になっています。海外での宮川さんのプレゼン資料にも目を通していたのと実際にユーザとして毎日Plagger使っているので、あとはソース読んでアイディア絞ってプラグイン書くだけですな。
 PlaggerとPerlの勉強、同時進行でまいります。

大阪城、鶴橋でお好み焼き、韓国の歌

 元々は土曜日に彼女の友達の韓国人の旦那さんのヨンスンさん(大阪に単身赴任している)の買い物に付き合うはずでした。電化製品が家にまったくなくて、エアコンも冷蔵庫も洗濯機も電子レンジもないのでそれらを買いにヨドバシカメラに行くはずだったのですが、先週末にひとりで買いに行ったそうで、ちょうどキャンペーン中か何かで安く買えたということだったので土曜日の予定はキャンセルになって日曜日に大阪巡りをしようということになっていました。
 土曜日は彼女が風邪をひいて寝込んでいたのでどこにも出かけず、ボクは夕方に近所の美容院に髪を切りに行ってスーパーで買い物をして帰ってきました。日曜日の昼にヨンスンさんと待ち合わせて大阪城に行ってきました。そういえば、別の韓国人の友達が大阪に来たときにも大阪城に案内しました。長年大阪に住んでいますが、大阪には見るべきところが少ないような気がします。あるいは、灯台もと暗し的なことなのかもしれないけれど、京都と比べてみればお奨めの場所というのはあまりないような気がします。
 地下鉄の駅から大阪城までの道中がとても暑くて汗だくになりました。大阪城の中に入って天守閣から一通りすべて見ましたが、久しぶりに来て全然覚えていなかったのでボクもまるでヨンスンさんのように初めて来るような感覚で見ていたのだと思います。天守閣から大阪の四方の景色が見られましたが、景色を見るならもっと高いビルもあるし最適ではないよなと思ったりしました。今ではエレベータも設置され博物館化していますが、昔は城の中で生活していたんでしょうか。城って外から見たら大きくても中にはいると意外に狭いような気がします。8階の天守閣まで上るのに昔はエレベータもなかったわけだから、さぞかし不便だったことでしょう。
 大阪城をあとにして、少し時間は早かったけれど鶴橋に移動してお好み焼きを食べました(その前に少し市場を散策しました)。ヨンスンさんにとって初めてのお好み焼きの味は『ホントにおいしいです』でした。どちらかと言えば小食で飲む方が好きなようです。お好み焼き屋では焼酎とビールを飲んでました。ボクの方はビール専門でした。
 お好み焼き屋を出て(お好み焼き屋に入る前に市場で辛ラーメンが安かったので店を出たあとでヨンスンさんが買いに行ったのですが、自分に3個、ボクたちに3個買ってくれました)、ボクが高校の頃から行っている(といっても最近はめっきり行く機会のない)店に移動して飲み続けました。2本目のビールを飲んでいるとボクはもうしんどくなってきたのに対し、ヨンスンさんは飲めば飲むほど口数が多く楽しくなっていって、ボクら3人の会話は日本語と英語と韓国語が混ざり合ってそれらの隙間をジェスチャーとノートに書いた文字や絵が補うという形で進んでいきました。言葉の壁もそれがまた楽しみの1つになっていて、どうやって相手に伝えるか工夫を凝らす楽しさと伝わったときの喜びとなって手元に戻ってきました。
 3軒目のカラオケ屋でもヨンスンさんはビールを飲み続けてました。ボクも少しお茶を飲んでからジュースみたいなもの(チューハイ)を飲みましたが。ヨンスンさんは韓国の歌しか歌わなかったけど上手でした。タンバリンはないのかとか言ってたなあ。最後にまた飲みに行きましょうと韓国語で言ったら『今から?』と驚かれました。彼女に聞いたままを言っただけだったので。。。そんなようにお互いにとっての外国語を直し合った日でもありました。有意義ですよね?

虹の街

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 子供の頃、親に連れられておばさんの家に遊びに行くのが(どのくらいの頻度だったのかは覚えていないけど)定期的に訪れる楽しみの行事のひとつだった。母親の姉であるおばさん家族はそのころ堺市に住んでいて、もちろん当時まだ小学生でもなかったボクはおばさんが堺市に住んでいることを知る由もなかったのだけど(堺市の存在だって知らなかっただろう)、当時住んでいたところからだと近鉄で難波まで出てそこから南海に乗ったのだと思う。難波に行くことなんてほとんどなかったから、近鉄の難波駅の改札を出てすぐの長い階段や当時まだ虹の街と呼ばれていた地下街の噴水なんかはイメージとして覚えている。親に連れられず自力で難波に遊びに行くようになってみればすべて日常に溶け込んでしまったのだけど、子供にとってはあの階段はものすごく高くて天国に続いているかのようだった。文字通り、虹の街に続いていたのだ。なんてね。
 なんばウォークなんて安易な名称より虹の街の方がずっと叙情的でいいなあと思うのだけど、子供の頃の記憶もおそらく『虹の街』という名前に引きずられている部分が多いのだろう、と思う。地下街なのになぜ虹の街なんだろうとか、噴水から跳ね上がる水をライトアップした様はまさに虹そのものだとか、いろいろと空想する余地があるじゃないですか。
 そのような子供の頃の記憶がふとした瞬間によみがえることがあります。これはもうなぜかわかりません。辿れば理由がわかりそうなときもあるし、まったく見当が付かないときもある。記憶というものはホントに摩訶不思議ですね。
 自分が物覚え悪いのかなと思うことが多々あります。知り合いから『こういうことあったよね』と言われても思い出せなかったり。んー、出来事の重要さによるような気もするなあ。でも、それでもけっこう忘れます。身近なところでは、今月頭に東京に出張に行ったのですが、そのときに荷物を入れていたキャリーバッグに南京錠が付いてたので、ホテルに起きっぱなしにして出かけるときには鍵をかけていたのです。その鍵をなくしてはとんでもないことなると思って、自宅の鍵などを付けているキーホルダーにキャリーバッグの南京錠の鍵を付けたのですが、大阪に戻ってきてそれを外したのが今日でした。何度となく帰り際とかにポケットから鍵を出す段になって『ああ、これはもう要らないから外さなくちゃ』と思うのですが家に入った瞬間に忘れてしまうんでしょうか。そしてまた次の日に同じタイミングで同じことを思い同じように忘れてしまうのです。今はもうない地下街の名前なんかは良く覚えているのにね。

会社の勉強会

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 東京本社のプログラマーと知り合いのデザイナーさんに大阪に来ていただいて会社で業務時間内に勉強会を開いていただきました。今週月曜から水曜までびっちり、日中は勉強会、夜は飲み会(最終日を除く)という過密スケジュールでしたが、普段とは違って刺激的な時間を過ごすことが出来ました。参考になる話も聞けたし、新しいことにチャレンジしようという刺激を得ることも出来ました。
 勉強会が終わって再び普段の日常業務の現場に戻ってみるとまあいろいろあるわけですが、人がやらないならボクが積極的に動いて尻をたたかなければと云う思いもないわけではありません。それはまあ放っておくといずれ自分に負担がかかってくるかも知れないという危機感があるからかもしれないのですが。
 そんなわけで、東京からの客人とは1日目はお好み焼き屋、2日目は串カツ屋に行きました。お好み焼き屋は有名チェーン店で今ひとつだったのですが、大阪の地下街の串カツ屋はコテコテの大阪の店って感じでボクも久しぶりに体験する空間でした。友達の家の台所でごはんを食べているような気になってきます(店のおばちゃんがなれなれしいから)。それがいいのか悪いのかはわかりませんが。
 今年もあと2週間くらいしかないので、あまり多くの問題点を解決しないまま年を越すことのないようにしたいと思います。

IMGP0935.JPG 大阪城公園の太陽の広場で開催されていたワンコリアフェスティバルに行ってきました。去年に引き続きの参加です。
 昼過ぎに着いたときにまず気づいたのは、人の数が去年よりも大幅に増えていることとステージがものすごく立派なものになっていたことです。そのステージでは韓国のミュージシャンのパフォーマンスが繰り広げられていました。歌手やバイオリン奏者の演奏を聴きながら、お腹が空いていたので軽く飲み食いしました(今年から食券制度になってました)。
 ボクたちの大きな目的のひとつは、なんといっても冬ソナのキム次長(権海孝:クォン・ヘヒョ)を見ることでした。ステージの予定が大幅に遅れているようで立ちっぱなしのボクたちも疲れてきたので休憩しようと人混みの後の方へと移動したのですが、ステージ横のテントの裏の方になにやら人だかりが出来ているのを彼女が見つけたのです。トイレに並んでるんじゃない? とボクは言ったのだけど、近づいてみるとそれらのテントは実は出演者の楽屋で、なんとそこにキム次長がいました。群がっている人のざわめきを聞きつけたキム次長はボクたちの方へと近寄ってきて握手をしはじめました。そのときは握手し損ねたボクたちでしたが、しばらくあとでまた同じようにしていたら近寄ってきてくれて、そのときはしっかりと握手することができました。彼女はえらく感激してキム次長と握手したあとふらっとどっかに行ってしまいそうになってました。
 彼女の妹とその友達のKちゃん(たまたま富山から遊びに来ていた)がやってきてから少ししてステージにキム次長とジョンア姉さんが登場しました。妹たちはあまり興味がないようで(冬ソナをきちんと見てないので仕方ないのですが)、ボクと彼女のキム次長についての感激を共有できずにいました。キム次長とジョンア姉さんがMy Memoryを歌い終えてステージを降りたあと、寒くなってきたので会場をあとにしてコーヒーを飲みに行きました。
 コーヒーを飲んだあと梅田に移動して、Kちゃんの帰りの切符を金券ショップで買ってからヨドバシカメラに行きました。売り場をぶらぶらして休憩して(スイーツを食べて)、それでKちゃんの電車の時間だったので大阪駅まで送っていって、ボクたちも家路につきました。

ワンコリアフェスティバル

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 去年も行ったのですが、今年もこの日曜日に大阪城公園でワンコリアフェスティバルが開催されます。今年はあの冬ソナのキム次長(権海孝:クォン・ヘヒョ)が見られるということなので、彼女がえらく興奮していました。もちろん冬ソナ好きのボクも楽しみにしています。
 去年は彼女と彼女の妹と3人でいったようです。ワンコリアフェスティバルで飲み食いして、それから梅田に移動して東通りで飲んだようです。なんとなく、イケてない東南アジア料理の店を覚えています。ヘンに南国風な店内でした。

 明け方に落ちるように眠り、目が覚めたのは昼過ぎでした。T君は2時くらいに仕事に出かけ、それが最後に見た勇姿でした。東京滞在をホントに助けてくれて感謝しています。
 夜6時に高校時代の友達Kさんと会う約束をしていたのでそれまでの時間をどう過ごすかというのは前日からの懸案事項であったのですが、結局、T君の部屋でテレビを見たりして過ごして終わりました。いろいろ出かけて見て回るのは、いろいろ出かけて見て回るつもりで来たときにすることにします。今回はまた違う目的で来たので。
 6時に新宿東口でKさんと待ち合わせました。久しぶりに再会して、半年前に東京に出てきたKさんとボクとで迷いながら東口から西口へ、そしてまた東口に移動して適当な店に入りました。2人とも持ち前の関西のノリを存分に発揮したように思います。Kさんは職場でギャグを言ってもまともに通じないとこぼしていました。笑いに関しては大阪人(関西人)とその他の地方出身者との間にはもしかしたら埋められない溝があるのかもしれません。
 飲み屋を出て再び西口に移動して、バスターミナル近くにあった喫茶ピースに落ち着きました。喫茶ピースには人の良さそうなおじさん(おじいさん)が働いていて、ボクたちはまた想像に想像を重ねていくような大阪人独特のお互いの想像力を競い合いながら面白いことを言う隙をうかがっているという種類の会話を楽しみました。Kさんはバス乗り場まで送ってくれました。それがボクの見たKさんの最後の勇姿でした。
 帰りのバスは行きに比べれば格段に楽なものでした。来るときは初めての道のりだったので現在地が全体の中でどのくらいの位置なのかがまったくわかりませんでしたが、帰りはなんとなくだいたいどのあたりまで来ているのかがわかったし、それに目的を果たしたことで往路の緊張感からは解放されていました。帰りは少し眠ることも出来ました。
 大阪について地下鉄に乗ったのですが駅構内の汚さが目に付きました。家について、ちょうど起きだしたところの彼女が出かける準備をするのを見ながら、一緒に出てボクはコンビニに食べるものを買いに行きました。空腹を満たしてから眠りに落ちました。