タグ「Thoughts」が付けられているもの

電車の開いたドアの前に立つ人々

 最近は苛立つことが多い。理由もなく苛立つというわけではないのだけど(理由がないのなら苛立ち程度では済まないし)、すべてのケースについてその原因を特定しこちらから働きかけが出来るかというとそういうわけにもいかない。そういう場合は苦し紛れに苛立ちの痕跡をその場に残すことくらいしか出来ないけど、開いた電車のドアの前に立ったままで降りる人の邪魔になってるアホなヤツに舌打ちしたって何の意味もないのはよくわかっている。
 反対にこちらから働きかけが出来る場合はどうかというと、働きかけるだけのことはあると思った場合にはとことん働きかけることにしている。自分が属している組織・集団との関係によく見られるわけだけど、一方的に何かが決められたり、何かを強いられたりする場合に納得がいかないことがあり、同時に納得のいく説明がなされない場合にはこちらから働きかけるようにしている。
 『向こうの事情はきっとこうで、こういうつもりで言ってるのだろうから、こちらもそれにはまあ応じないとね』なんていう物わかりの良いフリを装った奴隷根性はボクにはない。そもそも納得がいかないことを(盲目的にであれ、結果的にであれ)黙って受け入れるような訓練は受けてない。まずは向こうの事情を聞かないと始まらないし、向こうには向こうの主張がありこちらにはこちらの主張があるわけだから、お互いの主張をお互いが把握した時点を出発点として議論していくのがあるべき姿であろうと思っている。納得いく・いかないは別にして、お互いが何をどう考えているかということを把握するのは大切で、それこそ組織と一個人が同じ思いなんて抱けるはずがないのだから、互いが相手に対して緊張感・不信感を持つと同時に互いを理解しようと努力することが必要なんだと思う。
 それはたぶん人間関係においてもあてはまる。適当な結論に飛びつくようなことはけしてしないようにしているし、だからこそそういうことをされたり第三者についてそういうことをしている人を見るとすぐ、その人が電車の開いたドアの前で出て行く人の邪魔になっていることに気がつかないのか、気がついていてもどうすれば自分が人にかけている迷惑の分量を少しでも減らすことが出来るだろうかと考えないヤツに生まれ変わるのを目の当たりにする。
 自分が他者からどう思われているだろうかと想像する力に圧倒的に欠けている人が多いと、実際に自分が体験したり、妻や友人から話を聞いたりして、ここのところ実感している。想像力の圧倒的欠乏。自己主張ばかりが強かったり、反対に何でもはいはい受け入れて主張が出来ない(あってもなくても、具体的に行動に移せない)人が多いような気がする。ああ、そんな人とは仲良くなれないや。あと5年もすれば電車のドアの前がそういった人たちにすっかり埋め尽くされてしまって、ボクたちは電車から降りることが出来なくなるんじゃないかと本気で考えている。あるいはもうすでに、ドアの前に立ってる人を押しのけることも舌打ちして威嚇することもできず、泣く泣く終点まで電車を降りられない人がいるのかもしれない。用もないのに途中の駅すべてでドアの前に立ってる人を押しのけて電車を降りるような強者がいたらそれはそれで奇異の目で見ることになるかもしれないけど。

ある忠告の話

 ボクがまだ若く、いまより自分に甘かったころ、ある人がボクに忠告を与えてくれたことがある。そのことについてボクはことあるごとに考えをめぐらせてきた、ということはないのだけど、あの忠告がボクに与えた影響はボクも含めて誰もが思っている以上に大きいのではないかと思う。
 自らの行動を正当化するために理由を与え、あたかもその理由を動機としてそのような行動をとっているというフリをするという自己欺瞞。苦しみを味わう前に簡単に諦める際に自らに与える『自分には向いていない』という言葉の裏に見え隠れする自意識過剰さ。彼はそれらが如何に滑稽であるか、それらを兼ね備えた人間が如何にアホであるかを語り、そのような人間になるなと忠告を与えてくれたのだった。もしかすると本人は覚えていないかもしれない。その頃のボクたちは顔を合わせるたびに酒を飲み終わりのない話をしていた。でもあの頃の経験は今でもボクの行動指針の基礎となっていることは間違いない。
 そういうわけなのでボクは自分のことを理解できていない人のことを稚拙だと考えてしまうところがあります。

無頓着な人間

 先週の金曜日に港区の耳鼻咽喉科で処方された薬を律儀に1日3回毎食後に飲み続けたボクののどは(のどそのものが自らの意志で飲み続けたと言っても過言ではない)、その後、徐々にではあるけれど快復の方向へと進んでいます。
 大阪で過ごした土曜日曜はまだのどの痛みと寝る前に続く咳に悩まされ、東京に戻ってきてからは一時的にのどの痛みも強くなり咳も日中に出るようになりましたが、週の半ばあたりからまずのどの痛みが数年前の夏の思い出みたいにふとした瞬間にその不在に気がつくくらいのものになり、咳は相変わらず日中も寝る前にも出ていますがその執拗さは優柔不断なストーカーのそれのように減退しています。先週頭に2日間寝込んでからのことですからここまで快復するのにだいぶと時間がかかりましたが、途中からはのどの痛みと咳以外はとくに問題なかったのです。
 だからマスクをして咳き込みつつ沈鬱な視線を眼鏡の奥から覗かせている人間に人は質問を投げかけるのだけど、またのどにトラブルを抱えていておまけにマスクもしているし出来るだけ喋りたくないのでボクも『いやあ』とか『まあ』とか否定とも肯定もとれない返事しかしないので余計にそういった印象を増長させてしまうのかもしれないのだけど、あるいはただ単に元からが無愛想だということも多分にありますがそれはそれとして、のどにトラブルを抱えている人間に根掘り葉掘り問いかけるのははっきり言って暴力と言うものです。そうすることで相手にどうすることを強いているのかをわかっているんだろうかと考えたりしました。骨折して歩くときに松葉杖が必要な人に『ちょっとあれ取ってください』と相手を歩かせるようなことをさせたりはしないのに(しないよね?)、マスクをして咳き込んでいる人間には質問者の都合で質問が出来る。その違いはどこからくるのだろう?
 けしてそれだけではないのですが、目に余る無頓着さや稚拙さに辟易する毎日を過ごしています。電車に乗っていても開いたドアの真ん前で微動だにしない人がいたりするとはり倒したくなる。でも社会性をばっちり兼ね備えたボクははり倒すなんてことはけしてしません。してもせいぜい気付かなかったふりをして体当たりするくらいです。
 でもまあ仕方ないのかもしれないなと思うところもあります。当然ボクの考えや感受性が真なわけではなくて単にボクがボクの考えや感受性を持っているボクであるだけであって、他人にそのようなことを強制するつもりもこともできないわけです。もちろん最低限これは正しいという社会的なコンセンサス、常識と呼んでいるようなものはあるとは思うのですが、でもボクがいちいちそれを啓蒙してまわりたくなんかありません。そんなものは(それに従うかどうかという思想も含めて)持ち合わせた上でボクの前に立ち現れてきて欲しいのです。振り返ればボクはそのような考えや感受性をある程度共有できる人たちとしか仲良く出来ませんでした。突っ込んだ話をしたり悩みを相談したりというように信頼のおける人というのは数少ない友人たちなのです。
 ボクは赤線で×印を書いたマスクを付けて生きるべきかもしれません。

毎日何を食べているのか実は知らない

 最近は家にいる時間が長いので東京にいた頃よりもテレビを見る時間が長くなっています。そもそも東京のマンションにはテレビがないので見たい番組があれば携帯電話のワンセグ機能を使うしかなかったのです。そこまでして見ようとした番組は半年間で二桁もありませんでした。
 一番よく見るのはニュース番組なのですが、中国産冷凍餃子の皮に高濃度の農薬が付着していた事件がよく報道されています。我が家では冷凍食品を食べないので家に帰って冷凍庫を開けて確認したりすることはなかったのですが、思い返せば中学生の頃に母親が毎日持たせてくれたお弁当には冷凍食品がよく入っていました。しばらく前から食べるものには気をつけていて、野菜にしても肉にしても出来るだけ国産のものを買うようにしています。国産だったら絶対に大丈夫というわけではないですが、アメリカ産牛肉はもう二度と食べたくないし、中国産のうなぎも二度と食べません。今回の報道でボクははじめて知ることになったのですが、中国では野菜に付いた農薬を落とすための洗剤が売られていて、野菜をそれで一度洗ってから食べるそうです。妻が会社で同僚の中国人の方に聞いたところ、洗剤で洗ったりしばらく水につけておいたりしていたということなので、そうすることが一般的なんでしょうか。少なくとも日本に住んでいるボクはスーパーで買ってきた野菜を洗剤では洗いません。
 しかし今回のことで考えるようになったことは、自分で食べるものを自分で作らない限りは完全には安心することは出来ないなということでした。都市部で IT 系の職業についている状態ではどうしようもないことですが。

楽しみを見出す

 仕事の帰りに少し大きな薬局に寄ることに楽しみを見出しています。しかしそんなことを言ったら昨日の残りのワインを飲むことに楽しみを見出してもいるし、お風呂でお湯に浸かってヴォネガットやシェイクスピアを読むことに楽しみを見出してもいる。湯たんぽで温めた買いたての毛布にくるまって眠ることにも楽しみを見出しているし、かつて愛していたという事実を忘れていたのを思い出すことにも楽しみを見出している。もちろん生活のあらゆる側面に楽しみを見出すことは原理的には可能かもしれないけど現実的には不可能な日常をボク(たち)は送っている。やむを得ない取捨選択と自ら望む取捨選択とがある。とてもおいしいレストランとそこそこおいしいレストランがあってもいつもとてもおいしいレストランに行くとは限らない。2軒のレストランが隣り合っていたらその取捨選択も気楽なものになるけど、もし大阪と東京とに離れていたらその取捨選択はより慎重に行われるだろうと思う。と、このように思うがままにあれこれ書くことにも楽しみを見出してもいる。
 仕事の帰りに薬局に寄って買い物をしなければと思い出したときには歯磨き粉だけを買うはずだったのが、貼る使い捨てカイロ30個とサロンパスと足裏に貼って寝ると疲れが取れるというものも買った。使い捨てカイロのまとめ買いは妻がアマゾンで買ったという話をこの前聞いていたのだけど、重い荷物を持って帰ることを思えばアマゾンで使い捨てカイロをまとめ買いするというのも悪くないと言っていた(他の商品と一緒に買えば送料も無料になるし)。30個くらいならそんなに重くなかったので買って帰ったわけですが。

 少し前からスローターハウス5を読んでいるのですが少し休憩してヴォネガットの遺作だという国のない男を読みました。先月くらいに大阪に帰ったときに買ったと記憶してますがずっと読んでなかったのです。そしてこれはとてもおもしろい本でした。皮肉とユーモアと説得力と愛にあふれている本です。ヴォネガットという作家自身というよりは、スローターハウス5という作品に思い入れがあったのですが(この小説で大学の卒論を書いた)、他の小説をあまり読んだことがなかったのでこれを機会に読んでみようかしらと思っていたら、今日会社に行ったらこの間から貸していたボリス・ヴィアンのうたかたの日々が同僚から帰ってきました(貸していたのはボリス・ヴィアン全集3)。それでまた読みたくなってきたし(全集は入手出来るのかしら)、全集といえばガルシア・マルケス全小説シリーズにも惹かれています。

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)
カート・ヴォネガット・ジュニア 伊藤 典夫
早川書房 (1978/12)
売り上げランキング: 36613
国のない男
国のない男
posted with amazlet on 07.11.28
カート・ヴォネガット 金原 瑞人
日本放送出版協会 (2007/07/25)
売り上げランキング: 473
うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)
ボリス ヴィアン Boris Vian 伊東 守男
早川書房 (2002/01)
売り上げランキング: 68082

職を捨て平日の昼間に町へ出よう。

 おかげさまで風邪もずいぶんましになりました。今日なんかはもうほぼ完治したという感じです。だけどここで油断してまたぶり返すのはイヤなので体を温かくすることを心がけています。最近はずっと日中も寝るときも腰とお腹に使い捨てカイロを貼っていました。そして昨日からは湯たんぽを導入しております。ローテク万歳。
 明日の夜に大阪に帰るので荷造りをしていました。丸々一週間帰るので着替えだけでも荷物はいっぱいで Wii を入れるスペースを確保するのに苦労しました。寒くなってくると夏とは違って衣類だけで荷物が嵩みますね。。。しかしまあ明日1日ガマンして働けば(荷物は重いけど)さっさと大阪に帰って、しょうもないことから遠く離れることが出来ます。
 ボクは思うのですが、何かをやるたびにどっかから誰かが出てきてしょうもないことを言われるとしたら、元々やっていたことがそれほどキライじゃなくてむしろ少しは好きなくらいだったとしても、そのことをやるのがイヤになるものなんでしょうか。それらが不可分だという前提の話です。きっと初めのうちはしょうもないことの方を気にしないようにしようとすると思うのですが、それが着実にボクの中にストレスを蓄積していき、やがてある一線をそれが越えたときに元々やっていたことを続けるのをやめてしまうのかもしれません。ボクがまだもっと若くて右も左もわからなかったころはその一線を自分で見極めることが出来なくて苦労しました。今ではむしろいつでも自らの自由意志でその線を引くくらいの覚悟でおります。もし毎日のようにストレスを与えられる環境があったとしたら、たぶんこの世の中の何処を探してもそこに留まるべき理由は見つからないと思うのです。
 さて、この一週間で何かが変わるのだろうか。未来への不安で胸はドキドキワクワクで一杯です。

地震について

 ボクは生まれたときから32年と1週間を大阪という土地で過ごしたのですが(まあたまには旅行くらいはしたけど)、阪神・淡路大震災が起こったときも大阪にいました。ボクがそのとき住んでいたところは大阪でも東部だったので神戸からは隔たっていたわけですが、それでもこれまでの人生で体験した一番大きな揺れだったことには違いないでしょう。明け方だったけどちょうど眠りにつこうとして布団に入ろうとしたところで揺れたものだから『やけにリアルな夢だな』と思ったことを強く覚えている。あっという間に自分の思い違いに気がつき、タンスの上に乗せていたものがすべてタンスの下に落ちてきた。それでも台所ではコップひとつ割れることもなかったし、そのまま眠るのをやめて NHK で地震のニュースを見ながらテレビ画面の中のテレビスタジオが揺れるのに合わせて自分が居る場所も揺れるのを家の中で体験し、テレビ画面の中に現実とは思えない光景を見た。
 なぜ阪神・淡路大震災のことを思い出したかというと、たしか先週金曜日あたりとたしか昨日あたりに地震があって、ボクは今東京にいるんだけど少し揺れた。阪神・淡路大震災以降も大きな地震は日本列島の各地で起こっている。東京についてはほとんど何も知らないけどもうずっと昔から大きな地震が来る来ると言われ続けているそうな。そんな噂話がまことしやかに語り継がれているものだから、そりゃあボクだっていくらかは警戒する。この土地でまだ来ぬ大きな地震に日々脅かされながら暮らしているのです、と大げさに言えばそうなります。
 大阪にいる妻にちょうどメールを書いているときに揺れたのでメール本文の最後に『地震や』と付け足して送ったら『気をつけて』と返ってきたんだけど、そのときはどうやったら地震に対して気をつけることが出来るんだろうと漠然と思っただけだった。たまたま今日の仕事帰りに薬局によって買い物をしていたら絆創膏が売られているのを見て、うちには絆創膏すらないじゃないかと思い至ったのです。もちろん大きな地震が来て建物が倒壊してしまうことに対しては無力だけど、たとえば家具が倒れないようにしておくとか、非常食や飲料水を常備しておくとか、救急箱に医療道具や薬を一式常備しておくとかいうようなことはやる気さえあれば簡単にできますからね。
 それにしても、少しの揺れでもドキッとしてしまうのは避けられない。

自分の居場所を求めて

 最近はようやく仕事も落ち着きました。今週は(そしてこれからも)毎日定時に帰ることにしてるのですが、それで思ったのは会社にいる時間が長くなると仕事に対する意欲が低下するということです。そして仕事に対する意欲が低下するともう1分でも早く会社を出てしまいたくなる。プログラムを書くという行為・追求するということへの興味は失っていないのだけど、そこにいたくないと思う場所で好奇心を維持するのはとても難しい。維持が難しいのだから到底貪欲になんてなれない。
 しかしまあ結局はどこへいっても同じことの繰り返しなのではないかと思う。働く環境を自分自身で構築できる環境を手に入れない限りはいつまで経っても解決されない問題なのだろう。今までも何度もそういうことは思ってきた(思わされてきた)はずなのにね。いつの間にか日常の中に溶け込んで薄まって見えなくなってしまっていたのだろうと思う。

 子供の頃のあるときからボクは居心地の悪い場所から去ることを得意としていた。たとえば親族で集まってどこか食事に出かけたりしたときでもひとりで先に帰ってしまうような子供だった。友達と遊んでいても途中から急速に興味を失っていくのをありありと感じることが出来た。それから長い月日を経てその場その場でどう振る舞うべきかということは見様見真似で身につけてはきたけど基本的な部分では子供の頃と何も変わっていないと思う。ただ大きく異なることは自分が取った行動がどのような結果をもたらすかということを少しは考えるようになったということだろう、と思う。
 仕事は好きではないし何のためにやっているかというと生活の糧を得るためにやっていると断言できる、というよりは生活の糧を得るためにやっていることをボクは仕事と呼びたい。そこに『仕方なく』という言葉をはさんでみた方がその文により親しみが持てそうなくらいだ。
 仕事に関してはより良い条件を求めてあちこち辿り歩いて今いる場所に今はいる。未来については正直いってわからない。自分がこのまま東京にいつまで居続けるつもりなのか、それさえもわからない。分かっていることはボクたち夫婦が満足して生きていける選択肢があればそれを得るための努力は惜しまないということだけです。なので取るに足りない現在にしがみついてる暇なんてないのです。

 物事を順序立てて辿っていかないと気が済まないという性格がすべての面において発揮されていればなあと思わないことはないわけだけれど、思わぬ方面で発揮される場合がある。とくにこのブログがそうで、物事を時間軸に沿って書かないと気が済まない、先々先週の週末に起こった出来事をまだ書いてもいないのだから、昨日今日見聞きしたこの不条理を書くわけにはいかないのです。いくら書きたくて書きたくて仕方なくとも書くわけにはいかないのです!
 というわけで、先々先週の3連休最終日、9月17日にボクが何をしたかを書きたいと思います。

 土曜日の朝に1ヶ月ぶりに東京で再開した妻は月曜日の昼過ぎ夕方前の新幹線で大阪に帰っていきました。新幹線の時間があったので無理して出かけることもないと思い、昼食を近所のモスバーガーで済ませて部屋で DVD を見ながらゆっくり過ごしました。見たのはあらしのよるにというアニメ映画。なぜこの映画を見たのかはわからないけど、率直にいえばけして悪いものではありませんでした。あまりにもナイーブすぎるし世の中がこのように成り立っているとはけして思わないのだけど、しかしある種の希望を表現しているとは思う。それが現実的であるかどうかは別としても。
 大阪に帰る妻を品川まで送って、スターバックスで休憩してから駅の中の ecute を物色したりお土産を買ったりしてからいよいよお別れの時間が来たのでボクは再びひとりぼっちになりました。ひとりぼっちになったついでに秋葉原のヨドバシカメラに DVD-R を買いに行きました。秋葉原の駅でヨドバシカメラと反対側の改札から出てしまったというロスを除けば最短距離で買い物を済ませ家に帰れたはずです。新しい iPod を見たのも少しだけだったのでたいしたロスになっていないはず。

 そのようにして1ヶ月ぶりに再開した妻との時間は幕を閉じました。次は1週間後、今度はボクが大阪に帰ります。その3連休のことも書かなくちゃ。

 今日は良いことがありました。
 ボクが引っ越してきた最寄り駅に持ち帰り専門の寿司屋があるのですが、そもそも一番最初にその寿司屋を見たのは先月の初めに不動産屋と物件を見に来たときでした。駅を出た目の前にある商店街のすぐそこにある寿司屋なので否応なく目に付くわけですが、そのときはその名前を目に留める程度でした。
 それからひと月が経ち、実際に自分がそこに引っ越してきたのが金曜日で妻が大阪から仕事終わりで向かってきてくれる間、さて夜ごはんをどうしようと思ったときに思い出したのがその寿司屋だったのでした。それで早速引っ越し初日に買いに行き、その値段が安いことにまず驚き、そのあとでその美味しさに何度も首を縦に振りながらこの街を選んだことに喜びを感じたのでした。
 (値段のわりには)そのくらい美味しかったので毎日でも買って帰りたいくらいなのですが、帰りが遅い日はもちろん買うことが出来ません。昨日はアマゾンで買った扇風機や浄水器なんかを受け取らないといけなかったので8時過ぎくらいに家に着くように帰ってきたのですが、あの引っ越し初日以来、その店で寿司を買うことが出来ました。味はやはり美味しい。それで今日は9時くらいに会社を出たのでもう閉まってるかなと思ってたのですが駅に着くとまだ開いていたので意気込んで買いに行ったのです。鮭トロ丼と店頭にお買い得品の札が貼りだされていた大トロにぎりを注文したところ大トロはもう品切れだと言うことでした。仕方ないと思いながら待っていたら店のおばちゃんが海老の押し寿司をオマケしてくれた。ここに引っ越してきて妻が大阪に帰って以来、これほど地味でしかしこれほど胸に染みたことはなかったかもしれません。でもここはけっこう下町な感じなので住むには良い場所かもしれません。実際に借りるまではそんなことにはまったく気付かなかったのですが。

 今週末は妻の地元に帰ります。結婚のお祝いをいろいろといただいているのでそのお礼にまわらなければなりません。妻はともかく、ボクのような人間が誰かに何かを祝っていただけるなんてとても恥ずかしい限りなのですが、お礼はきちんとしておかないといけません。そういうわけで明日金曜日の夜に出発する夜行列車に乗って帰ります。妻は大阪から土曜日の始発で向かうとのことでした。到着時間は3時間くらいの誤差があるのですが、まあどうにかして時間を潰さないといけないですね。夜行列車の切符は昨日の夜中にネットで予約して今日の仕事帰りに JR の駅で発券してきました。
 それはそうと、pasmo の定期券を入手しました(どこに引っ越したかバレるな)。定期券と組み合わせれば入手できるということはネットで見たりしていたのだけど、路線によっては帰る駅が限られているようです。幸い、ボクの場合は通勤途中の駅で買うことが出来ました。大阪にいるときもああいう『ピッ』とカードをかざすだけで改札を通り抜けることが出来るようなカードを持ったことがなかったので、買った直後に改札を通り抜けるときなんかは幾分過剰にカードを接触させていたかもしれません。
 ともかく、新しい環境のルールにはすぐに慣れることでしょう。問題はルールなんていうような表面的なものではなく、もっと根源的な問題、いわばこれから先自分がどのようにして生きていくのかということになります。1人でいる時間が長ければ長いほど、そういうことを考える時間は増えていくわけです。

5年間暮らした家の最後の日

 引っ越しの荷物も運び出され、明日にはボクもこの家を出て行きます。今月中にあと2回くらいは帰ってくるかと思いますが、月末にはこの家も引き払うことになるので生活するという意味では実質的に今日が最後の日となりました。
 カナダへの留学から帰ってきた彼女とこの家で一緒に暮らしはじめたとき彼女はまだ大学生だったし、ボクもまだ駆け出しのウェブデザイナーでした。ボクの安月給と彼女のアルバイトの給料とでギリギリの生活を送っていたのも懐かしく思い出されます。この家で一緒に暮らしはじめ、その5年後に結婚するとはね。お互いにこの5年間ではいろいろと苦労してきたのでたくさんの思い出がここには染みついています。
 しかしまあここを出て行くという決断をしたのも自分たちだし、そういうわけで今日はちょっとしたホームシックの先取りみたいな心境に陥りながら家の中や窓から見た表の光景を写真に撮りました。ここで暮らすようになってすぐにこのブログをはじめたので、このブログにはここでの生活の記録という一面もあると思います。そう思うと少しは気が楽になるのはきっと過去の思い出が忘却の彼方へと消えていってしまうことに少しでも抵抗できるかもという希望のおかげかもしれません。

 それにしても今日は家からたくさんの荷物が運び出されました。机と椅子と本棚と掃除機と衣類を入れているケース。たくさんの本が入った段ボールに食器やコーヒーミルやバスタオルや Wii の入った段ボール。荷物とは別に、大学のときにはじめて買った powermac 8600 と17インチの CRT モニターも処分しました。ずっと押し入れで眠っていたのでもう使うことはないだろうと思って、数日前に簡単にデータの消去だけしておいたのです。
 引っ越しの荷物が運び出された後でTシャツがすべて持って行かれたことに気がついて愕然としましたが、脱いだままでまだ洗濯してなかったのがあったので慌てて洗濯して干しました。天気が良くて良かった。日中はずっと仕事をしてました。家で仕事するのも今日で最後です。それから夜は近所の韓国料理の店に行って焼き肉やらチヂミなんかを食べました。最近出来た店のようですがもう来ることはきっとないでしょう。
 新しいものを得るということには常に何かを失うということが付きまとう気がして悲しくなります。その悲しさはでも少しボクには居心地が良くて、何かを失ったという記憶までもが失われたときにきっとその悲しさも忘れ去られるのでしょう。だからその悲しさを感じないわけにはいかないし、新しいものを得ない人生を歩むわけにもいかない。出来るだけ何かを失うことにボクは抵抗したくてブログを書いてるのかもしれません。記憶からなくなってしまえばそれはそもそも存在しなかったに等しいんじゃないかという恐怖が常に付きまとっています。なのでこの5年間の記憶をボクはこのブログに助けられながらこれからも妻と共有していくことが出来ることに幸せを感じています。
 記憶を失うほどの恐怖は他にはありませんからね。

 last day in osaka - a photoset on Flickr

印鑑証明、仕事に対する考え方の変化

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

 今日もまた市役所に足を運びました。今週2回目かな、市役所が家の近所でホントに良かったです。
 今日行ったのは印鑑証明書を取るため。印鑑登録してなかったので登録も行いました。書類に必要事項を書いて本人を証明できるもの(ボクの場合はパスポート)を見せれば5分くらいで印鑑登録カードと証明書が出てきました。
 夜は仕事終わりの彼女と合流して梅田でちょっと大きな買い物をしました。慎重に選べたかどうかいまいち自信がないけど、でもふたりとも気に入ったものだったので良かったと思います。せっかくなので出来るかぎりのカスタマイズを施したら入手できるのが8月になってしまいました。でもまああわてて入手することもないので待つことにします。
 大きな買い物をしたあとは行きつけの(といっても3度目くらい)上海屋台風の飲み屋で『大きな買い物祝い』をしました。素直に言うとピータンが食べたかっただけです。ピータンと小龍包と海老のニンニク炒めとピータン粥と野菜炒めとイカの黒酢和えと大根餅とデザートにカボチャ餅。ビールと紹興酒をけっこう飲んだら家に帰ってきて激しい腹痛に襲われました。でも紹興酒がおいしかった。

 無職生活も3週間になりました。いろいろ考えるところもあるし、状況から考えさせられることもありました。
 仕事に対する考え方も変わりつつあるようです。仕事は仕事として、生活の糧を得るための手段として自分の趣味や嗜好とは切り離して考える必要があると思うようになりました。もちろん好きなことが出来るのはありがたいのだけど、あくまで仕事は仕事に過ぎないという感じかな。かといって仕事を重要視しないというわけでもないのですが、いくつかある大切なことのうちのひとつになりそうです。
 これまではあまりそのように考えたりはしなかったような気がします。仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切ってはいたけど、趣味とか嗜好という点においては仕事とプライベートを分けるものは弱くて休みの日とか平日の夜中とかに家でやむを得ず仕事の続きをしていてもあまり仕事をしているという感覚はなかった(させられている、と感じることはあったにもかかわらず)。
 これからは仕事が終われば小説をたくさん読もうと思っています(その前に就職しないとね)。

無職アゲイン

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

 5月末で会社を退職しました。もう6月なので現在無職です。

 最終日はいろいろと考えることがありました。今になってもまだ考え中な感じです。
 会社に退職の意志を伝えたのち、その日が近づくにつれてボクが一番危惧していたのはもしかして送別会なるものが開催されはしないだろうかということだったのです。人付き合いがあまり得意ではないのと、いろいろな事情があって物理的に離れている東京本社のメンバーと仕事をしてきたので、大阪の他部署のメンバーとはほとんど面識がないというに等しかったからです。申し訳ないというしかないのですが、残念ながら彼らには興味が持てませんでした。興味が持てるような人たちならばきっと何かが変わっていたのかもしれません。
 同僚や愛弟子が花をプレゼントしてくれたことはとても嬉しかったです。まさかそんなものがもらえるとは思ってもいなかったし、まさか彼らがボクがそんなものを欲しがっていると思っているとは思わなかったし、まさかボクがそんなものを受け取ると思ってもいませんでした。でも実際にいただくとうれしいものでした。荷物が嵩張るとか、すでに花をもらっていたのでプレゼントがかぶっているとか、文庫本のチョイスがよくわからないとか、ラストオーダー終わったけどもう一杯注文できないのかとか、その他にもいろいろ言ったけどあれは全部強がりです。

 かれこれ5年近くこのブログを書いてきましたが、少なくとも嘘をついたことはないと思います。仮に1ヶ月前のボクが言ってることが信じられなかったりすることはあったとしても、少なくとも嘘を書こうとして書いたことはありません。もしやんごとなき事情があって書けないことがあれば、それに反するようなことを書くのではなくそもそもその話題に触れないか、あるいは触れそうで触れないようなギリギリのラインを渡ってきたように思います。
 会社を辞めるに当たっては、もちろんそれなりに不満を抱えてはいました。ただそれは、ボクの独りよがりなのかもしれないと思ってあまり触れては来ませんでした。けして『不満などなにひとつもない円満退社です』とは書かなかったわけです。それでもひとつだけ書かせていただくなら、問題は本当に大切なものが何かと言うことを見抜けない体質にあったと思います。プログラムなんて場合によっては半時間で書けることだってあるし、それをすごいと言われたって何も感じることはありませんでした。それよりも実際の現場で本当に苦労して作り上げたものが妥当な評価すら受けられないことの方が問題だったと思います。ひとつだけ言うならそれに尽きます。

 それでもまあもう辞めたわけだし、もう日付の変わった今日からはからっきしの無職の一個人です。朝から電車に乗る必要もないし、安定した収入源もありません。次の会社に通うために朝から電車に乗って安定した収入源を確保するまではこの宙ぶらりんな感覚は消えないのかも知れない。これがいつ消えることになるのかわからないけど、しばらくは消えなくていいやと思っています。

 そういうわけで、ボクは再び無職となりました。

ボクは死んでいた、という夢

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

 ボクは死んでいた。死んでいたけど意識はあって、そして人と会話することも出来た。人々はボクの姿が見える人と見えない人とに分かれた。親しい人にはボクの姿が見えるようだったし、親しくない人には見えないようだった。
 ボクはまずどのような経緯で死ぬことになったのかを突き止めようとした。ボクの姿が見える誰かがボクが死ぬことになった経緯を説明してくれた。病院か何かでもらってきた口にする何かに毒薬か何かが付着していたらしい、というのがそれだった。そしてその何かを手渡してきたのでボクは思わずそれを口にしてしまった。あわてて洗面所に口を濯ぎに行ったのでした。
 場面は変わり、ボクは学校の教室のような部屋の中にいた。部屋の中には机が並べられ、それぞれの机に人がついていた。ボクは教室の一番右後ろの席に座っていた。左隣と前にいた人にはボクの姿が見えるようだった。誰かが教室に入ってきて何か紙を配り始めた。紙を配る人にはボクの姿が見えなかったのでボクの机には紙を置いていかなかった。隣か前にいた人が紙を見せてくれた。

 というような夢を見たのですが、目が覚めてしばらくしてから気づいたのだけど、これって生きている今の状態とほとんど同じじゃないか! 示唆的な夢を見てまたいろいろなことに思いを巡らせるきっかけになりました。

悩みがないわけじゃない

 最近、人から相談を受けることがなぜか多くて話を聞きながら自分なりに感じたこと思うことを丁寧に伝えているつもりなんだけど、それはそうと自分はどうだろう、悩んでいることはあるだろうかとふと思い立った。そしたら不思議なことに真剣に悩んでいることはなかった。
 これまで不必要と思えるくらいに様々なことで悩んできたような気もするし、悲観的だったような気もするし、それに悩みのないヤツなんて頭の中がお花畑どころか苔まで生えてるんじゃないかと思っていたくらいだから、自分がそうなってみるというのも面白いものだ。
 しかし実際にはまったく悩みがないというわけではなくて、自分じゃないことで悩んだり(でもボクが悩んでどうこうなるってものでもないから悩んでも仕方ないやと思って悩まないようにしているのか、それともどう悩めばいいのかがわからないのかわからない)、仕事でもいろいろと悩まされることは多々あるのだけどそれが意識のすべてを占めてしまうというような局面にまでは幸いながら(残念ながら?)至らない。いろいろな物事を割り切って考えられるようになったのかなあと思ったりして、同僚の相談に親身になって答えている自分の言葉を聞いていると『ホンマかいな』と突っ込みたくなってくる。年取ったってことなのかな。
 しかしまあ、シリアスさとジョークは表裏一体で、シリアスさだけだと行き詰まってくるしジョークばっかりだとどこにもたどり着けない。シリアスな話の途中の笑いの意味を知ること。悩んでない人なんていないという一般論も正しいし、でもそれぞれがそれぞれの悩みしか悩めないのだからみんなが悩んでいようがいまいが個別の悩みには関係ないというのも正しいと思う。自分を特別な人間だと思いこんで自分の悩みの中に閉じこもってしまうのは自意識過剰だと思うし、でもそれぞれがそれぞれの人間として独自の存在なのだから自分の悩みの中にしか本当には没頭できないというのも正しいと思う。
 正しさなんてひとつしかないわけじゃないからいろんなことを相反することも含めて思えばよいと思うけど、ひとつのことを正しいと信じてそのなかに埋没してしまうのは正しくないのだろうと思う。唯一言えるのはそのことくらいかなあという気がしないではない。

ボクはこういう人間でしょうか

 ときどき人のブログを読んでいると『自分はこういう人間だ』という文章に出会うことがある。
 ボクはあまりそういうのが好きではない。そういうことを書くことにいったい何の意味があるんだろうと思うからではなく、またその内容を読んでその人の人間性とでも呼べるものに嫌悪感を感じるからでもなく、そうして書かれたものがどうしてもその人そのものを表現しきれていないはずなのに恰も自分についてすべてを理解し尽くしていて書ききっているのだとでも言おうその傲慢さにうんざりするからなのです。それはやっぱり嘘を書いているとボクは思うし、それが嘘だと分かっていて書いているのならかまわないと思うのだけど嘘を書いていることに気がつかずにすべてを了承しきっているという態度は、端から見ていて……なんというか、恥ずかしい。
 何かを断言することは難しいことだと思う反面、断言しないことがその困難に背を向けることになってはいやしないだろうかとも自問する。ボクの中ではすべての価値観が綺麗に整理整頓されていてボク自身がそれらを俯瞰していることはない、とボクが言うとき、ボクは(他の人と同じように?)矛盾する様々な価値観や感情を持っていてそれらを制御するのに苦労している人間だと暗に断言しているのではないかと思ったりもする。でも割り算の余りを指さして『これがボクだよ』と相手に自分のことを伝えるなんてこともしたくない。結局は、人に真剣に自分のことを伝えようとするなら時間をかけるしかないのだと思う。一瞬にして『自分はこういう人間だ』と伝えようとはせず、長い時間に起こる様々な出来事やその時々の状況やなんやかやに対して『自分はどう思うか』ということをその場その場で伝えていくしかない。出来るだけ自分の思っていることに近い言葉を選んで。
 『自分はこういう人間だ』というような文章を読んでボクが感じているのは、簡単に断言しているんじゃないかということなのでしょう。一度自分の考えを疑ってみたり、それこそ一度書いた物を読んでみたりしていないんじゃないか、と。でもそれはボクの勝手な思いこみで、書いた人にしてみれば真剣に自分と向き合っているのかもしれない。それに、仮に簡単に自分の可能性を定義してしまっているのだとしても、ボクが口出しするようなことでもない。それに、時間が経てば自分について前とは異なったことを書くかも知れない。前と今とで言うことが違っていることには稚拙さを感じなくもないけど、それは言うか言わないかということに対してそう感じるだけで、変わること自体には何も思わない。時が経てば感じ方も変わるし、感じる人も感じられる対象の物事も変わる。
 自分を信じることと自分を疑うことを同時に持っていなくてはならないと思う。自分にとってホントに自分は信じられる存在なのかと疑うことには意味があるし、結局はすべて自分が決めることだというのも本当でもあり嘘でもある。
 とまあ、ボクはこのようなことを考えたりするようなタイプの人間です。でも、ホントに?

分かっている・分かっていない

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

 以前にどこかで書いたのだけど、周りの人の行動や考えにいちいち気にさせられず心にさざなみひとつ立たない冷静さが欲しい。鋭い方なら『こういうことを書くこと自体が何かを気にして心にさざなみが立っている証拠だ』と指摘されるのでしょうけど(特にそういうわけでもないことはないのですが)。
 ボクは昔から意識的に他人と自分とを区別してきたところがあります。と同時に、どうしても他人と自分とを比較してしまう過程を踏んでしまう。結局は他人と自分の間には最終的には共有し得ない領域が横たわっているという結論に落ち着いてほっと一安心するのだけど(心地良い不可侵条約とでも言おうか)。
 ボクはボクでXはXだというのは至極単純で残酷で心地良い。ただ心地良い関係を求めるだけなら、お互いの間に不可侵な中立地帯を設ければそれで良くて、そこを侵してまで分かり合おうとか結びつこうとかしないのであればそれはそれで衝突もないから楽ではあるし心地良い部分もあるだろう。だけど誰かと最終的には分かり合えないという現実は残酷以外の何物でもないとボクは思う。
 というようなことを書きながら考えてみたけど(考えながら書いてみたけど)、これはホントか? そうじゃない気もする。誰かと分かり合えないということは、言い換えればその人の中にボクの知らない何かを見つけるということでそれはそれですばらしい体験なんじゃないだろうか。
 ううむ。分からなくなってきた。分からなくなってきたけど、分かっていないのに分かっているような気になっていることほど間抜けなことはないよなあということは分かっている。でも自分がホントは何を分かっていて分かっていないのかということはどうやって判断すればいいんだろう。素直に正直になるしかないのかな。

旅立つには荷物が多すぎる

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

 最近パウロ・コエーリョアルケミストをチビチビと読んでいるのですが(読書する時間がないというよりは時間を割いていない)、こんなふうに運命に導かれるままに移動していく人生は自分には考えられないだろうなあと思いながらもどこかでその身軽さ、未知のものに出会えることの幸福さ、決まり切ったことの連続ではない日々に憧れたりもしています。でもやっぱりボクには無理かな。
 もしただ引っ越すだけだとしても、持って行きたい荷物がそれこそ山のようにある。そんなものを引きずって風の赴くままにあちらこちらへ移動するわけにはいかないでしょう。とにかく物が多くてそれが船舶でいうところの碇の役目を果たしているのですね。
 そんなわけで、それら山積みの中の一冊を手にとって思いだけでも自由に羽ばたかせようとしているのです。記憶という碇に固定されてしまわないよう気をつけながら。

10日ぶりの出勤

 10日ぶりに出勤しました。10日も休みを取ったので、いよいよ明日から仕事だという昨日の夜なんかにもっと大きな絶望みたいなものがやってくるのかと思ったらそれほどでもなく、毎週日曜の午後に感じる通常の絶望程度の規模でした。今朝方も確かに起きにくくはあったけど、でも普段よりも1本早い電車に乗って会社にやってきました。出勤途中に彼女とも話していたのだけど、10日ぶりの出勤にあたって特に気の重さとかはないのです。それは会社にやってきてもかわりませんでした。
 たぶん、連休前に大きな山場を乗り越えておいたので当面の安心感を確保できているということもあるのでしょう。連休前にあった仕事上での不満も連休前に社長に言っておいたし、今後そのことが繰り返されるようであればまた気も重くなるのだろうけど、言うべきことはきっちりと言ってやるべき仕事はきっちりとやるようにしようと思っています。
 この連休中には将来についていろいろと考えることもありました。将来、過去を振り返って後悔しないで済むように、納得のいくように生きていきたいのでそうあることができように努力しなければと思いました。
 今日は早く帰るつもりです。